アハ虫

@chased_dogs

アハ虫の生態

 アハ虫という虫をご存知ですか? 成虫は、手のひらくらいの大きさで、花の中や草木の葉の裏に隠れています。――そう、ちょうどそこの葉っぱみたいなところです。ちょっと様子を見てみましょう。


「アハッ! アハッ!」

 この赤い芋虫のような生き物が、アハ虫です。不思議な鳴き声でしょう? この鳴き声は産卵の季節によく聴くことができます。

 アハ虫は産卵の時期、こうして産卵場所を探して鳴き、良い産卵場所を見つけると、全身をバネのように伸縮させて飛び上がります。そして産卵場所となる、私たち人間のような大型の動物の喉に入り込み、卵を産み付けるのです。

 喉に産み付けられた卵は、宿主によって守られ、そして孵化します。孵化したばかりのアハ虫の幼虫は、まだ外界で生きることができません。――外界には虫を食べる鳥や大型の昆虫など、天敵が数多く存在する上、俊敏に動く力もまだ備わっていないからです。


 ではアハ虫たちはどのように成虫になるのでしょう? 今回、我々はアハ虫の寄生した動物を狙い、彼らの餌に偽装した高性能の小型カメラを用意しました。――見た目はオモチャのようですが、……性能は抜群です。この小型カメラを餌場となりそうな場所に何台か配置します。カメラには太陽光電池とGNSS装置が取り付けられていて、カメラの位置情報はリアルタイムに発信されています。これでカメラを見失う心配はありません。


 ――二週間後。ふんの中からカメラを回収しました。誰からも見向きもされなかったカメラもありましたが、カメラは全部無事です。

 早速、記録装置が取り外され、映像解析にかけられます。かなり長時間の映像が記録されていますが、実際に資料として使えるものはごく僅かです。

「昔は、動物を直接捕まえて、インスタントカメラで撮っていたんです。動物の口の中を。何日も歩き回らないといけませんし、動物を捕まえるので、危険もありました。また、動物のありのままの生態を観察する上では不向きでもありました。今では、遠隔操作できるカメラなどが導入され、研究がずっと効率化されています」

「映像解析に関しても、初めは人手に頼っていて、危険はありませんが実に気の遠い作業でした。しかし、計算機コンピュータの計算速度が速くなり、映像の方も高精細になってきたので、最近ではほとんど自動化されています」

 ――さて、ちょうど今、映像解析が終わったようです。皆さんにも貴重な映像をご覧に入れましょう。


 アハ虫の幼虫は、宿主の喉の少し奥のところにいます。ここで宿主が食べたを狙うのです。こうして一二週間のうちは体を大きくするために栄養を蓄えます。

 そして外敵から身を守れるほど成長すると、宿主の体の外の方へ這い出ていきます。このとき、アハ虫は例の鳴き声を発します。

「アハッ! アハッ!」

 外から聞くと、まるで宿主が鳴いているようです。しかし実際には、喉の奥にいるアハ虫が鳴いているのです。


 喉の奥から鳴く理由は、一つには宿主に体外への排出を促すためです。アハ虫は鳴き声とともに強烈な臭気を出します。これが宿主の鼻腔に達すると、宿主となる大型動物は臭気を排出しようと呼吸を試み、その際、宿主が大きく口を開けます。その隙にアハ虫たちは体外へ飛び出すのです。


 鳴く理由にはもう一つあります。産卵期のアハ虫のように、宿主の中で成長したアハ虫たちは、また別の宿主へ寄生していくことがあります。新たな宿主に寄生するため、鳴き声で驚かせ、口を開けたその瞬間に飛び移るのです。

 アハ虫がこのような行動に出る理由は、今まで謎に包まれていました。しかし、最近の研究により、その謎が徐々に明らかとなりつつあります。

 ――アハ虫を専門とする、生物行動学の研究者の方に話を伺ってみましょう。

「アハ虫たちの宿主の遍歴を調べてみると、驚くべきことが分かりました。彼らは巧妙に宿主を選んでいるのです。猫、狐、狼、虎、熊、猿、そして人間。これらは一見ランダムに見えます。――宿主同士が偶然に出逢って、その偶然をアハ虫が利用しているのだと。しかし、どうやらそうではないようなのです」

「アハ虫の解剖を行い、彼らの感覚器官がどのように動作するのか調べました。――この、画面のグラフをご覧ください。こちらの実線部分が、感覚器官の刺激に対する応答を示しています。そして、こちらの点線が我々が入力した信号の強度を示しています。……僅かな刺激でも鋭敏に知覚できることが分かります」

「アハ虫は、宿主の体を通じて伝わる振動から、外部の様子を知ることができます。……周囲にどのような生き物がいるのかも。そして、狙った動物に近づいた瞬間、鳴き声を出すのです。捕食者・被捕食者の関係にある新旧の宿主たちは、アハ虫の鳴き声によってお互いを察知します。アハ虫は彼らが交戦するその瞬間を狙うのです」


 今回は、アハ虫の生態についてご紹介しました。……アハ虫の宿主にならないよう、くれぐれも不注意に葉っぱをめくったりしないようにしましょう。さもないと……、

「アハッ!」

 では、また来週。

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