1章

第1話 迎えと告白

 マスターから依頼内容を聞いたその翌日、私は帝国の駅構内で早朝の便に来る汽車の到着を暗い面持ちで待っていた。

 周囲を見渡せば私以外にもちらほら魔術師は見受けられる。というか、魔術師しか存在していない。

 それもそのはず、私のいる場所は民間人のいる駅とは違い、魔術師専用の車両に入るための駅にいる。無知の民間人に魔術が普及するのを恐れた帝国側の政策の一つである。故に、この駅に入るためには小規模の魔術を披露するか、専用のパスポートを見せなければならないのだが。

 私の場合、魔力保有量が尋常ではない為、常に魔力が少量身体から漏れだしている状態である。故に、何も知らぬ魔術師や駅員は私の事を魔術師の頂点やらなんやらだと勘違いしてしまう。

 結果、もはや顔パスみたいな感じになってしまった。


「……視線が痛い……そんな凄い人なんかじゃないのに」


 目の前にいる魔術師の2人組が私を見て小声で会話している。何を言っているのかわからないが、表情から推測するに『あいつやべーよ、近づかないほうがいい』とかそういった内容なんだろう、大概失礼にも程があるが。


 気を紛らわせるために、駅構内に入る前に購入した新聞を開き、文章に沿って視線をなぞる。

 マスターによれば、汽車が来る前か汽車の中で迎えの人がやってくるとかなんとか言っていた。視線が痛いので、早めに来るなら早くしてほしいところだ。


「おや。貴方がルミア様でしょうか?」


 汽車が来る寸前、背後から声がかけられる。目の前にいた魔術師も『自殺行為だろ』みたいな眼で様子を伺っている。

 振り向くと、そこには初老を迎えたであろう黒服の男性と、剣を腰に身に着けた青髪の女性の二人が立っていた。

 女性が剣士? と思ったが、後日聞いて曰く『今の時代、そんな珍しい物でもない』らしい。

 時事知識が浅い、もっと勉強しなければ。


「は、はい。ルミア=アーベルクです」

「やはり、でしたか。聞いていた通りでしたので、すぐわかりました。私、ルーデンワイス王家の執事長を務めています、ルキウスと申します。そしてこの方が――」

「ソラス。護衛役、よろしくしなくてもいいよ」


 ソラスと名乗る少女は所謂ジト目と呼ばれる目で私を見て、握手を交わす。

 護衛役、なんか情報量多くありません?


「……まぁ、ここで立ち話もなんでしょう。ちょうど、汽車が到着したので、詳細はどうぞ車内で。特等席を用意しておきました」

「王家特権というやつですか」

「ははは、ご冗談を。前日に予約しておいただけですよ」


 意外と律儀だった。



 ***



 しばらくして汽車が駅を発ち、シュッシュッという走る軽快なリズムと共鳴して、身体を左右に揺らす。

 目的地はこのまま終点のルーデンワイス王国。今乗っている魔術師の大半もそこを目指しているのではないだろうか。それほど有名な王国なのである。

 それはそれとして、案内された席は4人まで入る事の出来る個室であり、私は二人と向かい合わせになるように座った。腰につけているからなのか、ソラスは一瞬座るのに苦労している様だった。


「……大変だね」

「まあね。慣れた、けど」


 到底慣れたようには見えないけれど。オドオドしすぎでしょう?

 だが、胸元にある剣の階級を示すブローチを確認すると、彼女の剣術の腕前が相当な物であるという事が分かる。

 つまりあれが、彼女の言う『慣れ』何だろう。いやあ、世界って広いね。


「魔力量……凄いね」


 ようやく落ち着いたのか、ソラスが話題を変えるために、私の魔力に反応を示した。


「あぁ、ありがとう? ……やっぱり、感じるんですね」

「魔術の知識は疎いけど。魔力は感じれるからね。……体臭みたいに漏れ出してるよ」


 例えの口が悪すぎません? 一瞬身体が硬直してしまった。

 隣にいたルキウスさんが、慌てて謝罪をしてきた。いやまあ別に怒る程ではないのだけれど。

 そういう性格? と分かればこっちのものなんで。


「こほん。さて、失礼ながらルミア様は、仕事の内容をどれほどマスター・ハンス殿から伺っておられますでしょうか?」

「ルーデンワイス家のご息女の魔術学と座学の講師役、とだけ伺っています。剣術学と作法学は既にいるとかなんとか」

「左様でございます。剣術はそこのソラスが、作法は私が勤めておられます。――が、魔術を教える事の出来る者が身内にいないとの事で、この度ギルドに求人依頼を出していた次第でございます」


 ご息女に教える事の出来る人材、という事もあり相当の腕を持つ魔術師を探していたらしい。当然といえば当然だが。

 しかし案の定、失敗したらどうなるか分かったものでもない為、引き受ける人は結局いなかったとの事。

 結局押し付けじゃんか、と心の中でマスターに突っ込んでおく。


「こちらは、大きすぎる問題は抱えているものの、魔術の知識と肝心の魔力は豊富に持っていると伺っております。その魔力の感じ、分かりやすくて大変助かりました」

「せめて容姿で判別してほしかったですけどね、ははは」


 互いに苦笑する。おい、私の容姿はイマイチってことか?

 察したのか、隣のソラスが『まあまあだよ』とフォロー? 茶々? を入れてくる。

 まあフォローと捉える事にしておこう。


「で、その大きすぎる問題ってなに?」

「……言っていいんです? 結構失望すると思いますけど……」

「マスター・ハンス殿から大きすぎて致命的すぎるとは伺っています。余り気にしないでください」

「そう、ですか……」


 恐らくマスターは自分の口から言わせるために、わざと思わせぶりに伝えたのだろう。

 性格が悪い、伝えておいてくれれば、こちらから断りを入れる事もなかったのに。


「……実は……あの……私、こんなに魔力持ってるんですけど、なぜか魔術を全く使えなくてですね……」

「ふむふむ……え?」

「ほえー……」


 気持ちのいい流れでルキウスさんが反応してくれたのに対し、ソラスさんはただぽけーっとした反応で返してくれた。今回の場合だと、ソラスさんの反応が一番有難い。気を負わずに済むからである。


「魔術は使えないが、魔術の知識はある……と。成程、そういうことでしたか」

「何? 使おうとする努力はしなかったの?」

「しなかったら、魔術師ギルドになんかいませんよ、私」


 様々な魔術書を読み漁り、何度も詠唱を繰り返したのにも関わらず、展開した魔法陣が途中で破裂してしまい、結局失敗に終わってしまう。

 まるで、


 初歩的な魔術すらできないと知った時は、我ながら布に包まって悔し涙を流していたものだ。懐かしい。

 どうしてだろうか、その時の私を回想していると、これから会うご息女には同じ想いをしてほしくないと思ってしまう。私の心がそう言っているのだろうか。


「……まあ、でも。魔力の扱い方は、この身体である以上、人一倍には理解しているつもりです。そこは安心してください」

「了解しました。主様には、今のうちにお伝えしておきましょう」

「あ、ありがとうございます……」

「これまた、クセの強い教師が来たねぇ~」


 あなたに言われたくはない。


「……あ、ほら、見えてきたよ」

「……え?」


 話題を逸らさんと、ソラスが私の視線を窓へと誘導する。会話が上手い、上手すぎる。

 窓を覗くと、広大に広がる海に浮かぶ大きな屋敷が見える。どうやらあれが、ルーデンワイス家の拠点らしい。王国という事だから、てっきり城を拠点にしている物かと思ったが、貿易王国という事もあり、そんな大層な物は作れなかったとかなんとか。

 私としてはオドオドせずに済みそうで、良かったというべきか。


「それじゃ行こっか。あいつは後から来るだろうから、気にしないでいいよ」

「さすがにダメだと思う」


 彼女にも多少教育が必要だと思った。

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