魔術の使えない魔力使いの魔術講義 ~就職先の屋敷は喋ったり動いたりするようです。え? 私のせい?~

室星奏

プロローグ

プロローグ

「ルミア、これ以上はさすがの俺も限界だよ」

「……ですが」


 私は脳内で次に出すべき言葉を整理していた。

 突然起きた出来事であったがために、酷く動揺せざるを得なかった。最も、これは私のせい以外の何物でもないのだが。


「豊富な魔力を持った魔力使い――。最初聞いたときは、神代からの使者なんじゃないかと思ったよ。使、という点に目をつむればね」

「……」


 私は魔術師の家系に生を受けた。生んでくれた両親は体内から出てきた私を確認した瞬間、酷く驚愕したらしい。

 容姿が綺麗だから? まぁそれもあるだろう(無い)。体重が普通より大きすぎるから? な訳ない(ちょっと大きかったらしい)。じゃぁ、なんで驚いたか、それは。


 尋常ならざるその、魔力保有量。


 赤ん坊の時から私は、生を受けた魔術師の里に住まう全魔術師の魔力保有量と同等の魔力を保有していた。

 普通ならば、それほどの魔力を保有したら即座に身体が耐えきれなくなり、暴走やら爆発やらを引き起こす筈なのだが、私はそれすらも引き起こさず平然とすることができた。

 理由は不明だが、皆は私をこぞって『天からの贈り物』だの『神代からの使者』だの言って誇られてきた。


 ……まではよかった。うん、誰がどう見てもそれは憧れる人生のスタートだろう。

 だが、その代償として私は致命的な欠点を抱えてしまった。この欠点によって、私のこの魔力保有量は、完全なる宝の持ち腐れと化してしまった。


 それは、魔術が一切使えないという事。


 上級魔術はおろか、基礎魔術すら扱う事が出来ない。誰かから教授すればいいじゃないかと思うだろうが、それすらも全て失敗に終わってしまった。

 一から全を知り、魔術を行使しようと魔力を操作するのだが、全て不発に終わってしまう。例を挙げるならば、炎を出そうとしても、炎のほの字も見えない状態である。


 両親含めた里のみんなは手を焼いた。どうすれば、私を立派な魔術師にできるのだろうか、と。そんな最中、私に救いの手を伸ばした人物がいた。それこそが、今目の前にいる帝国魔術師ギルドの頂点、ハンスである。

 彼は万象魔術師オールワンダーと呼ばれる魔術師であり、この大陸の全ての魔術師の頂点に君する男である。

 私の魔力に目を付けた彼は、あらゆる手を駆使して私に魔術の全てを叩きこんでくれた。おかげで、魔術の、魔力の操作方法は豊富に得る事ができた。が、肝心の行使は一切できなかった。


 その結果、今日でようやく音を上げ、私を魔術師ギルドから追い出す事にしたらしい。さすがに自分勝手が過ぎるのではないだろうか。


「これまで何人もの人を育成してきたが、君みたいな子は本当に初めてだよ。出来る事なら、君の持つ魔力を俺に寄越してほしいくらいだ。もったいない」

「寄越してしまったら、せっかく魔力の操作は覚えれたのに、もったいないですよ」

「魔力というのは魔術に使ってナンボの物だ、それ以外だとくだらない物にか役に立たない!」

「はぁ……そうですか」


 呆れて物も言えなかった。

 幼い頃は魔力なんて目に見えない変な物くらいにしか思っていなかったが、ここにきて学ぶ事で、その素晴らしさを私は知った。


 物を浮かせる! ……人で足りるとか言われてしまったが。

 エネルギーにできる! ……魔術で十分とか言われてしまったが。


 他の人なら当たり前だと思える事でも、私にとっては素晴らしい物でしかなかった。

 が、やはり魔術は使えた方がいいらしい。無理な話だが。


「だが、ここに君を連れてきてしまったのは俺の責任だ。その非だけは認めよう」


 そりゃそうでしょう。


「ええ。ですから――ここに留めておくか、故郷に帰る費用くらい賄ってくれませんか?」

「お前は頼む立場ではない、黙っていろ」


 はームカつく。


「だが、一つお前にもできそうな仕事だけは提供しよう」

「仕事、ですか?」

「ああ。俺の知人が、娘を学院に入学させるための学力と魔術技能を教授してくれる教育者を探している。学院入学試験までの1年間の仕事だ、給金も出る」

「……ちなみに、拒否権は?」

「あるが、お前が一生路頭に迷うだけだ」


 ですよね、と私は深いため息をついた。

 実際に魔術は行使できないが、知識と魔力だけは豊富にある為、誰かに教えるという事は出来るだろうという算段だろうか。

 いや、絶対にマスターが面倒くさいと思っていた仕事を押し付けられただけだな、これは。


「……わかりました。お願いします」


 さすがに私も路頭に迷うのだけは勘弁したい。一年間だけなら、受けてやってもいいかもしれない。

 それくらいの期間があれば、さすがに故郷へ帰る為の資金ぐらいは稼げるだろう。給金が幾らなのかは定かではないが。

 少なかったら、そいつをぶん殴る。


「そうか。なら、そいつに連絡しておこう。その間、お前は資料でも読んで、依頼人の事をよく知っておくんだな」


 私は一枚の紙を渡され、部屋の外へと追いやられる。

 やれやれ、どうやら私はとんだヤバイ所で魔術を教えこまれていたらしい。最も、ギルド内での生活はとても楽しいの一言であり、文句は何一つなかったのだが。

 色んなメンバーと野外学習という名目で遠方に冒険へ出かけた際は酷く興奮して、なかなか眠れない夜を過ごしてしまったものだ。その際のメンバーの笑い顔は今でも覚えている。

 しかし、結局は実力主義の世の中だ。能力に恵まれていても、結果を出さなければ意味がない。

 最後の最後でいい学習ができたよ、ありがとう。と心の中で感謝しておく。


「……はぁ。えっと、依頼主は?」


 扉の前の椅子によいしょっと腰かけ、渡された紙に眼をやる。

 第一印象を聞かれたら、そっちを答えてしまう程に、渡された紙はやけに質感の良い紙だった。筆跡もすごく綺麗で達筆だった。

 こんなの、そこらへんの住民じゃ到底用意できる物ではないと思うのだが。


「……依頼人、ジェイド・ルーデンワイス……ルーデンワイス王家の……当主!?」


 ガタッと立ち上がってしまった。

 待て待て、おかしい。おかしいぞ?

 マスターよりも上の地位を持つ人物の名前がその紙には書かれていた。

 どうりで質感のいい紙と達筆な文章なわけだ。ちょっと嫌な予感はしていたけれど。


 いてもたってもいられず、私は目の前の扉をバァンと開く。


「マスター! これはどういう――」

「うん、そうか。分かった。では、後の処理は任せよう」


 マスターは受話器を置き、ふぅと一息ついてこちらを見る。


「良かったな、歓迎らしいぞ」

「歓迎って、いやあの! これってどういうことですか! 厄介払いなら、もっと下の地位の人だと思っていたんだけど!?」

「厄介払いなのには間違いないぞ。実際、この依頼は面倒だったからな」

「だとしてもっ!」

「もう決まったことだ、グチグチいうな。お前の教える生徒は、ルーデンワイス家のご息女だ」


 なんでそんな平然としていられるんだ。

 私にとっては、大プレッシャーでしかないぞ? もし失敗でもしたら人生転落でしかないぞ?

 あ、そうか。だからギルドマスターはその依頼を嫌ったのか。クソ、良いように使われたな。あー、殴り倒してやりたい。燃やしてやりたい。あ、魔術使えないんだった。


「ご息女だからな、当然狙う学院は試験レベルも非常に高い帝国魔術学院だ。受けると言った以上は、もう拒否する事なんてできないぞ?」

「嘘だと言ってよ。こんな事になるなんて……」


 あぁ、人生終わった。

 成功か失敗かまだ判明していないにもかかわらず、私はもう絶望の感情しか抱いていなかった。

 魔力と知識はあるが、魔術を使う事が出来ない私が、ご息女の教師なんて勤まるのだろうか? いや、絶対無理だ。


 ……こうなってしまった以上は仕方ない。どうせ、面会のタイミングがあるだろうから、そこで思い切って謝る事にしよう。

 最悪投獄となってしまっても、私のような人間はどっちみちそれと同じような地位にいずれなってしまうだろうから、問題ないだろう。死刑? はは、飛躍しすぎだね。


 だけど今となっては、この迷走しているときの私を、一発ぶん殴ってやりたい程に、この依頼を渡してくれたマスターに感謝している。

 何せこれは、ギルドにいた頃よりも更に楽しい日々の、幕開けであったのだから。

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