お客様の中に異世界の方はいませんか

ちえ。

異世界からのお客様は誰だ

「ケンイチ、なにこれ」


 真夏に至るにはまだ幾分あって過ごしやすい季節。それでも照りつける太陽から守ってくれる放送テントの内側で、生徒会役員の友人はよくわからない書類を俺につきつけた。

 身近にある紙とは明らかに異なるクリーム色のやや古そうな紙。見慣れたB5ノートくらいの大きさで、書かれている文字は見たことがなく、国旗マニアの俺がみたことがない旗印が記載されている。


「さぁ?取りあえず落し物だって。適当にアナウンスしといてよ。本部で預かってるから」

「いやでも、適当にって言っても。何語なのそれ」

「さぁ?語学堪能なとうのとっつぁんも見たことないんだって」

 ケンイチは興味なさそうに肩をすくめた。


 英語教師の古藤は、語学マニアらしい。その真偽を確かめるすべも気力もないが、文字に掛けては世界中のあいうえお位は読めると良く自慢していた。

 とりあえず、その教師が世界の主要言語が全く分からないというのは体裁が悪いだろうから、これは主要言語以外の文字であるのは確かなようだ。


 生徒会役員は何かと学校行事の際に忙しい。来賓らいひんの出入りのある体育祭なんて、特に忙しいイベントの一つだ。

 本部に戻りたくてたまらなそうな友人のために、俺はしぶしぶと頷いた。紙を手に歩くケンイチの背中を眺めながら、放送のマイクのスイッチを入れる。


 デフォルトで流れる呼び出し音の後に、俺は腹に力を入れて、出来るだけ途切れず流暢りゅうちょうに、声量を一定に保ちながら言葉を紡いだ。


『落し物のお知らせです。南校舎南口付近で、見たことがない文字で書かれ、旗のような紋章が描かれた書類を拾い、会場本部でお預かりしています。お心当たりのある方、もしくは異世界のお方がいらっしゃいましたら、受付横、本部席までお越しください。繰り返します………』


 よくわからないモノを茶化して、ほんの悪戯心で真面目に適当なアナウンスを流し終えた。そこそこウケを狙えたと実感できるざわめきに満足だったが、ケンイチは足を止めて此方をにらんでいた。

 ま、用は果たしたんだからいいだろう。

 そんなちょっとした出来心が、後にわざわいをつれてくるとは思わなかった。


 ***


 30分後、俺は自分の放送の持ち回り時間を終えて放送席の後ろでくつろいでいた。そこに、肩を怒らせたケンイチが現れ、急かすように、賑わう運動場の横にそびえ立っている校舎の更に裏、体育祭の最中で人気ひとけの全くない裏庭に呼び出されたのだった。


「どうしてくれんの!あらわが変な事言うから、異世界人が3人も集まったじゃないか!」


 喚くケンイチのたたずむ前。そこに待ち構えていたのは、3人の自称異世界人だった。

 しかも、そのうち、1人はよく見知った顔だ。

 ケンイチは忙しいのだろう、俺に「責任取れよ!」と言って、書類を押し付けて帰って行った。マジか。



「おい、タカシ。なんでお前が混じってるんだよ」

 取りあえず、明らかな冗談だろうと俺は笑いながらタカシの肩をたたく。すると、タカシは照れくさそうに日焼けした顔に笑いを浮かべた。


「実はな、俺、異世界転移から帰還したんだ」

「はぁ?」

「この前、3日間学校休んでたじゃん?」

「休んでたな」

「実は、異世界転移して勇者してて、魔王を倒して帰還したんだ」

 タカシは神妙な口調で語った。


 タカシは自他ともに認めるゲーマーだった。それもレトロゲームから最新のソシャゲまでくまなくレビューチェックして、気になれば実際に手に取るオタク気質だ。

 ゲーオタが加速して、とうとうこんな幻想を抱くようになってしまったのか。


「3日で魔王を倒せるとかどんだけだよ」

「3日じゃせいぜいSFCスーファミくらいまでだよな。PSプレステはちょっと厳しいけど。いや、3年以上は旅したんだけどな?帰還するときに、なるべく召喚と近い時間軸に戻してくれたんだよ」

 タカシの主張は止まらない。


「じゃ、タカシ。一応聞くけどな?この文字読める?」

 タカシの前に書類をそろそろと差し出す。タカシはしばらくそれを真剣に見つめていたが、顔を上げるとカラッと笑った。

「なんか見覚えあるようなないような?俺、アッチの文字読めなかったわ!」

「じゃ、お前のじゃないだろ」

「いや、帰るとき向こうの物いっぱい持って帰ったからなぁ。落としててもわかんねぇかも」


 除外も叶わず当人とは言い難い。取りあえず保留することにした。気持ちの上では絶対にありえないと思っているが、昨今世界各地で起きているらしい異世界転生、異世界転移の数々を思えば否定できるだけの理由がない。



 そして次に。ようやく、俺は残りの見知らぬ怪しい人物たちに視線を向けた。本当に、何故俺がこんなことをしなければならないのか。とんだとばっちりだ。


「えーっと、まずあなた。あなたは異世界人なんですかね」

 並んだ3人の真ん中。中肉中背の、ポンチョを着た男だった。顔はモンゴロイド系ではないかと思うが詳しくない。

 彼はにんまりと少し気味の悪い笑みを浮かべて口を開いた。

「ワタシ、このホシのヨウスみにキタネ!ワタシのホシもうスグナクナールヨ」

 驚くべき昔の漫画に出てくるエセ外国人のような喋り方で、俺は戦慄せんりつした。


「えっと、何で見学にいらっしゃったんですかね?」

 冷や汗をかきながら笑顔を引きつらせて尋ねる。この人もタカシのように『婉曲的に言えばとても変わった人』なんだろうか。

「ミンナでイジュウするホシ、サガシテーるネ!チキュウ、イイトコ。デモ、ニンゲンオオスギるネ。コレじゃイッパーイヨ。ヘラないとハイラナーイ」


 しかも、何気に侵略しにきた的な事言ってない?なかなかエキセントリックな発言だぞ。

 このモンゴロイド(仮)に警戒しながらも、俺は使命を忘れてはいない。

 そう、俺の使命は本物の異世界人かどうかを暴くことではない。落し物の持ち主を見つける事なのだ。

「この文字、読めますかね」

「イヤー、ミタことアルネ。デモ、よめナイヨ。コモンジョーヨ」

「じゃ、あなたの物ではないですよね」

「ワタシ、イロイロホシのシリョーツんでキタネ。ダカラ、ワカラナーイヨ」


 モンゴロイド(仮)はにんまりした笑みのままで答える。変わらない表情がいっそ不気味だった。しかし、これまた否定も肯定もされず、限りなく違いそうだが持ち主じゃないと言うには決定打に欠ける。



 最後に、残った一人に視線を向けた。薄手の白いパーカーのフードを被り、ロングスカートをはいた女性だった。

「あのー、あなたも異世界人なんですかね」

 一見普通の人っぽい彼女に俺はちょっとドキドキしながら声をかけた。顔は陰になっていて良く見えないが、線が細く、洋服から覗く肌は白くて美しい。

「そう。私はこの世界に勇者を探しにきたの」

 彼女は真っ直ぐに、強い意志を秘めた目で俺の顔を見つめて言った。

 今日3人目の『地球以外の思想を持った人』であることは間違いない。


「私たちの世界に危機が訪れているの。だから、私は唯一の希望である勇者を探しだし、連れ帰るためにこの世界を旅している」

 彼女は静かに続ける。鈴のように澄んだ声のトーンは大真面目だった。

 俺はその姿に一瞬見惚れそうになったものの、ふと我に返る。

 今、この美女(仮)は、この世界の勇者(仮)を拉致しに来たと言わなかったか?


「あの、……確認なんですけど、この文字読めますか?」

 俺はこの美女(仮)とこれ以上関わってはいけないという思いで、書類を彼女の目前に突き出した。

「……悪い。私は今転移の大魔法を使っていて、全ての文字が翻訳されて見えるの。だから、読めるけれど私の世界の文字かどうかはわからない」

「じゃ、あなたのものかどうかは?」

「ごめんなさい。私も持たされたものが多すぎて全ての持ち物を確認できていないわ」


 ここまで来るとやっぱりと言うべきか。美女(仮)にも、彼女の物ではないと断定できない返答をされてしまった。

 となると、もうこの書類に関してはこの3人に何を聞いてもわからないだろう。


 ……いや、待てよ?

 彼女は今、確かに「読める」と言った。そこに新たにもう少し詳細な落し物放送を行えるような情報はないだろうか?

 いやまぁ、彼女が本当に読めるのならばだけど。


「あの、この書類、何て書いてあるんですか?」

 俺は興味もあって彼女に尋ねてみた。

「ええっと……地球世界の洗脳、れいぞくのために………」


 彼女の口が信じられない言葉を紡いだ、まさにその時だった。


「危ない!!」

 ごうごうと言う風を切る音が耳元で鳴ったのと、タカシに抱えられ地を転がったのは同時だった。

 どこかで聞こえる爆発音を呆然とした頭で聞きながら、俺は完全にフリーズしてしまっていた。

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