EP - 03 出会いと一歩

 「ねえおにぃ、あとどんぐらいで着くの?」


「んー、表示だと1時間ちょっとらしい」


 SPEEDSTARを知ってから2週間、やっと都合つごうがついたアイスブレイクの女の子に会いに行くことになった。彼女の名前は平峰あいす。今も新潟で製菓会社に勤めるかたわら、冬はスキー、雪がないときは飛脚として活動しているらしい。私たちの住む福井からだと車で5時間ちょっとと、まあまあな距離だ。


「SPEEDSTARってさ、距離でいうと今日走った距離よりも長い距離を走る、ラリー形式の大会も何個かあるらしいよ」


「らしいな。なんか1000km超えるやつとかもあったような。1000kmって想像つかんよな。車でもきついってのに」


「でも、一日に走る距離はそこまでじゃないし、なにより各チェックポイントでそこの名物食べたりするらしいよ。レースアフター特集みたいなので、みんなで温泉入ったりみたいな、まるで旅番組みたいな映像もいくつも公式で上がってて。レースしてるのか、旅行してるのかわかんないよね」


「それはそれでたしかに楽しそうだよな」


「うん」


 そう、この2週間、私も自分なりに色々と調べてみた。どうも、SPEEDSTARっていうのはただ単に速さを競うというものではなく、速く、丁寧ていねいに荷物を目的地まで運ぶことが目的のレースらしい。まあたしかに、飛脚っていう職業自体がそもそも運び屋だし、そこで速さだけを競っても仕方のないわけで。


「でもなんで飛脚なんだろうね。実際、小さい荷物運ぶだけだったらバイクのほうが明らかに楽だし、荷物が多くなれば車でいい。飛脚、荷物も大して積めないし、正直存在意義が薄いよね」


「そこは効率って側面だけで見ちゃだめだろ。多分だけど、飛脚というか、ああいうローラースケートを進化させたようなマイクロモビリティが先に登場して、それを使ってなにかできないかってことで僻地へきち向けの郵便屋っていう職業に落ち着いただけなんじゃないか?みんな荷物が運びたくて飛脚をやってるんじゃなくて、あの乗り物で走りたいがために飛脚やってる気がする。しらんけど」


「みてるとめっちゃ疲れそうだけど、あれそんなに面白いのかなあ」


「何だったら今日ちょっとだけ乗らせてもらえば?」


「え、そんなかんたんに乗れるもんじゃなさそうじゃない?」


「まあ確かに」


「それに、一応公道出るなら免許いるからね」


「え、まじで」


「え、知らなかったの?」


「知らんかった。あんな小さいもん、免許なんてなくせばいいのに」


「そうともいかんでしょ。レース出るための予選見た?いくつかの種目があるんだけど、その中の一つに最高速チャレンジっていうのがあってさ。最速何キロだと思う?」


「うーん、レースの映像見た感じだと、100km/hくらいか?」


「今シーズンの予選で最速は289km/h。もうすぐ300km/hなんだよね」


「…289?」


「そ、289」


「…えぐいな。吹っ飛ばないんか?」


「…なんか次元が違いすぎて意味分かんないよね。300km/hっていったら新幹線くらいだよ。それをあんな軽装備で出すんだから、気が狂ってるとしか言いようがないよね」


「でも、見てみたいなあ、300km/hを生身で感じる世界」


「たしかに興味はあるね」


 ま、一番の問題は確実に私の体は耐えられないっていう点なんだけど。心臓の容量が小さいってことは全身が一気に酸素を要求したら酸欠で死ぬし、そこをどうにかしなければいけない。でも、そういうスポーツ用の機械心臓があるのかどうかは怖くてまだ調べられていない。腎臓や肝臓、大腸なんかはともかく、心臓を機械化している人は意外と少ない。心臓が止まったら大体の人は短時間で死んでしまうから、載せ替えている暇がないんだとおもう。


 ため息が漏れる。人間の体って、まあまあ不便なんだよなあ。


「おい、ついたときにはもう疲れてるようじゃわけないから、ちょっと休んでおいたらどうだ?」


「そうする」


 目を閉じる。車の振動が心地よい。目が覚めたら全部夢でしたってならないかな。



――――――――――――――――――――――――――――――――



 目が覚めると、そこは大きな倉庫みたいな場所だった。シャッターの前で亜麻色あまいろのショートカットの女の子が手をふっている。


「はじめましてー!平峰あいすです!実際に会うのは初めてですよね、ようこそアイスブレイクの拠点へ!」


 車から降りると、元気な声が聞こえてきた。平峰さん、想像より少し幼い印象だ。背丈は私より少し高いけれど。


「はじめまして平峰さん。私はシマダワークスの島田ハルと申します。こちらは兄でファッションデザイナーのアキです」


「どうもはじめまして。celestyleというブランドを運営してます、ファッションデザイナーのアキです。今日はお忙しい中わざわざ時間を作っていただきありがとうございました」


「いえいえこちらこそ!わざわざ福井からパーツの様子を見に来てくれるなんて。シーズン1年、かなり酷使こくししたところだったので、ちょうど整備に出そうと思ってたところだったんですよ。でも、私達の機械は私達オリジナルの部分が多いので、整備をするのも結構大変なんですよね。どこも受けてくれなくて」


「それは良かった。私も自分の作った製品には責任を持ちたいですから。ぜひ見せてください」


「よろしくおねがいします!」


「あ、あと平峰さん。一つ頼みたいことがあるんですけど、いいですか?」


「なんでしょう?」


「あの、えっとですね。兄のアキが運営しているcelestyleの服を着てSPEEDSTARに参戦しているチームがあるらしくて、そこから、私達も参戦を検討しているんです。SPEEDSTARがどんなものなのか、少し教えて下さいませんか?」


「え!島田さんたちも出るんですか!?やったあ、仲間が増えますね!!」


「いや、まだ決定したわけではないんです。あくまで検討の段階なんですけど…ね、兄さん?」


「そうですね。とりあえず、ギアってものに乗ってみたいです」


「え?」


「そういえば、アイスブレイクさんはたしか体験講座みたいなものもやられてましたよね」


「兄さん?」


「僕も体験してみることって難しいですか?」


「体験講座は不定期なんであれですけど、いつも使ってる汎用ギアは用意できますよ。乗ってみますか?」


「ぜひ、よろしくおねがいします」


「ちょっと兄さん…?」


「これはブランドを賭けた一大プロジェクトでもあるし、もうすでに企画を通してしまったので、とりあえずどんなものかというものを早めに知っておかねばならないと思う。これはいい機会だから是非お願いしようと。ハルは整備頼んだ」


「え?企画通したってなに?」


「言ってなかったけど、善へは急げと思って深夜テンションで企画だしたら通っちゃった」


「え?」


「お前はどうなるかわからんけど、とりあえず俺はSPEEDSTAR参戦を目指していくことになった。以上」


「あ、お兄さんの方は参戦目指されてるんですね!でしたらうちのチームメイトで今日一人来てくれているので、サポートでつけましょうか?」


「マジですか!?是非お願いします。あ、いくらぐらいですか?」


「せっかく遠くから来ていただいたんですし、これから仲間になるかもしれないということなので、お代はいいですよ。それより、飛脚の面白さを味わって帰ってもらえればうれしいです」


「兄さん、いくらなんでも好意に甘え過ぎでは…」


「ハル。整備はきっちりしてあげてくれ」


「いや、言われなくてもキッチリするけど…」


「じゃあ、ちょっともうひとり呼んできますから。お兄さんは一緒に来てください。ハルさんは少し待っててもらっていいですか?あとから私も整備に立ち会うので」


「わ、わかりました。すいませんが兄をよろしくおねがいします」


「いいえ、こちらこそ」


 兄は事態を急にすすめることが好きみたいだ。整備の片手間にちょっと話聞いて帰るつもりだったのに。

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