最終話 エピローグ
「結局、あの殺人事件の犯人は石切萌夏ってことで決まりなんだけど……、証拠も動機もあるから、これ以上ないってくらい、綺麗な逮捕なんだけど……、でもねえ、なんだか納得がいかないような気がするんだよねえ――」
れいれがきらなの前から消えてから一週間後、この日、放課後に、きらなは民美と煙子、そして弧緑と一緒に駅前のファミレスにいた。いつも通りのメンバーで、いつも通りにドリンクを頼み、いつも通りに甘いケーキを食べながら、四人は雑談をしている。
「納得できないの? どうして、民美ちゃん」
「いや、まあ、これはわたしの個人的な感情なんだけどね――」
民美はずずず、とドリンクをストローで飲み干してから、
「石切萌夏のことを見たのよ。ほら、わたしって警察官のお父さんがいるから、捜査にもちょっとだけ、参加できるし。それでね、一回だけ、石切萌夏の取り調べを見たことがあるんだけど……、証拠も動機もあるのに、石切萌夏はまるで『なんのことだか分からない』とでも言いたげに、演技じゃなくて素でやってたのよ。そりゃ、違和感があって当たり前でしょ。
わたしで分かるならプロならもっと分かるはず。演技なのかそうでないかも分かるの。そっちのプロなら見抜けるしね。その人たちを騙したなら大したものだけど、そういうことでもない気がするし……。石切萌夏は本当に、なにも知らないみたいなの。それが納得がいかない理由」
連続通り魔殺人事件。
その犯人が、女子高生になったばかりの、石切萌夏。
違和感が残るが、それでもこれは決定であり、覆らないことだ。証拠も動機も揺れ動かないほどに強固なものだ。固められている、とも取ることもできるが……、そこまで掘るにしては、まだ警察もてんやわんやの状態から脱してはいないらしい。
石切萌夏が失った記憶の中には、犯行当時の記憶も含まれている。
そこを暴けない以上は、逮捕しても、そこから先へは進みにくい。
未成年となれば尚更、おいそれと強行突破もできないわけだ。
てんやわんや、か――それもそうである。萌夏は悪魔に憑かれていたのだ、犯行をしたのは全て、憑かれている時だ、萌夏が覚えているはずもない。萌夏からすれば知らない間に警察に囲まれて、びくびくしている状態だろう。
それでも、否定はしなかった。本人も自覚はしていたのだろう、動機がある。だから無意識の内に殺していたのではないか、と。
「でもさ」
言ったのは弧緑である。ショートケーキを口に運びながら、思った疑問があったようだ。
「動機がなんなのか知らないけど、なんで気識先生を殺したの? しかも学校の中で。どうやって、なんのために、どうして?」
「動機は確か、石切萌夏はいじめっ子だったんだけど、やっていたいじめというのがね、全て命令されたものだったらしいの。つまり、自分の手を汚したくないから、だから見て分かるほどのいじめっ子っぽい顔をしている石切萌夏に脅しでもして、実行させた誰かがいる――。そしていじめっ子のグループの頂点に立たせたやつが、裏には何人もいたってわけ。
酷い話よ、石切萌夏自身、いじめっ子、なんてするタイプじゃなかったのにね」
それから民美が、気識先生はね、と続ける。
「小学生時代の石切萌夏の、先生だったらしいのよ――研修生、としてね。あの先生も若いようで、でも経験だけはあったみたい。ほら、気識先生って、おっとりしていて面白い先生ではあったけど、頼りない先生だったでしょ?」
ふふふ、と気識のことを思い出しながら、民美が小さく笑う。
「その時に助けを求めたらしいんだけど、当時の気識先生には荷が重過ぎるよね。どうにもできなかった。できないまま、研修生の期間が終わった――研修生に助けを求めるほど、担任の先生や周りの先生が頼りにならなかった、ってことなんだと思う。
子供からしたら先生も研修生も同じ大人にしか見えないし……石切萌夏からすれば、気識先生の対応は裏切りに見えたのかもね」
だから殺した。自分に命令した人も自分を裏切った気識先生も全員——殺した。
民美は萌夏の気持ちになりながら言った。
それでも正常であれば殺そうとは思わないが――だからこそ、悪魔だ。
悪魔がさせたのだ。
「じゃあ、どうして学校に侵入して、誰にも見つからずに気識先生を殺せたの?」
「さあ?」
弧緑の質問に、民美はテキトーに答える。
「わたしは警察の捜査に関係できるだけ。調べた結果にまで手を伸ばすことはできないの。さすがに機密情報までは教えてもらえないからね。それは分からない――というか、警察もまだそこを解き明かせていないみたい」
人間には理解できないだろう、だけどきらなには理解できた――使者であるきらなには、萌夏がどうやって学校へ侵入し、そして気識を殺したのか、具体的な方法が分かっている。
その知識はレーモンのものであり、きらなのものではないのだが、きらなとしては気にしない。誰の手柄であれ、共有して手札にして持つのが、チームの特権である。
悪魔が憑いただけで、常識なんて枠からすぐに飛び出ることができるのだ。学校に侵入し、誰にも見つからずに気識を殺す。悪魔なら簡単に、朝飯前でできることだ。呼吸をするように、道を真っすぐに歩くように。意識せずともできる行動の内の一つでしかない。
ただの人間、一般人には理解できないことだ。だから民美でも、警察でも、悪魔という答えには絶対に辿り着けないだろう。
「まあまあ、楽しくケーキを食べてるところに、殺人とか嫌な話をしないでよ」
きらながブラックに近いグレーな話に終止符を打つ。
「話を切り出したのはわたしだけど、でも聞き返したのはきらなだよ?」
そうだった? ときらなは微笑みながら、自分の手を見る――久しぶりに煙子に手を握られていた。しかも力が強い。離せない。煙子の太ももの上で固定されている……、まったく、ぴくりとも動かなくなっていた。
「…………、それよりも、きらなは大丈夫なの?」
「ん?」
きらなは首を傾げる。煙子の質問に、そう返した。
「雨谷さん、行方不明で、きらなは大丈夫なの?」
「…………」
きらなは一瞬だけ表情を曇らせた。しかしすぐに表情を元に戻す。
いつも通りに「うん、大丈夫だよ」と答えた。
気識が殺された翌日から、れいれは行方不明になったことに【されている】。警察側でも捜索をしているようだが、だが、それも他の地区との連絡の取り合いだけだ。
まともに探す気はない。パトロールのついで――くらいのものだろう。
いずれ期間が過ぎ、まともでない捜索でさえも打ち切られるはずだ。
れいれの最後を知っているきらなとしては、その方が都合が良い……、本当なられいれが生きた記録を世界から抹消するべきだが、きらなもレーモンも躊躇った。だから、こういう面倒な事態になったわけだ……。でも、これでいい。れいれが生きていた記録は、残すべきだ。
大丈夫か、と煙子が聞いてきたのも、もう十回を越える。きらながれいれに執着していたことを、民美が知っていたのだ、そこからクラス中に広まっていた。だかられいれが行方不明になった今では、会う度に色々な人から「大丈夫?」と声をかけられる。その度にれいれを思い出してしまうが、だけどいつも通りに、きらなは「大丈夫」と答えるのだ。
これはもう、きらなの中で習慣化してしまった動きだ。
……でも聞かれている内は、みんなの中かられいれは消えていないことになる。
れいれの行方不明が、きらなのせい、と思われなかったのは本当に良かった。
民美が裏で根回しをしたのかもしれないが……、それだって証拠もないのだ。
無理やりきらなが犯人にされることもないだろう。
「もう大丈夫だってば。だから心配そうな顔をしないでよ、煙子ちゃん」
「だって、きらなが壊れてしまいそうで……」
「大丈夫だって。煙子ちゃん、弧緑ちゃん、民美ちゃん――それに夜須子だっているんだから」
その時、きらなの中で、ぴしり、という音が聞こえた。幻聴ではない。なにかが砕けた音が確かに耳の奥に届いたのだ。これはいつも通りの【呼び出し】であると分かったきらなが、煙子の手を振りほどき、席を立つ。
「ごめんみんなっ、すぐに戻ってくるから、だから夜須子のこと、よろしくね!」
「――って、ちょっときらな!?」
民美の声を聞かなかったことにして、きらながファミレスから飛び出す。そこで通行人とぶつかりそうになり、落ち着いて避ける――、使者としての経験が、普段の生活に活きている。
「わっ。……きらな?」
「あ、夜須子! みんな中にいるから、先に行って、ケーキでも食べて待ってて!」
「う、うん。でも、きらなはどこに行くの……?」
「んーと」
きらなは夜須子の心配そうな表情と言葉に向けて、
「自分の役目を果たしにかな」と言った。
そして夜須子から離れ、狭い路地へ入る。
一応、誰にも見られない場所で変身をするとして――、だが、実際は関係ない。大勢の人がいる町中で変身しようが、気に留める人はいないだろう。キラー・マシンを使い、使者になれば、人の目に映らないのだから。
まあ、こういうのはノリである。
後ろのポケットにしまっているククリナイフ――紅のキラー・マシン【紅猛攻の刀身】を抜き取り、握る。すると赤く、刀身が輝き出した。
気づけばきらなの服装がコスプレ寄りの巫女服になっている。
「よし!」
気合を入れるような言葉を呟き、きらなは跳躍——足を空中に着地させる。その場所から見える風景、視線の先には、暴れる巨大な悪魔の姿があった。
あれは、中級だな、と予測を立てる。
そうこうしていると、
「ん、呼び出しから一分もかかっていないけど、でも三十秒は経っているね。及第点ではあるけど、不合格。これじゃあ、まだだ。群青も紅も任せるんだから、僕が出す試験くらいは合格してもらわないとね」
「でもレーモン」
「でもじゃない」
レーモンにぴしゃりと言われ、きらなは頬を膨らませる。ぷい、と明後日の方向を向いてみるが、しかしレーモンにはなにも響かず。
彼女はいつも通りに「じゃあ、仕事を頼むよ」と言った。
「はいはい」
「『はい』は一回でいいんだよ」
「なんだか先生とか師匠って言うより、お母さんみたいだよね」
「お母さんねえ、まあ、それもいいんじゃないかな」
レーモンはくすくす、と笑う。
「エミールに任されているからね、それは使者として、人間として。僕の保護欲を満たしてくれよ、僕が君に注ぐ愛情は、二人分なんだから」
聞いて、きらなは、うん、と頷き、そして。
キラー・マシンの形状を変える。赤いククリナイフがだんだんと伸びていく。ナイフとはもう言えない、大剣だ。抱えるきらなは体をよろけさせることもなく、しっかりと足をつけている。
準備は万端だ、とでも言いたげな表情だ。今にも飛び掛かりそうな体勢で構える。
「目標は中級悪魔。あれは人にも自然にも物体にも憑いていない、自分自身を使う悪魔だね。よほど自分に自信でもあるのかな? まあ、なんでもいいけどね。きらながいれば問題はないだろう――町が壊されることも、死者が出ることもないはずだ」
「……さり気なくプレッシャーをかけないでよ」
「かけたところで、君のやることは変わらないはずだけど?」
「そうだけど」
言いながら、きらなは大剣を自分の前で構え、切っ先を悪魔に向ける。
そして、宣言する。
約束の言葉だ。
――見ててね、れいれ。
「わたしが、世界を守る」
人外的【魔法少/女】きらな 渡貫とゐち @josho
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