第46話 一緒にいるから
育ての親には愛されることなく屋敷に閉じ込められた状態で育ち、最後には世間の常識も知らないまま放り出され、途方に暮れていたところを神殿騎士のラルダスに救われた。
ラルダスに感謝して、その恩に報いるためにがんばろうと思った矢先に、育ての家族の屋敷が精霊の怒りに触れたと聞き、ラルダスに迷惑をかけまいと、神殿に懺悔に向かうことを決意。
神殿では罪人のように扱われたと思ったら、いきなり、精霊と神殿の祭司長の子どもだと言われてしまう。
アイメリアのこれまでの人生は、他人や状況に振り回されるばかりだった。
「でも、結局は、私自身のせいだと思うのです」
アイメリアは、父である祭司長オーディアンスと、母である上位精霊のアリアに向かってそう告げる。
「私が自分でもっと考えて行動してこなかった結果、そうなっただけなんだ、って」
「それはどうだろう? そもそもを言えば私たちの判断が甘かったのだし、別れたときに赤子であった君に、放り込まれた環境に
「私はもう赤子ではなく、自分で考えることができる大人です。だから、自分で考えて行動しなければならなかったのです」
友人のダハニアとのお茶会を終えたアイメリアは、世話をしてこようとする神殿の者たちを丁重に断った。
そしてアイメリア自身にはまだまだ家族という認識は薄いものの、やっと巡り会えた両親と、親子水入らずで話すことにしたのだ。
神殿の奥扉のなかに秘められた、精霊と共に生きる者だけが住まう小さな村。
そのなかにある、取り立てて立派ではないが、どこかほっとするあたたかみのある家の居間で、三人、いや、二人と精霊四柱は、テーブルを囲んで語り合った。
テーブルを囲むとは言っても、母である精霊アリアや、アイメリアのささやき声たちは、人とは違って椅子に座ったりしない。
なので、それぞれの身内とする者の傍らに佇んでいるだけ、ではあったが。
アイメリアは、父であるオーディアンスの傍らで静かに微笑んでいる母、精霊アリアを見る。
そうすると、ああ母はやはり人ではないのだ、とはっきりと認識できた。
その精霊である母が、昔は人間として産まれ育ち自分を産んだのだ、と聞かされはしたものの、いまだに実感がないアイメリアだった。
精霊は、その位階を上げるときに生物として産まれ育つ必要があるらしい。
本来の精霊の状態では、育つということが出来ないからだ、とは説明されたが、今の時点のアイメリアにはよくわからない話だった。
「自分で考えて行動したい。だから、私たちとは住まない。そう言うのだね?」
「はい」
アイメリアは、そうはっきりと答える。
アイメリアに産みの親である両親に対する想いがない訳では無い。
むしろ、親の愛情を知らないアイメリアには、本当の家族からの無償の愛情というものに対する憧れがあった。
だが、それよりも強い想いがある。
「大切なことをないがしろにして逃げ出しても、結局はだれも幸せになれない。私はそう学んだのです」
アイメリアの強い決意を聞き、両親はうなずいた。
「そうか。それなら、君の思うようにするがいい。これまで神殿は、何もかもを封じ込めて守ったつもりになって来た。だが、閉じ込めることと守ることは違う。……違うということを知る時が来ているのだと思う。ならば、まずは私がそれを示すべきだろうしね」
意外、というほど父のことを知らないアイメリアではあったが、それがこの神殿内ではかなり異端な考えだ、ということはわかる。
「お父さま……本当に、いい、のですか?」
「幸い、私には神殿において大きな発言力がある。人でなしのそしりを恐れなければ、アリアの力を借りることもできる」
「ええっと……あの、それは、どういう?」
父の少しばかり過激な言葉の意味をはかりかねて、首をかしげるアイメリア。
アイメリアからしてみれば、ただ両親の家を出て自立するだけの話である。
なぜ父が大げさに対応するのかがよくわからなかったのだ。
その様子に、オーディアンスは思わずといった笑い声を上げた。
「なるほど、これは私たち以上の世間知らずだな」
「お父さま?」
「ふふ、理解していないみたいですけれど、あなたも、本来なら閉じ込められる立場なのですよ? 我が愛しき娘。ですが、オーディアンスは、私の力を使ってでも、……つまり力を使って脅してでもそれを阻止すると言っているのです」
「えっ!」
アイメリアは、養父の屋敷を打ち壊したアリアの力を思い起こす。
あの打撃で、不思議なことに死者は出なかったらしい。
だが、価値あるものは全て消え失せ、養父たちはまともにものを考える力を失った、ということだった。
そんなアリアの力を自分のために振るうということは、アイメリアにしてみればとんでもない話である。
「だ、だめですよ! 本当にやったら! 絶対、脅すだけ、ですからね!」
「なるほど、私たちの娘は、駆け引きというものを理解しているらしいぞ」
アハハハハハ、とオーディアンスは笑い、精霊のアリアもキラキラとした光を放った。
アイメリアは、最近目に見えるようになったささやき声たちとのふれあいで気づいたのだが、精霊が光のような波動を放つのは、感情の高ぶりを表しているようである。
つまり、母も父と一緒に笑っているのだ。
「二人とも、そんなに笑わなくても……」
アイメリアは少し膨れてみせた。
思えばこのときに、アイメリアと両親は、初めて家族らしい関係性を作れたのかもしれない。
と、そういった経緯で、アイメリアは無事神殿を出ることができた。
そうして、ラルダスと話すために、すでに懐かしい気持ちすら抱く、ラルダスの家に向かったのだ。
必ずしも神殿の者たちが快く送り出してくれた訳ではなかったし、しばらく、せめて信者たちにお披露目するまでは留まってほしい、などと懇願されたりもした。
しかし、そんなことはアイメリアを引き止める何の力にもならない。
このときのアイメリアは、ただひたすら、ラルダスに会って話すことだけを頭のなかでぐるぐると考えていたのだから。
そんなアイメリアにとって、家の前でラルダスを待つ時間は、全く苦にはならなかった。
ただ、不安と、幸福な想いが交互にぐるぐると胸を締め付けるのを感じ続け、そんな状態をささやき声たちに励まされていただけである。
時間が経ち、あたりがすっかり暗くなったのにもなかなか気づかなかった程だ。
ラルダスの家周辺は、神殿騎士の住居が多いエリアであることもあって、防犯意識の高い地域だ。
そのため、道沿いにはしっかりと街灯があった。
遠くが見えるほどではないものの、真っ暗ということはない。
ただ、若い娘が一人で門前に立っているのは目立った。
住居ばかりが立ち並ぶ場所であるからか、人通りは少ないが、たまに通る馬車や、徒歩の下働きらしい者たちは、ぎょっとした顔をアイメリアに向けていく。
場所柄、人気のある騎士の家に押しかけるファンの女性もいたりはするので、そういう娘だと誤解する者もいたが、ご近所は、最近この家で働いているアイメリアのことを知っていた。
少し見かけは変わったものの、それがアイメリア本人だと理解してからは、どうやら若い男女にありがちな痴話喧嘩かなにかだろうと勝手にそれぞれ納得をして、そっと見守ることにしていたようだ。
そんなところに、とぼとぼとラルダスが戻って来たのである。
さすがにラルダスも優秀な騎士だけあり、すぐさま人の気配に気づいて
驚いて、問いただすことになった。
「どうしてここに! アイ……メリア……いや、アイメリア、さま」
「私に敬称などつけないでください。……ラルダスさまは私の恩人なんですから」
アイメリアもアイメリアで、ラルダスの問いに思わずそう返したものの、その後の言葉が続かない。
そうしてアイメリアは、次の言葉を言い淀み、ひたすらもじもじと両手を胸の前で組んだり外したりすることとなった。
門灯に照らされて、その赤くなった顔も認識できる。
そんな様子に、ラルダスは不安を覚えた。
「なにか、あったのか? その、誰かにいじめられた、とか?」
「い、いえ。ち、違うんです。私、私、自分で、……自分で自分のことを決めたくて」
「自分で決める?」
「あ! でも、ラルダスさまが嫌なら、それは、諦めます、から!」
「ふむ。……ならまず、さまづけはやめてもらおう」
いっぱいいっぱいなアイメリアに対して、ラルダスが真剣にそんな言葉を返す。
「え?」
「俺にも禁じたのだから、お互いさまだろう?」
「え? え? あっ、は、はい!」
そのおかげで、アイメリアの混乱はさらに深まった。
「それで、何を決めたのかな?」
アイメリアの混乱を見て、だんだん冷静になったラルダスが、少し意地悪く聞く。
もう遠い存在になったと思ったアイメリアが目前にいることで、ラルダスはラルダスで、少し浮かれていたのかもしれない。
「そ、その、私をまた雇ってください!」
思い切って、という感じで、アイメリアはそう言うと頭を下げる。
言われたラルダスのほうは、思ってもいなかった言葉に、固まってしまった。
「雇う……と言われても。そもそもお前は、行くところがないからうちに来たのだろう? もう家族が見つかったのだから、うちで働く必要はないはずだ。それどころか、本来は俺のほうがお前に
アイメリアが普段通りの態度を望んでいると悟ったラルダスは、今までと同じような態度でアイメリアに応じる。
他人行儀なやりとりは、ラルダスも居心地悪かったのだ。
「そ、その、こ、この家はとても居心地がよくって、ほっこりさんは、庭の花が開くのを楽しみにしてたし、ひそひそさんは、静かな夜が居心地がいいって、ぽわぽわさんも、洗濯物を乾かすのが大好きで……」
「お前は?」
アイメリアの告げる理由に眉をひそめたラルダスは、やや強い口調で聞いた。
「え?」
「お前は、どうなんだ? お前の精霊たちが心地良いからここに住みたいだけなのか?」
実のところ、ラルダスはアイメリアが精霊と共にいるということを知らなかったが、アイメリアの周りに不思議な雰囲気があることを感じてはいたのである。
祭司と精霊の間の御子と聞いたこともあって、アイメリアの言う存在が精霊のことなのだろう、とすぐに察することができた。
「あっ! 違う! ち、違います!」
アイメリアはますます赤くなり、組んだり解いたりする指はなにやらよくわからない挙動を始めてしまう。
「わた、私がっ」
「うん」
ラルダスは、そんなアイメリアの言葉を促した。
「私が、ここにいたいから! ラルダスさまと一緒に過ごしたこの家が、その時間が、一番、一番幸せだったから!」
「そうか」
もはや真っ赤になって顔を伏せてしまったアイメリアの耳に、ラルダスの声が届く。
「俺も、だ」
「えっ?」
アイメリアはラルダスの優しい声に顔を上げた。
「俺も、お前がいるときが……お前がこの家にいてくれたときが、一番幸せだった。だから、ずっといて欲しいと、わがままかもしれないが、いてくれと、思っていた」
「ほ、ほんとう、に?」
「ああ。お前が帰って来てくれてよかった。神殿に押しかけて、御子の守り手にさせろ! と、直談判するつもりだったから、な」
「……ラルダスさま」
「……笑ってもいいんだぞ?」
いつの間にか、ラルダスの顔も赤い。
その顔を見つめて、アイメリアは首を横に振った。
そして、無言でギュッと騎士服の裾にしがみつく。
そのまま泣き出したアイメリアを宥めながら、ラルダスは覚悟を決めたように言った。
「まぁ、その……これからも、よろしく、な?」
「はい」
そんな二人の周りを、やわらかな三色の光が飛び回っているのが見えたとか、見えなかったとか、その後しばらくご近所の噂になったらしい。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました 蒼衣 翼 @himuka
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