第2話 屋敷へ

 汽車を降りてすぐ垣間見えたのは、思わず声を漏らしてしまう程の広大な海と綺麗な街景色だった。

 ウミガモと呼ばれる白い鳥が街空を優雅に飛行し、水平先上のその先へと消えていく。その光景は思わず見とれてしまう程だった。

 ルーデンワイス王国は海面上に作られた貿易王国であり、主に海産物が有名である。私も良く買い出しに訪れてはいたが、当時の私はまさかその国のご息女の講師を自分がやる事になるとは思っていなかっただろう。いや、思う筈がない。


「屋敷までの馬車をご用意いたしました。人目もありますでしょうし、こちらで向かいましょう」


 ルキウス氏に言われるがまま、私は馬車へと搭乗する。

 意外にもこの国は結構広く、巷では身体を引っ付かせてないと迷子になると噂されている程である。そこまでではないだろうと私は思わず突っ込みたくなってしまったが、実際に私が一人迷子になった経験があるため、特に何も言う事が出来なかった。

 馬車の動きに合わせて身体を左右に揺らす。布と布の間に少しだけ隙間を作り、外の様子を伺う。案の定道の淵では、こちらの馬車に注目している。まあ真っすぐ行くだけの屋敷に馬車を使っているくらいなんだ、そりゃ注目も浴びるだろう。

 馬車の中で正解だった。絶対にこの視線には耐えられないだろうから。


「人、多いでしょ?」

「え、ええ、まあ」

「まあ世界有数の貿易王国ですからね。毎日世界各地から来訪されてくるのですよ」


 確かに。こちらを見ている人の中には東洋の衣装に身を包んでいる人や見慣れない衣装に身を包んでいる人等、沢山の人が見受けられる。

 田舎の民族の衣装だろうか? その辺は余り詳しくないのでわからないが、今後街中を歩く事になったら、少しだけ会話してみようと思う。


「本来なら、街をもっと案内するべきなんでしょうが、主様とご息女も待ちかねている事でしょう。申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。もし講師になれたら、自ずと観光する時間は増えるでしょうから」

「左様でございますか」

「時間の余裕が出るといいけどね。何せ目指す場所は魔術学院だから」


 ――言われてみればそうだ。

 帝国魔術学院は世界に何個ともある魔術学院の中でも、トップクラスにレベルの高い学院であり、入学できたとしたらその子は将来が約束されるとも言われている。講師も講師で帝都から直々に選ばれた選りすぐりの魔術師が多く集まっている。

 当然入学する生徒の素晴らしい腕を持った人達が多い。本当に私が入学前講師で良かったのだろうか? いや、それは向こうの判断でしかないか。



 やがて、走っていた馬車は屋敷へと続く大橋を渡り始める。石畳で造られた道である為、先ほど以上に馬車がガタガタと揺れる。ルキウス氏は申し訳ありませんと苦笑するが、別に謝る程ではない。それよりも、もうすぐ到着することがやっと実感することができ、期待と不安で身体が押しつぶされそうになっていた。

 ああ、ご主人にはどうやって弁論しようか。いや、汽車の中でルキウス氏が事前に伝えている筈だから、きっと私の顔を見た瞬間怒鳴り散らすのかもしれない。そうなってしまったら私はどうなるのだろうか? 怖くなってきた。


「到着されました、ルミア様」

「あ、はい、ありがとうございます」

「おっと、お荷物はお運びいたしますよ」

「これくらい大丈夫ですよ?」

「いえいえ、これからお嬢様の講師をされる方です。ここは私にお任せください」

「は、はあ……」


 この人もマスター同様引き下がらない人なのだろうか? いや、執事としてのプライドといったものだろうか? 立派である、関心しちゃう。

 馬車から下りると、周囲に漂う心地よい空気の風が私の身体を歓迎してくれる。すぅ~と息を吸えば、段々と身体に力が湧いてくるような感覚を覚える。


「……霊魔脈を感じておられるのですか?」


 その様子を見たルキウス氏がふふっと笑い語り掛ける。


「霊魔脈……魔力の濃度が他の地より多い場所、ですよね」

「左様でございます。この屋敷がある土地はまさしく、その霊魔脈のある場所に建てられております」

「へえ。通りで空気がおいしいわけだ」


 身体の魔力保有量が膨大すぎるからなのか、きっと他の人以上にこの空気をおいしく感じられるのだろう。なぜか優越感に浸る事ができた。

 魔力が体内で波打つのを感じる。きっと、この霊魔脈と共鳴しているのだろう。ここならもしかすると魔術を行使することができるかもしれない。


 ――いや、きっと無理なんだろうな。



 屋敷の扉を開き、入口をくぐって中へと入る。

 案の定内装は王家の名に恥じない高級感あふれるものとなっており、いきなりドデカい噴水が私を歓迎してくれた。

 石造ならまだわかったかもしれないが、噴水はさすがに予想外である。いや、石造もあるな。端の方に何点か……女神の像だろうか?


「綺麗な内装ですね」


 まるで生まれたての子供が今後住む家を観察するかのように、キョロキョロと首を振り回しながら周囲を見渡す。

 霊魔脈の土地という事もあるかもしれないが、ギルドにいる時より断然居心地がよかった。それこそ、ずっと住み着いていたい程に。


「……ねえ。今この石造、ちょっとピクって動かなかった?」

「え、何? 急にどうしたの?」


 護衛のソラスさんが急に端の石造一つをじーっと見ながら、恐ろしい事を言い出し始めた。え、何? 怖がらせる形での歓迎なの? 私聞いてないんだけど。


「ソラス様、怖がらせてはダメですよ」

「こ、怖がってはいませんけれど?」

「……本当なんだけどな……」


 意地でも怖がらせようとしてくるのか? いやいやそんなまさか。

 改めて私もジッと見つめるが、動いている様には一切見えない。一先ずソラスさんの悪ふざけとして捉えておくことにした。心臓に悪いのでやめていただきたい。


「ソラス様は屋敷に来た頃からずっとあの性格で、申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。こっちとしても、色々親しみやすくて良いと思いますけど」

「左様ですか。ルミア様は人がよろしいようで」

「そうなの、かな?」


 内心では結構ドス黒い事考えている私だが、外見では優しい人物で見られているのか。

 これはひょんなことで内心が漏れてしまった場合の反応に困る。今後直していかないと後々面倒になりそうだ。


「長話が過ぎましたね。さ、どうぞこちらへ」


 ルキウス氏に案内されて、目の前に上がる螺旋状の階段を上ってすぐの扉へとやってくる。

 その重厚な扉の奥からは、並々ならぬ殺気さえも感じられる。まって、私これから殺されるのか?

 彼がノックすると、結構低く太い声で「入れ」と響く。ルキウス氏は何かを察したのか、私だけ部屋に入るよう誘導する。本当に処刑なのか?

 面接は一対一でやるのは常識中の常識ではあるのだけど、こんな命令形で言われたら処刑としか考えられないんですけど。


「し、失礼します」

「ふむ、来たか。まあ、座りたまえ」


 私は何度も小刻みに頭を上下に動かしながら、目の前に用意された明らかに一人用ではない高級なソファへと腰かける。

 彼が当主――なのだろうか。威厳さえ感じられるその面構えに、茶色を帯びた口元の髭。もう明らかに山に住み着く怪物のような感じであった。


「話は聞かせてもらったよ。どうにも、魔術が使えない魔力使い――だと」

「は、はい。魔力は人一倍あるのですが……」

「聞かなくともわかる。人目見た瞬間から、無意識に魔力を感じてしまったからな。あと、そう畏まらなくてもよい。娘の講師となる人物だからな」


 あ、処刑ではないんですね。一先ず安心した。


「簡単に業務内容を言う。――といっても、アイツから少しは聞いているのだろう?」

「ルーデンワイス家のご息女の魔術講師……ですよね。あと、少なからず語学教養も、と」

「うむ。どうも昔に見た魔術師に影響されてしまったのか、自分の魔術師になりたいと聞かなくてな。本来は普通の帝国学院に入学させるべきなのだが、娘にあぁも言われてしまってはな。はっはっは」

「……成程。ちなみに、ご息女の魔力保有量というのは」

「察しの通りだ。ほぼからっきしと言っていい」


 まぁですよね。何となく察してはいました。

 でもまあそこは問題ではない。魔術の基礎を学べば、人は多少ながらも魔力を得る事はできる。しかもここは良いことに霊魔脈だ。生まれた頃から魔術師になるべくして生を受けた人の一段階下ぐらいの魔力保有量にまでなら成長はできるだろう。後はその差を埋めるための技術次第だが。


「わかりました。……ところで、ご息女さんは今どちらに?」

「うん? さっきから君の後ろにいるが?」

「ふぇ!?」


 ガタッと驚き立ち、背後を振り向く。そこには柱の影に隠れてこちらの様子を伺う可愛らしい女の子がいた。髪は金色で、瞳は紺碧色。絶世の美少女といって差し支えないような容姿であった。

 成程、確かに魔力が全然感じられない。第一印象は可愛い女の子くらいだった。


「こら、ルティナ。今後講師となる者だ、挨拶くらいはしたらどうだ」

「あ、いえ。初対面ですし、仕方ないですよ。……えっと、はじめまして?」

「ぁ、……ぅ、は、はじめ、まして……」


 人見知りか。一々しぐさが可愛い。


「すまないね、どうも昔から初対面の人と話すのは苦手のようでね」

「まあそこは慣れていくしかないですよ」

「だな……さて、話の続きだが……」


 と、当主が次なる話を切り出そうとした、その刹那であった。


「え、えぇ!? 何が起きた!」

「ま、魔物か!? ソラス様を、ソラス様を呼んで来い!」


 下の階から、何やら騒がしいような声が響く。ちょっと、さっそく問題ごとですか。今から大事な話があるっていうのに、勘弁してもらいたいのですが。

 だが、聞き捨てならない用語があったように思える。「魔物」、もしそれが本当なら、見過ごすわけにはいかない。魔術は使えないが。


「何事だ!?」

「……な、なに?」

「……行ってみましょう!」

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魔術の使えない魔力使いの魔術講義 ~就職先の屋敷は喋ったり動いたりするようです。え? 私のせい?~ 室星奏 @fate0219

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