最終話 探偵 五十嵐 十五
〇 探偵 五十嵐十五
そもそも、シアターは密室ではない。
途中退席できるように、扉は常に開放されているからだ。
スタッフが常駐しているようだが、絶対ではない。
シアターが仮に密室だとすると、犯人にとって不都合となる。容疑者が限られてしまうからだ。
密室ではない方が、犯人にとっても都合がいい。
先程刑事が聞いた証言は、犯人が話したはずだ。
が、水掛け論に終わるような気もした。
このこと以外からも、犯人を突き止められる。
関係者は一度、帰すことになった。
映画の盗撮を行なった保土ヶ谷だけは、警察署に連行の運びとなった。
私は、今はもう人が出払ったシアターの前に、魂が抜けたように立っていたスタッフに声をかけた。
「すみません。遺体を発見したショックでお辛いと思いますが、もう一度話を聞かせていただけませんか?」
「……はい」
「少し、現場の状況を確認したいのです。空いているシアターで再現をお願いできませんか?」
「わかりました。階は違いますが、形が同じ場所があります。こちらへどうぞ」
数階移動し、目的のシアターに入った。
「このシアターに詳しい人物に話を伺ったところ、上映前と上映中、そして上映後にスタッフが見回っているそうですね」
「はい。あの日のシフトですと、私と金沢さんが交代で見回りをしていました」
「あのシアターは、早い話が密室です。スタッフが見張っていたため、被害者を殺すことが出来るのは、このシアターに出入りしていたあなたがただけです」
「そういうこと……になりますね」
「そして、もう一つ。被害者の位置を知ることが出来る人物も限られます。シアターを暗くしてもらえませんか?」
「……少々、待ってもらえますか?」
スタッフはインカムで指示を出すと、段々とシアター内が暗くなった。
「ありがとうございます。映画を見る際、このシアターは暗闇に包まれる。被害者がどこに座っているかは、わかりません。事前に知ることができた人物、チケットのもぎりをしていた金沢さんは、盗撮をした保土ヶ谷さんを事務所で拘束していました」
青葉、戸塚の証言から、上映開始時間は14時15分。
保土ヶ谷の証言から、彼が金沢さんに拘束されたのは上映開始後1時間32分のことなら、15時47分。
被害者の横浜は15時45分から1分ごとに3通メッセージを送っていた。この時点から警察が到着するまで、金沢と保土ヶ谷の両名は事務所にいたので、二人は被害者を殺害することはできない。
「映画の盗撮をしていたビデオの録画時間から、彼と金沢さんは被害者を殺すことはできません」
「しかし、暗闇ということは、誰でも可能ということにはなりませんか?」
「はい。誰でも可能でした。なるべく慎重にら静かに犯人も行動したはずです。しかし、これだけは、誰でもという訳にはいかない。『みーちゃん』の存在です」
「『みーちゃん』?」
「スタッフの金沢さんは言っていました。『あのシアターのお客様は皆、マナー違反をされていて、大変でした。』と」
映画館のマナー違反といえば。
前の席を蹴る。
お喋り。
映画の盗撮。
あとは、上映中にスマホを見る行為。
「被害者は、上映中にスマホを見たんです。しつこく復縁を迫っていた『みーちゃん』から、既読スルーをされていた彼女から久しぶりにメッセージが来たので、上映中だったのにも関わらずスマホを開いてしまった。そして、返事をします。『今どこにいる?』と」
私はスマホを開いた。
暗闇に包まれたシアターに、白くあかりが灯る。不自然にそこだけが明るくなった。
「被害者も、マナー違反者だった。そのスマホの灯りを見て、犯人は被害者の場所を特定したんです」
被害者のスマホの灯りを見ることができたのは、被害者よりも後ろの座席に座っている人。そこからなら前方に白い明かりが見えたはずだ。
だが、鶴見、青葉、戸塚の三名は被害者よりも前に座っていたため、スマホの灯りを目撃していない。
シアターを見張る位置にいるスタッフのみが、座席を見渡す位置にいるスタッフのみが、被害者の灯りを見つけることが出来た。
しかし、スタッフの金沢は、保土ヶ谷を事務所で詰問していた。
残る人は一人だけ。
あのシアターを持ち回り見回っていたもう一人のスタッフ。
〇金沢 周一の証言。
>このフロアの入口で『もぎり』を行ったあと、もう1人のスタッフはこのシアターの入口でお客様の誘導を行っていました。
〇青葉 水琴と戸塚 笑美の証言。
>いちいちスタッフのお姉さんに話しかけるのも悪いと思ったし? シアターが暗くなって、予告流れてる時、入口にいたけどさ。何にも言わずに席移動しちゃったよね。別に何も言われなかったから、良かったんじゃない?
金沢周一は男性。もう一人、女性スタッフがいた。
遺体を発見し、警察に通報した人物。
「犯人は、あなたですね。
映画館スタッフの、都築 美春さん」
「くっ!」
彼女は踵を返し、暗闇の中、出口まで走った。
暗闇の中でも出口にたどり着けるように、足元の案内灯は常に光っていた。
「無駄ですよ」
彼女の荒い足音は止まる。シアターの明かりは段々と明るくなった。
シアターに足を踏み入れた刑事たちに、彼女は圧倒され、シアター内に戻る他なかった。
「このシアターは、警察が見張っている。まさしく密室です。殺人という法を冒した、あなたを逃しません」
大人しくなった容疑者を、屈強な刑事たちは連れていく。
私は再び静かになったシアターの席に腰掛けた。
「上映中は眠らないでください、というのは、マナー違反じゃあなかったよな」
ここのところ、事件続きで眠い。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
その束の間の暗闇は、すぐに明けることになる。
胸ポケットのスマホが、次の依頼を告げた。
完
上映中はマナーをお守りください ぎざ @gizazig
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