姉御

 ツヅミの街を出てから、二つ目の街に着いた。

 特にこれと言って問題は起こらず、旅程は順調。


 ただ、今まで訪れた街に比べて、ここダイコの街は少し粗雑さというか、どこか荒々しさを感じられる街だった。


「ダイコの街は冒険者が多く駐留する街で、今までの街に比べると騒がしい街に感じられると思います」


「なるほど。冒険者が多いせいで、こういう雰囲気になってるんですね」


「はい。周辺に獣や魔物が多く生息する草原と森がありますからね。他の街に比べると物々しさは一層強いと思います」


 まずは宿の受付を済まし、お夕飯の時間までにまだ時間があるので私達はその足で冒険者組合へと顔を出すことにしたのだが……。


 それが大失敗。


『よそ者がこの組合になんの用でい!!』

『とっとと出て行けおらー!』

『ここは俺達のシマだ! てめーらよそ者には使わせねえからな!』


「「「「「「……」」」」」」


 冒険者組合に入ってすぐ、男性達に囲まれてしまった。


「なんだか、こんな絡まれ方って新鮮かも?」


「そうね。だいたい下心見え見えで近づいてくるもんね」


 言葉がわからずとも怒りに任せて怒鳴っていることがわかる男性達を見て、のほほんと話をしているリステルとルーリ。


 言葉がわかってしまう私は、怒鳴りながら絡んできている男性達を前にのんきに話している二人を見て苦笑するしかなかった。


『冒険者組合の利用に人種の制限なんて無いでしょう。勝手なことを言わないでください!』


 ともえさんがそう主張する。


 ……。

 まあ正当な主張ではあるのだけど、それを言ったところで……。


『ああ? なんだぁ? お前ぇはよそ者の肩を持つってのか?』

『やんのかごらぁ!』

『かかってこいおらぁ!』


 こういう連中には火に油を注ぐだけなんだよね……。


 それにしても、ここの組合の人達は傍観を決め込んで、仲裁すらしようとしないのはいかがなものなのか?

 別に冒険者同士の諍いはここでは問題ないのかな?


 そんな事を考えていると、一人の男性がともえさんの着物に向かって手を伸ばした。


 リステルがすかさず男性の手を軽くはじくと……。


『いい度胸してるじゃねえか!』

『痛い目見ねーとわかんねーかぁ?!』

『調子にのってんじゃねーぞ!!』


 顔を真っ赤にして武器を抜いた。


 それにしても、ビックリするぐらい短気な人達だ。


 ……。

 …………。


『つ、強ぇ……』

『ぐえー……』

『ごべんなざい……』


 三人はあっけなく、リステルとハルルにぼこぼこにされました。

 リステルは剣を鞘に入れたまま魔法すら使わないで、ハルルはぐーでいともたやすく。


「大したことないね」


「よわっちい」


 手をパンパンとはたき、のされている三人を見下ろして二人はため息を吐く。


 あまりの呆気なさに私達を遠巻きに見ていた冒険者や受付の人達は、一様に動揺を隠せず、冒険者組合の中はどよめきで満たされていた。


「すみませんでした! 私が余計な口出しをしたせいでこんなことに……」


 ともえさんが慌てて頭を下げる。


「そんなそんな。あれは何を言っても黙ってても、おんなじことになりましたよ。だから気にしないでください」


 リステルがそう言うものの、ともえさんはしょぼんと落ち込んでしまったようだ。


「とりあえず、掲示板を見て帰りましょう? せっかく来たんだから、情報収集はしておかないと」


「そうじゃな。ほれともえ、しょげるでないぞ。お前さんが言わんかったら妾が言っておった。そうなると、もっと酷いことになっておったじゃろうに。見た目子供に悪態をつかれると……な? 言葉がわからんでも、そう言うものは伝わるしのう。阿呆じゃと猶更な」


「サフィーアさん……。ありがとうございます」


 気を取り直して、私達は掲示板へと向かう。


 私達を遠巻きに見ていた人だかりが、私達の行く方向に合わせてまるで海が割れるように私達を避けていく。


「やっぱり雅楽大狼はどこにでも出没するのね。ここでも常設依頼に入ってる」


「そうですね。一番被害が多いのは雅楽大狼ですね。あー、でも雅楽大烏がらくおおがらすの巣が近いせいで、街中でもたまに被害が出るみたいですね」


「あー……カラスの魔物ね。頭良いから厄介よね……」


「ハルル、鳥種の魔物はちょっと苦手」


「人は空を飛べんからのう……。常に頭上を飛んでいる鳥種は厄介ではあるのう」


「ガラクは外壁が高くないのも、原因の一つよね」


「地震が多いって言ってたから、ハルモニカとかフラストハルンみたいな外壁が作れないんだと思う」


「そういえば言っておったのう。あの高さの外壁が地震のせいで街中に倒れてきたらと考えると、難儀なものよな」


 色々と常設依頼の内容を吟味していると、また冒険者組合の入り口辺りがにわかに騒がしくなった。


『あーしの手下をいたぶったって言うよそ者はまだいるんだろうな?』


『へい、まだいるはずでさあ』


 そう言えばリステルとハルルが男性三人をのした時、慌てて建物から出て行った人が何人かいたのを思い出す。

 その人達が誰かを呼びに行ったのだろうか。


 私達を遠巻きに見ていた人達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


『姉御! こいつらでさあ!』


 一人を先頭に、ぞろぞろと大衆を引き連れて私達の前に立つ。

 ざっと二十人ぐらい?


『だれか言葉のわかるやつはいるのか?』


『そこの黒髪女がこいつらの通訳じゃないでしょうか?』


『おいキサマ。横の奴らに伝えろ』


『何をお伝えしたら?』


 姉御と呼ばれ、群衆の一番先頭を歩いていた女性が威圧感を込めてともえさんに話す。


『子分が世話になったみたいだからな。その礼をしたくてなぁ』


 そう言って先頭の女性は腰に下げている剣の鞘に手をかけた。

 抜く様子はない。


「瑪瑙、なんて言ってるの?」


「さっき二人がのした男の人達のリーダーが、仕返しがしたいんだって」


 私の話し声を聞かれると、ガラク語しかわからない人たちにも何故か伝わってしまうので、リステルの耳元でこしょこしょと話す。


『あの三人が一方的に絡んできて、それを払っただけでしょうに。あなたが頭目だと仰るのなら、下の者をきちんと躾ておいてください。そういう振る舞いのせいで、ガラクの評判が地に落ちるのですよ!』


『姉御に向かってなんて口ききやがる!!』


 後ろに控えている男性の一人が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 それを皮切りに男性達は、ともえさんに対して罵詈雑言を浴びせ始めた。


『黙れ!!!』


 すぐに姉御と呼ばれた女性がとてつもない怒号を上げ、騒ぐ手下らしき人達の口を閉じさせ、後ろを向いた。


『あーしが聞いてた話と違うぞ? お前らが先に喧嘩売ったのか?』


『いやっ! それはっ!』


 姉御さんは男性の胸倉を掴み睨みつけた。

 睨みつけられた男性は、顔を青くして口ごもる。


『くそっ! 恥の上塗りじゃねーかふざけやがって!』


 胸倉を掴んでいた男性を勢い良く突き放すと女性はこちらを向き、どかっと勢いよくあぐらをかいて、頭を深く下げた。


『あーしの仲間が無礼を働いちまったみてーだ。あーしも勘違いして無礼な態度を取った。すまんかった』


「え、どうしたの?」


 事態の急展開に、言葉がわからないみんなはきょとんとして私とともえさんを交互に見る。


「えっとね、向こうが先に絡んできたのをリーダーさんに隠してたんだって。それで私達に非がないってわかって謝ってくれたの」


「話の分かる人で良かったですよ」


『お! そっちのあんたもガラク語喋れるのか! だったら話がはえーや!』


 ともえさんも、一触即発の事態が去ってほっとしているようだった。


『あーしはやなぎってんだ。この街の冒険者の顔役みたいな事をしてる。良かったらあんた達の話を聞かせてくれよ。よその国の話って滅多に聞けないからよー!』


 先程の凄んでいた表情から打って変わってにぱっと笑い、何とも人懐っこそうな表情に変わるやなぎさん。

 人に慕われやすい人なのだろうと、それだけでもなんとなくわかった。




 あーしよりずっと幼い小さな子供に、じっと見つめられていて背中に嫌な汗が噴き出て一気に体が冷える。


 あーしの直感が警鐘を鳴らしている。


 こいつらはやべー。


 身振り手振りからそんな様子はまったく伺えない。

 強者特有の肌がひりつくような気配も無い。


 それなのに、体から嫌な汗が噴き出している。


 正直、こいつら六人相手に大立ち回りを演じなくてほっとしている。


 あーしは自分の事を強いと思っている。

 確信していると言ってもいい。

 実際ダイコの街だけじゃなくて、周辺の街であーしより強い奴はいなかった。


 まあ、喧嘩を売られてぶっ飛ばした奴らが子分になったことは予想外だったが、数も力の内だと思う事にした。

 いつのまにかこんなに大所帯になっちまったけど。


 それだけの力はあるってこった。


 そんなあーしがだ。

 やべぇと本気で思っているんだ。


 虚勢を張って凄んで見せていたが、大事にならなくて良かった……。


 心の底からそう思っちまっている。


 あーしに嘘ついた奴らと、こいつらに喧嘩を売った馬鹿三人は後でぶっ飛ばす。


 話の分かる連中で、ほんとよかった。

 ほんと、よかったぁ……。


『あんたらはいつごろまでこの街にいるんだ? ずっといるって訳じゃあないんだろう?』


『特に用事がなければ、三日四日ぐらいの滞在予定ではありますが……。ね?』


 いきなりこんなことを言われて、流石に困惑しているようだ。


 髪を高い位置で結っているやつが、他のやつに目配せをしていた。


『まあ今日はもう遅えから、明日また会えねえか? 詫びもちゃんとしたいしよ! 昼飯くらい奢らせてくれよ』


『えっと、昼食を奢らせてほしいっていってるけど……』



 次の日の昼頃、あーしは再び冒険者組合へと顔を出す。

 今度は数人の手下だけを連れて。

 着いてくんなっつっても、勝手について来たんだ……。


 あーしが来たことに気づいていたのだろう、黄色い髪の子供があーしをじっと見つめていた。

 頭の中を覗かれているような、あーしが虚勢を張っているのもバレているんだろうと、そんな気がしてしまうような視線だった。


『女しかいねーんだから、野郎のお前らはどっかいけ!』


『ですが姉御! よそ者ですぜ?! もし姉御に何かあったら!』


 一人がそう言うと、残りの二人もそうだそうだと同調する。


『あんなー! 向こうに何かする気があったんなら、おめーらいた所で敵いっこねーっつってんだよ! あーしだってどこまでやれるかわかんねーんだから。それに、お前らが余計なことしたせいで、あーしが尻ぬぐいをすることになってんだ! 言うこと聞けよ! ぶっとばすぞ?』


『う……。姉御ぉ……』


 拳を握って見せると、情けない声を上げ後ろに下がる。


『わーったら散れ! 言っとくが着いてくんなよ!』


『……へい』


『あー? 聞こえねえよ! 返事はどうした!!』


『へいっ!!』


 背筋を伸ばして返事をしたら、子分共は慌ててどっかへ行った。


『こんにちわ』


 一連のやり取りを見ていたのだろう、丁度いいタイミングで着物の女から話しかけられた。


『おっす。すまんね、騒がしくしちまってよ』


『いえ、人を率いる身は大変ですよね』


『好きで徒党を組んでるわけじゃねーんだけどな。いつの間にか大所帯になっちまった』


 この女、昨日の凛とした雰囲気とは違って、なんとも穏やかな話し方をする。


『こんにちわ、やなぎさん』


 着物の女の変わり様に驚いていると、赤茶色の髪の毛を馬の尻尾みたいに結っている女が話しかけてくる。


『おっすおっす! えっと……』


『あ、メノウです!』


『おう! メノウ、昨日はすまんかったな。そっちの奴らにも伝えてもらって良いか?』


『はい!』


 何とも朗らかな笑顔を見せてくれる。


 飯処へ向かう道すがら、簡単に自己紹介をしてもらった。


 銀髪赤目のリステル、紫がかった青髪に丸っこい目のルーリ、黄色髪で一番背のちっこいハルル、ハルルよりほんの少し背の高い艶やかな青色の髪と目のサフィーア。

 それに、メノウとともえ。


 ともえはこの国の商家の人間なんだそうだ。

 しずかって言やぁ、誰もが知ってる商家だ。

 縁あってこの五人の道中を案内することになったんだとか。


 五人はハルモニカ王国と言う、海を渡った先の内陸の国出身なんだそうだ。

 オルケストゥーラ王国へ行くために、ガラクに来たらしい。


『オルケストゥーラって言やぁ、魔導技術の最先端ってのは聞いたことあるけど、わざわざそんな遠い所へ危険を冒して旅をするほどなんかー?』


「――――」


 ルーリがメノウに何かを伝えている。


「……えっと、オルケストゥーラとハルモニカで、十年の差があるって言われてるんだって。そもそもオルケストゥーラ発の技術がハルモニカまで伝わってくるのに五年以上かかる事も多いから、魔導技術マギテックについてはどうしても後れを取っちゃうみたい」


『はえー。あーしは魔導技術の事はさっぱりわからんけど、技術者ってのはそんな事も考えるんだな。よーやるよ』


 メノウがルーリの言葉をあーしに通訳してくれている。

 しゃーないことではあるけど、なんともまどろっこしいことだ。


『なあ、メノウとともえ。言葉って覚えるの大変だったか?』


 あーしがそういうと、メノウはなんとも困ったような顔をする。


『それなりに時間がかかったわね。私は商会の用事でフラストハルンの行商人とも会う機会が多かったから、それで何とか覚えられた感じよ。急にどうしたの?』


 メノウとは逆に、ともえはすぐに話してくれた。


『通訳待つのがメンドクセーってのもあるんだけど、やっぱルーリとかと直接話したいからよ』


「えっとね、みんなと通訳を介さずに直接話したいんだって」


『私……やなぎ……話す……したい』


 ルーリがたどたどしく、ガラク語を話していた。


『おっ! おおお!! 話せんじゃねーか!』


 あーしがルーリに詰め寄ると、ルーリは口をパクパクして驚いていた。


「あー待って待ってやなぎさん。ルーリは聞き取りはできないの」


『ああ、そう言う事? でもなんだ。よその国の言葉をわざわざ話そうとしてくれることって、こんなにうれしい事なんだな。メノウとともえは普通に話してるから、気づかなかったぜ』


『ルーリさん、ガラク語を勉強し始めて大して時間が経ってないの。それでもカタコトでなら話せるから、凄いわよ? 後ね、やなぎさんの喋り方が乱暴と言うか、独特の訛りがあるから、勉強してても聞きづらいと思うわ』


『え、でもメノウは普通にあーしと話してくれてるぞ?』


『あー、メノウさんはちょっと特殊だから……』


『はぁ? なんだよそれ。まあメノウが凄いって思ってればいいか?』


 歯切れが悪いともえの言葉に、何か訳ありなんだと察することができた。


『そう……ね。話が早くて助かるわ』


 のんびりと喋っている間に飯処についた。


 あーしが良く食いに来るお気に入りの店。


 ハルルが凄い量を食べるとか言ってたけど、こんなちっこい奴が食べる量なんてたかが知れてらー!


 ……。

 …………。


 ……え。

 ハルルおまえ、どこにそんな量入るの?

 怖……。


「わ、私達でだすよ?」


 メノウ達があーしを心配そうに見ている。


『み……みみ、見くびってんじゃねー! このやなぎ様が奢るって言ったんだ! あーしは言ったことは必ず守るんでい! なっなんなら夕飯も奢ってやるぜ! はは……はっはっはっはっは!』


「……ハルル、夜の方がもっと食べるよ。昼は抑えてるから」


『うっそだろ?!』


「夜はいっぱい食べるもんね? ハルル?」


 メノウがそう言うと、ハルルはこくこくと勢いよく頷いている。


 一緒にいて、話していて分かったことがある。

 こいつらには驕りがない。

 強さを誇示していないんだ。

 常に自然体に振舞っている。


 昨日の夜、あーしが子分をつれてこいつらの前に立った時でさえ、こいつらは自然体だった。


 二十人以上に一斉に襲い掛かられても、こいつらはどうにでも出来たってことだ。


 そりゃあーしがびびってもしかたねーよ。


 あーしは妖術が使えるが、同じように二十人くらいから襲われてしまったら、どうにもなんねえ。

 あーしが六人いたとしても無理だろう。


 そういえば他所の国だと妖術じゃなくて、魔法なんだっけか?

 あいつらは魔法も使えるんだろう。


 いったいどれだけの手練れなのやら……。

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終わりと始まりは突然に 水無月 真珠 @minaduki-sinju

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