EP - 02 投げ込まれた鍵

 「んっ・・・うーん・・・」


 目を覚ますと、カーテンの隙間すきまから日が差し込んでいた。時計を確認する。午前6時57分。よかった、無事に私にも朝が来たみたいだ。


 心臓に負荷を与えないように、ゆっくりと体の各部を動かして動作を確認する。大丈夫、壊死えししている部分はなさそう。そのまま5分かけて起き上がると、ベッドわきにかけてあった上着を羽織はおり、洗顔のためにゆっくりと一階に降りる。いくら温暖化が進んだとはいえ、10月の朝はもう寒い。気温差も体に与える負荷が大きいから、少しずつ温度に慣らすようにしなければ。


「お、おはようハル。今日も無事だったか」


 一階に降りると、兄のアキが朝食を作ってくれていた。


「おはようおにぃ。残念ながら本日も無事でっせ。それより、朝飯なんなん?」


「パン」


「ほーい」


 きっとお得意のホットサンドあたりだろう。おにぃはファッションデザイナーとかいうなんか妙にキラキラした仕事をしているせいで、なんでもかんでも作るものが洒落しゃれてる気がする。そんななんでもかんでも気合い入れてこだわってたら疲れんもんかねと思いながら洗顔を済ませ、寝間着ねまきを着替える。


 食卓につくと、やはり石のプレートにおしゃれに盛り付けられたホットサンドとパンケーキ、それにカフェインをあまり取れない私のためにわざわざチコリコーヒーまで入れてくれてある。いやカフェかよ・・・カフェじゃねえんだぞここ・・・ん?いっそカフェにしてしまうという手も・・・ってちがうちがう。


「うわぁ、さすがだねおにぃ。何時からおきてんの?」


「今日は5時に起きた。もう目が覚めちゃうんだよね自然と」


「ふーん、すっごい美味しそう。いただきます」


「どうぞめしあがれ」


 とりあえず、私としては自分で作らなくてもしっかりと食べるものがあるだけでありがたいので、めておく事を忘れてはならない。というか、今の私の体の状態だと、ぶっちゃけ一人で生活していくのは難しい気がする。いっそ機械人の子でも囲い込もうかな。意外と私も半機械人みたいなものだし、気があったりするのかも。


 「そういえばさ」


 食事のときは甘いものをあとに食べるという信条しんじょうしたがい、さきにホットサンドを頬張ほおばっていた私におにぃがテレビの方を見るよううながしてきた。リビングに設置された100インチのマルチメディアディスプレーに兄の端末から動画が飛ばされる。


 みると、足元にバイク?自転車?みたいな靴をはいた人たちが公道をかなりのスピードで駆け抜けている様子が映し出されていた。よく見ると、腰のあたりになにかつけている。


 うん?これって・・・


飛脚ひきゃく?だけどなんかやけにスポーティというか・・・」


 飛脚といえば、たまーに家の近所を走っているのを見ることがある。でも、その大半は配達員みたいな雰囲気の人たちばかりだ。しかし、明らかにこの人達は配達員じゃなさそう。カッコからして競技っぽいしそもそも普通の飛脚はこんなにうるさくない。


「SPEEDSTARって知ってる?」


 おにぃがSPEEDSTARとやらのプロモーション映像を流す。ほうほう。飛脚のレースと・・・


「あー、なんか聞いたことあるかも」


 以前新潟のスキーグループからの依頼いらいで、記憶に残っているものがある。依頼主は私と同い年くらいの女の子で、内容はバイクにしてはやけに小さいスイングアームとサスペンションリンクの設計をしてほしいというものだった。受けた当時、スキーなのになんでスイングアームとかサスペンションリンクを設計しようとしているのかわからなかったから何に使うのか聞いてみると、飛脚のレースに出るとかなんとか。


「なんか、俺のブランドの服を着てレースに出てる人達がいるらしくて。そっち方面から今すごい注目が高まってるって記事を読んでさ。全然知らなくて調べてみたんだよね」


「へー、そりゃすごいね。だいぶもうかってんの?」


「正直celestyleとしては正式に飛脚向けっていう商品は出してないから、まだそこまでブームに乗れてないって感じはあるけど、なんか一時一気に注文が相次いだ時があって。調べてみたらこのSPEEDSTARっていうレースが開催されてる日だったから、広告効果は結構あるんじゃないかな」


「ふーん、いいじゃん。儲かるならやれば?」


「そう。やるつもりではある。しかし、celestyleとしてはよくわからない分野に生半可なまはんかな製品を送り込むことはできないわけなんだよなあ」


「まあ、プライドを抱いて生きるなんて仰々ぎょうぎょうしいブランドテーマを掲げてる以上、変なもん出したらそれはそれでかえってダメージ大きそう」


「そのとおり。そこで相談なんやけども」


「なに?」


「このレース、出てみん?」


ん?レースに、出る?一瞬理解が追いつかず、おにぃとテレビの画面を視線が行き来する。とりあえず一口かじったホットサンドと一緒に言葉の真意をじっくり1分くらいかけて咀嚼そしゃくし、飲み込む。そして、


「はぁぁぁあ?まじで言っとん?私こんな体やし運動できんってわかっとるやろ?っていうかそもそも、このレースってそんな簡単に出れるもんじゃないやろ?それに、もし仮に出れたとしてもノウハウもない、技術もない、ついでに体力もないで勝てなかったときのブランドイメージへの影響は考えとる?っちゅうか、本気か?他のチームの公式スポンサーになるのじゃだめなんか?」


一気にまくし立ててしまった。心臓にわるいじゃんかおい・・・


手厳てきびしいなおい。なにも無策むさくで飛び込もうっていうわけじゃない。とりあえず機械に関してはプロダクトデザイナー兼エンジニアのお前がいればどうにかなるだろ?」


「はぁ?はあ・・・」


「で、ノウハウに関しては別のチームで教えて貰えそうなところがあった。レースの出場に関しては案外アバウトで、要するに速ければ出られるらしい」


「それを無策っちゅうんちゃうか・・・?」


「本当はどこかのチームに公式スポンサーとしてつくことも考えた、というかむしろ最初はこっちをメインで企画進めてたんだけど」


「そっちのほうが筋やなあ」


「でもな、これ、めっちゃ面白そうねん」


「なるほど。結局はそういうことやよなぁ…」


 はぁ、と一息ついてコーヒーを飲む。いつもは結構いろいろ考えて動いている風に見えるけど、ときたまヘーンなことに首を突っ込みたがるのがおにぃという存在だ。


 テレビに視線を戻す。画面ではSPEEDSTARSのプロモーション動画に続き、今年行われたらしい一年のレースダイジェストが流れていた。


「ん?あの子・・・」


 表彰台に登った顔に見覚えがあった。例の、新潟県のスキーチームの女の子じゃないか?


「誰か知ってる人でもいた?」


「前にさ、レースに出るとかいってパーツの制作頼んできた子がいてさ。・・・映像ちょっと戻して。このレースの表彰台のとこ。そう、その3位のとこに立ってる女の子のうち右側のボブの子。なんか新潟のスキーグループの子らしいんだけどさ。あ、ほらこれ、私が作ったスイングアームまだ使ってくれてるんだ」


「ちょ、お前このチームのこと詳しく知ってる?」


「いや?全然」


「チームインフェルノ ICEBREAK。今年のルーキーMVPチームで、シーズン優勝こそできなかったけど、かなりいいところまで行ったらしい。シーズン通して表彰台が3回。あ、シーズンは8戦あるらしいんだけど、そのうち3回も3位以内ってめちゃくちゃ強くないか?」


「へー、彼女たちそんなに強かったんだ」


「で、そのチームのギアの設計にはからずともたずさわっていたのがお前って言うわけだ」


「まあそういうことになるのかな?」


「これはもう出るしかないよね」


「いやいやちょっとまて、私の意思とか体とかそういう一番大切な問題が抜け落ちてるぞー」


「え、出ないの?」


「いや、出るの?」


「まあ、正直これに出るんだったら体の方にはメス入れないかんのは確かだし、いくら医療技術が進歩してきた現代とはいえ、ノーリスクとは言えない。でも正直、いつまでも俺がそばにいてやれるわけでもない以上、お前が一人で活動できるようにするいいきっかけになるんじゃないかと思ってな」


「ん?おにぃ彼女でもできたの」


「そういうわけじゃない。まあ将来的にはほしいけど、そういう問題じゃないだろ?俺がもし交通事故なんかで突然死んだらおまえたよる先ないじゃん。飯とか洗濯とか掃除とか、どうするん?」


「まあ、機械人のメイドさんでもやとおうかな・・・」


「うーん、お前がそれでいいのなら俺は別に口出しする気はないし、好きなようにすればいいと思う。でも、俺も俺の人生がある可能性が高いということだけはわかっといてくれ」


「わかったよ」


「あと、SPEEDSTARに関しても別に今すぐ結論を出さなきゃいけないわけじゃない。だから、もしやりたくなったら言ってくれ。一応準備は進めておくから」


「ねえ、それってもうやります以外に返事できなくない?」


「最悪お前が出ないってなったら誰か他の人に声かけて出るさ。そんときはメカニックだけ頼んだぞ」


「結局おにぃは出る気まんまんなんだね」


「なんかな、見てて羨ましくなっちゃってさ。こんなにも面白いことが実際に行われてて、しかも半ば向こうから招待されてるような状態にある。あとは自分がやるかっていうだけで人生でまた一つ面白い体験をすることができそうなのに、やらないわけ無いだろ?しかも多分儲かるし」


「まあ言われてみればそうなんだけどね。でも、危なくないの?」


「何するにしたって危険はつきもので、結局は程度問題でしかないと思う。けどまあ、一応それ用のエアバックとかしっかりあって、安全性は担保されてるらしい。そのおかげか、ここ数年で死亡事故は起きてないそうだ」


「ふーん」


SPEEDSTARねえ・・・きっともうおにぃの脳内はレースで走ることでいっぱいなはずだ。確かにここ最近の心臓の不調をかんがみても、きっかけとしては悪くなさそうにも思える。ただし、問題はそれに参戦するとはつまり私にとって文字通り命をかけなければいけないという点だ。非常に悩ましい。


 …っていうか、そもそも悩む以前の問題で、私はSPEEDSTARというものを今さっき知ったのだ。そんなものにやすやすと命をかけられるほど私は命を安く見てない。だって、23歳とか人生これからっていう若いときに死にたくないでしょ普通。


「ねえ、出るもなにも私この競技さっき初めて知ったんだけど、せめてもうちょっと深く知ってから判断させてくれない?」


「だから好きなようにすればいいと」


「言い出したのはおにぃなんだから少しは協力しなさい」


「まあいいけど・・・何する気だ?」


「私が唯一このレースについて知っていることはその・・・アイスブレイクだっけ?そのチームの女の子くらいしかない。だから、会いに行ってみようかと思う。私のつくったパーツがどういうふうに生かされてるのかも気になるし、アフターフォローっていうのも兼ねてさ。いい話じゃない?」


「そりゃいい話だな。いつにする?」


「食いつきっぷりが半端はんぱない・・・そうだね、先方の予定も聞いてみてだけど、おにぃは今週末とか予定どう?」


「毎日暇だし毎日仕事だが?」


「そうだった、そういう仕事だったねおにぃは。だったら私の都合でとりあえず聞いてみとくから、それで一回話聞きに行ってみよう」


「おう、じゃそのへんは任せた」


「任された」


かくして、本日の始業前に、ちょちょいっとくだんの女の子にコンタクトをとるべくメールしてみたのだった。

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