空色クライマー

嶌田あき

空色クライマー

 ある日の かえりみち。わたしは、へんなはりがみを みつけた。


〈ザイルパートナー ぼしゅうちゅう〉


 パートナーってのは、たしか、あいぼう、っていみだ。

 でも、『ザイル』って なんだろう?


 わたしは、夕ごはんのとき、お父さんにきいてみた。


「ねえ お父さん。ザイル、ってなぁに?」

「ああ、それはね、山のぼりにつかう ロープだよ」

「山のぼり……?」

「きけんな山は ふたりで のぼるんだ。体と体を 『ザイル』でかたく むすびつけ、どちらかが 足をすべらせたら、あいぼうが たすけるんだ」


「あいぼうが、足をすべらせたら?」

「こんどは、ノゾミがあいぼうを たすけるばんだ」


 なんだか たいへんそうだけど、たのしそうだ。

 わかいころ 山のぼりが すきだった お父さんには わるいけど、はりがみの つづきは ナイショだ。だってこれは、わたしの山のぼり なんだもん。


〈あすのゆうがた うら山の ふもとの じんじゃまで きてください〉


 つぎの日、わたしは がっこうがおわると すぐに じんじゃに むかった。


 ――なぁんだ。うら山にのぼるだけか。それなら、らくしょうじゃん。


 じんじゃの まえは こうえんに なっている。

 まだ じかんがあると思って わたしは、いつものジャングルジムで、ひるねを はじめた。


 トントン――。

 だれかに かたを たたかれた きがして、わたしは、ひゃっと とびあがった。


 あたりは ゆうやけ色。カラスも 鳴いている。

 ねむたい目を こすり、声のほうを ふりむいて、わたしは もういちど とびあがった。


「ぼくは リンクス。よくきてくれたね」


 はなしかけてきたのは、なんと、にほんあしで 立っている、ねこ!

 よくみると かおだけじゃない。ても、あしも、ぜんぶねこだ。しっぽも はえている。


「きみの なまえは?」

「わたしは ノゾミ」

「ほう、すてきな なまえだ。では、ノゾミ。よろしく たのむよ」


 そういって、わたしは さしだされた けむくじゃらの 手と あくしゅした。

 もう、なにがなんだか わからない。


「まず、ちょうじょうの 山ごやへ 向かう。そこで そうびを ととのえるのさ」


 リンクスは、じんじゃの うらからつづく けものみちを、2ほんあしで ぐんぐん すすんだ。

 わたしは おいかけるのに せいいっぱい。


 ――山の ちょうじょうから、さらに登るなんて おかしなはなしだ。


 わたしは、だんだん ふあんになってきた。


「リンクス。いったい どこの山に 登るんだい?」


 かれは ふりむきもせず、すこし おおげさに 手をふりあげて つぶやいた。


「空さ」

「…そ、ラ?」

「そう。空の ちょうじょうを めざすのさ」


 リンクスは うしろを ふりかえり、わたしを さとすように つづけた。


「ぼくたちは、子ねこさいごのよるに、にんげんの子供と 空に登る しきたりなんだ」


 十五分ほどで、山ごやに たどりついた。


「さぁ、したくをしよう」


 リンクスは わたしのまえに、いそいそと どうぐを ならべはじめた。

 空色のふく、空色のくつ、空色のヘルメット、空色のハンマー。それに――


「これは、なに?」


 みなれない、くぎ?


「これは『ハーケン』。空のすきまに うちこんで、あしばに するのさ」


 それは ひんやりしていて、キラキラと ひかっていた。おもくも かるくもない。あおにも しろにも見える。へんなかんじだ。


 リンクスに せかされ、じゅんびに かかった。

 おそろいのふく。おそろいのくつ。おそろいのヘルメット、おそろいのハンマー。

 こしのベルトに ぶらさげた、いくつもの ハーケンまで おそろい。

 わたしとリンクスは、すっかり みわけがつかない かっこになった。


「さて、いよいよだ。ザイルを むすぼう」


 リンクスが わたしのベルトに ザイルをむすびつけ、わたしが リンクスのベルトに ザイルを むすびつけた。

 これで、しゃべるねこと『ザイルパートナー』ってやつに なってしまったわけだ。


 日がおちて、あたりは まっくらになった。


「出発だ。ひがしの空から のぼろう」


 リンクスは、しゃあ、っと 空にとびついた。

 するどいつめで しっかりと 空をつかんで、わたしを見おろしながら さけんだ。


「ノゾミ! よおく見るんだ!」


 リンクスが ゆびさす先に、わたしはひっしで 目をこらした。よく見ると あちこちで ハーケンのあたまが ひかっている。


「せんぱいの ねこたちがうった ハーケンさ」


 わたしは おそるおそる、ハーケンのひとつに 手をかけた。


「あんしんして 登るんだ。まんがいち、きみが足をすべらせても、ぼくが 助けるから」


 リンクスが先にのぼり、わたしは おいかけた。

 おいつくと、こんどは わたしが先にのぼり、リンクスが わたしをおいかけた。

 こうして わたしたちは しゃくとり虫みたいに 少しずつ、でもかくじつに すすんだ。


 キーン キーン キン。

 リンクスが ハーケンを 空にうちつける。そこをあしばに わたしが登る。

 キーン キーン キン。

 こんどはわたしが ハーケンを うちつける。そこをあしばに リンクスが登る。


 ハーケンのおとが、ひんやりと こだまするのが きこえた。

 キーン キーン キン。


「ペガサスのくび」という おねをつたい、

「はくちょうのはね」とリンクスがよぶ つりばしで ひょうがを わたった。


「あまり 下を見るなよ!」


 あしもとの ずっと下のほうに、まちのあかりが ぼんやり見えた。

 ふしぎと、こわくはなかった。


「いよいよだ。この『りゅうのせなか』を登りきれば ちょうじょうだ!」


 リンクスは 大きなひとみを ひときわ大きく みひらいた。

 目のまえには まっくろい かべのような空が 立ちはだかる。


「急ごう。よあけが ちかいぞ!」


 わたしたちは、ぎんいろのハーケンを いくつもうって、かべを ぐんぐん登った。

 ひとこともしゃべらず、目であいずして、もくもくと登った。

 

 ――だいじょうぶ。わたしにはリンクスが、リンクスには わたしがいるんだから。

 ザイルをにぎり、じぶんに いいきかせた。


「やったぞ! ちょうじょうだ!」


 さきをいく リンクスがさけんだ。

 わたしは うれしくなって いそいでおいかけた。


「やったぁ」


 ついに 空のてっぺんまで きたんだ。


「リンクス、あれをみて!」


 わたしは足もとを ゆびさした。ひがしの空に、よあけのたいようが かおをだした。いつのまにか、わたしたちは やさしいオレンジいろに てらされていた。


「ありがとう、ノゾミ。ぼく、きっとりっぱな 大人ねこになるよ」


 ――ノゾミ? ノゾミ!


 きがつくと、わたしは ジャングルジムの上で ねていた。


「おとうさん……」

「さぁ、ひがくれるよ。おうちに かえろう」


 わたしは こしに ついているはずの ザイルをさがした。


「おとうさん。あの、あのね。そらのてっぺんに のぼってきたの。ねこのリンクスと いっしょに、ハンマーで ハーケンをうって」

「フフフ」

「うそだとおもってるでしょ?」

「いいや。ノゾミが うそをついてる なんておもってないよ」


 おとうさんは すっかり暗くなった 空をみあげた。


「だってほら、空にはちゃあんと、ノゾミがうちこんだ、たくさんのハーケンが、いまも キラキラ がやいているよ」



 ――おしまい――





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空色クライマー 嶌田あき @haru-natsu-aki-fuyu

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