異世界人オールスターズ

「おい、現!しっかりしろ!」

 タカシの声に我に返る。引き上げる手に頼り、何とか身体を起こした。

 ガキーンと金属がぶつかるような不穏な音が耳に届く。

 その音に意識を奪われてばっと振り返ると、ポンチョをひるがえした中肉中背のモンゴロイド(仮)が、わらわらと湧き出た『顔が仮面の某ノーフェイス風の何か』と刃を交えていた。

 怒られないように、魔物(仮)ということにしておこう。


 そう、この平和な日本にある平凡な某高校で。過ごしやすい晩春もしくは初夏の爽やかな風が吹き抜ける中で。体育会で賑わう校舎の向こうから、時々マイクを通した放送や、声援やざわめきなんかが聞こえてくるこののどかな情景の中で。

 突如エンカウントした複数の魔物(仮)に攻撃されているのだ!!!



「チッ!」

 タカシは舌打ちしながら俺を小脇に抱きかかえて跳躍した。高速にぶれた視界では捉えることが出来なかったどこかで、また爆発音が鳴り響く。

それは、校舎裏から聞こえてくる平和な雑音とはかけ離れているが、体育祭が滞りなく進行され、誰も見に来ようとしていないので、もしかしたらこの音は向こうには聞こえていないのかもしれない。

 だが、実際に俺の目の前ではもうもうと土煙が上がり、どこかから焦げ臭いにおいが漂っている。


 タカシは目が回りそうなスピードで、魔物(仮)の攻撃をかわして跳ねまわる。

「お前、本当に勇者だったのっ…か……」

 少し酔いながら俺はタカシに問いかける。余りのスピード感に舌を噛んで痛かった。

「ああ、だが一つだけ見栄を張った。……俺は支援系に全振りなんだ」

 タカシは眉間にぐっと皺を寄せて、精悍な顔つきで答えた。妙に格好よく見えたが、内容は絶望的だった。


「ザンネンネー、ワタシ、ゴシンくらーイしかデキナイヨー」

 キビキビと金属音を響かせ、魔物(仮)たちを推し返しているモンゴロイド(仮)が、余裕そうな声で笑いながら語る。

 少なくても戦闘に慣れているのだろう、ハイスピードな立ち回りの中で口を開いているのに舌を噛む様子はない。

 モンゴロイド(仮)の動きは的確に魔物(仮)の攻撃を受け止め、いなし、時に暗器のようなもので打撃を与えているが、確かに有効なダメージは与えていないようだった。

 っていうか、こいつも本当に異世界人だったのか?いやもしかしたらこの地球のヤバい世界の人の可能性も捨てきれないが。


「おい、お前戦えるのか」

 タカシがこの状況の中でまったく動じる様子もなく真っ直ぐと佇んだままの美女(仮)に尋ねる。

 彼女はふっと喉を震わせて笑った。

「私は近接には向かない。魔道士だ。支援してあげるわ、戦ってきなさい」

 そういって、俺をタカシの手から渡されつつも、横から迫ってきた魔物(仮)を見えない壁のようなもので跳ね返した。

 なんと、本当に彼女も異世界人だったのか。


 この3人の異世界人たちは、『俺とは違う常識の世界に住んでいる』という意味ではなく、本当に異世界の人間だったのだ。

 しかし、今は心底そんなことどうでもいい!誰かどうにかしてくれ!!



 身軽になったタカシは、更にスピードを上げて魔物(仮)たちをかきまわした。彼が空に向かって手を伸ばすと、俺と異世界人たちの身体が光る。

 それから、タカシの姿は何となくしか見えなくなった。モンゴロイド(仮)の振り回す暗器は、魔物(仮)たちを時に吹っ飛ばす勢いになった。

 美女(仮)は涼しい立ち姿のまま、黙々と群れから離れた魔物(仮)へと氷の刃を降らす。先ほどから魔物(仮)たちは爆発系の何かで攻撃をしかけてきていたから、逆の属性は弱点なのだろう。的確な中心部に氷の刃が突き刺さった魔物(仮)は、サラサラと黒い砂のようになって消えていく。


 異世界人たちの奮闘は、正直人知を超えていた。見えない程のスピード感。人間には手も足も出ないような化け物相手に対等に立ち向かえる。こんな世界があるのだなどと、いったい誰が想像するのだろうか。

 だが、そんな彼らの力をもっても戦局はあまり思わしくない。おそらく、このメンバーにはアタッカーが足りないのだ。

 美女(仮)は魔法の手を休めないまま、こちらを見つめ俺に問いかける。

「厳しいのは見てわかるでしょう?私が支援するわ。あなたも戦って」

 そういって、一振りの剣を差し出してきた。


 こんな中で何が出来るんだろう。だが、何もできなくていいのか。

 支援魔法のかかっていた俺には何だかほんのちょっぴりとやる気がみなぎっていた。

「足手まといになるかもしれないけど、まぁ出来るだけ」

 ごくりと喉を鳴らしながら、俺はその剣を受け取って、不安と緊張と中二心でドキドキと胸を高鳴らせながら、美しい鞘から刃を引き抜いた。



 ***


「っていうのが、俺の戦いの幕開けだった」


 すっかり異世界からのお客様にからはや数十年。この世界にはびこる悪を淘汰し、懐かしの日本風の町なぞを立てた元勇者は子供たちに昔語りを聞かせていた。


 美女(仮)……今は妻である彼女が渡してきたのは、彼女の世界の聖剣だったのだ。聖剣の力を解放した俺は、魔物(仮)たちを撃退し、聖剣と結びついたゆえに有無を言わせず彼女の世界へと拉致された。

 勇者を引退したはずのタカシは俺の側で支援系に返り咲いてくれ、モンゴロイド(仮)の世界の住人たちは、分散して彼女の世界にも一部平和的に移住したらしい。

 出来れば俺をこんな事態に巻き込んだケンイチも引きずり込んでやりたかったが、あいつくらいは平和な日本であくせくしているのも、まぁいいかなと思える。

 平和を取り戻した異世界で、悠々自適のスローライフを送っている今だからそう言えるのかもしれない。



 いやまてよ?本当にあのあと、地球は平和のままだったんだろうな?

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