SPEEDSTARS番外編 -プライドを抱いて生きる-

伊吹rev

EP - 01 終わりの予感

 夜中に突然目が覚めた。胸のところがみょうにうずく。まただ。


 私はいつもどおり枕元に置かれていた錠剤じょうざいを手に取り、口に放り込む。


 今日は金曜日だというのに、安眠を妨害ぼうがいされるのは今週これですでに3度目だ。明らかに昔より頻度ひんどが増えてきている。もう長くは持たないのかもしれないと感じさせるには十分すぎるほどの予兆よちょうだ。 


 生まれた当時、心臓があったであろう場所に手をえる。触れるのは硬い、金属の感触。そう、私には心臓がない。幼い頃病気で失ってしまったらしい。


 それでも私が生きていられるのは、ひとえにエンジンの原理を応用したピストン装置が心臓機能を代替えしてくれているからだ。しかし、どうにも最近調子が悪い。夜中、特に心拍数が落ち着き出す頃にかなりの確率で余計な振動が起きる。医者によると血が固まろうとしてしまうからだそうで、なんとかその都度つど薬を飲むことで症状をおさえているのが現状だ。


 でも、なんとなく、長くは持たないんじゃないかという気がしている。そもそも幼い頃に埋め込まれた心臓だ、おとなになってしまった今、体が要求する容量に足りているとも思えない。それに、数十年も動きつづげている機械が消耗しょうもうしていないはずがない。しかし、新しい心臓を導入しようにもリスクは決して小さくない。なんとなくでもまだしばらく持つのであれば、正直手を入れたくない領域であるのに違いはない。それに、そこまでして生きながらえる意味があるのかもわからない。


「はぁ・・・」


 未来のことは考えるだけで不安になるし、何より明日も朝から制作の依頼が入ってる。せめてこの世を去るその時まで、私はこの世界をうまく回すための小さな歯車の一つでありたい。それが自分の生きた証になると思うから。


 そのために自身のパフォーマンスを十分に引き出すには、睡眠時間の確保は極めて重要だ。


 改めて布団に潜り込む。枕元のアンプの電源をいれ、ヘッドホンを付ける。眠れない夜は音楽で気をまぎらわせるにかぎる。


 そうやって周囲の世界から、不安から、自身の不安定な拍動はくどうから意識をそらして眠りにつく。明日の朝が無事やってきますようにと願って。

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