第45話 終わること、始まること

「それにしても、神殿騎士たちが素直に武装解除に応じたのに対して、身内であるはずの王国軍の者たちがあれほど頑強に武装解除に抵抗するとは……」

「その態度だけでも、自分たちは疑わしいと主張していると、なぜわからないのでしょうね」


 王と第一王子は、今回の問題をようやく一通り片付け、二人だけになった王の自室で、それぞれソファの対面の場所にどっかりと座って愚痴を吐き出した。

 公的な場で弱音は吐けない二人にとって、気を抜ける数少ない瞬間でもある。


 今回の騒動は酷いものだったが、結果として、王国に育っていた悪意の芽を早期に摘み取ることができた。

 何と言っても、神殿の者の前で王命を持ち出したのだ。

 国として神殿側に正式な謝罪をしなければならず、そのような結果を引き起こした者たちには責任を取らせる必要がある。


「これでやっと、ザイス商会と繋がって膨大な資金を元にうろちょろと画策していた連中を粛清できるというものだ」

「一番の財源であるザイス商会が破滅してくれたおかげですね。今から裏工作を行うための資金もないでしょうし」


 王の言葉に、第一王子であるカーライルが同意した。

 しかし、王は首を振ってカーライルの言葉を否定する。


「いや、油断はならん。今まで貯めて来た資金があるはずだ。それを持って他国へ逃亡される可能性もある。何しろ相手は今まで軍を牛耳っていた大貴族。我が国の内情に詳しいゆえに、敵対しそうな国に亡命されれば面倒なことになる」

「たしかに。ならばさっそく奴らの領地から国境までの街道を閉鎖させましょう」

「それはすでに手配済だ。長くなると民の生活の負担になるゆえ、なるべく短い間に全てを終わらせる必要があるぞ」

「さすが父上です」

「それと……」


 王は我が子である第一王子をじっと見る。


「全てが終われば、やっとお前の立太子式も行えよう」


 立太子式とは、王子を次代の王として公表する正式な場のことだ。

 第一王子は二十歳という年齢にも関わらず、本来なら十四、五で行う立太子式をこれまでずっと先延ばしにされて来た。

 それもこれも、王国内に大きな影響力を築き上げていた勢力に、無理やり王太子妃を押し付けられる危険を避けるためだったのだ。


 自分の娘を王太子妃にして王家の姻戚となり、さらに王子を産ませれば、次代の王の祖父として絶大な権威を手に入れることができる。

 王も第一王子も相手の目的をはっきりと見抜いていたが、相手は不正を行っている訳ではない大貴族だ。

 それを阻むことは難しい。

 そのため、王子の立太子を遅らせて、相手の目的を絞らせないように分散させていたのだ。

 幸い、野望を抱いてる大貴族には年頃の娘は一人しかいない。

 多くのことに恵まれた男だったが、なぜか子どもにはあまり恵まれず、さんざん奥方をとっかえひっかえした挙げ句、四十代にやっと娘が生まれたのである。

 

 二年子どもができなかったら妻を実家に戻すということを繰り返していたので、妻側の精神的負担が大きすぎたのが原因ではないか、と第一王子は考えていた。


「まぁ方針はもう決めたのです。不快な連中のことはひとまず置いておきましょう」

「お前は本当に切り替えが早いな。その性格のおかげで、立太子が遅れて周囲から廃嫡だのなんだのと噂されても、自棄ヤケになることもなかったのであろうが、な」

「お褒めいただき、光栄の極み」

「やめんか……」


 冗談めかした我が子の言葉に、王はうんざりしたように言う。

 王としてはこれまで我が子に掛けた心理的な負担を思い、申し訳ない気持ちがあったのだが、本人から謝罪を断られた形だ。

 そこで王は話題を変えた。


「あの、神殿騎士、ルクディシアの六男坊、だったか」

「ラルダス殿ですね。近衛のアーキウスと同門でだいぶ仲がいいようです」

「……それはお前とも同門、ということだろう?」

「確かに、そうですね」


 ラルダスと友人のアーキウスは、同じ剣の師に習った同門の剣技の徒弟だったが、二人の師は国で有数の剣の師であったため、第一王子の師でもあった。

 アーキウスと第一王子が気安いのは、そういう事情もある。

 この剣の師は、だいぶ気難しくて、気に入った者しか弟子に取らないという方針だったので、なかなかに同門は少ないのだ。


「昔、近衛に誘ったのだろう?」

「さすが、ご存知でしたか。ですが、私が直接誘う訳にはいきませんからね、アーキウスから誘ってもらいましたよ、もちろん正式な手続きを踏んで」

「それで振られたのだろう?」


 父王の言いように、第一王子は傷ついたような顔をしてみせる。


「振られたのは私ではなく国ですね。ラルダス殿いわく『自分は国ではなく、民を守る騎士になりたい』とのことで」

「ふむ、生意気な物言いだな」

「ご気分を害されましたか?」

「お前は私をどれだけ心が狭い人間だと思っているんだ?」

「仕方ありません。権力者とは誤解されるものですから」


 飄々ひょうひょうと、おどけたように言う第一王子に、王は呆れたような顔を向けた。


「いずれはお前がそうなるのだ」

「いたしかたございませんね」

「だから……」


 冗談のような言い合いから、王はふいに真剣な言葉を紡ぐ。


「かならず腹を割って話ができる腹心の部下を持つのだぞ」

「バイル卿のような、ですか?」

「そうだ」


 ふ、と王の顔が優しくなる。


「それと、心を預けられる妻を持つこと、だな」

「お言葉、しかと胸に刻みます」





 王と第一王子がそのような会話を交わしていた頃も、神殿騎士のラルダスは事後処理に走り回っていた。

 国から神殿に対する正式な謝罪、関係者への処罰の確約、賠償金の交渉、などが行われることになったのだが、国にとって正式な交渉相手であるはずの神殿の代表が、ことの経緯についてほとんど何も知らない状態だった。

 そのため、補佐についたラルダスが一人悪戦苦闘する羽目になったのだ。


 疲れ果てたラルダスは、食事も摂らないまま騎士団詰め所で仮眠を取ろうとしたのだが、ふらっとやって来たダハニア補佐官から、家に帰れと叱り飛ばされてしまった。


(家に帰っても、誰もいないのに……)


 寒々とした心情を、それでも口にすることはなく、ラルダスは大人しく家に戻る。

 上官に理由のない反抗は許されない、という騎士団の規律もあるのだが、何よりも体も心も疲れ切っていて、反抗する気にもならなかった、というのが正直な気持ちだった。


 すっかり暗くなった頃、月明かりを頼りに我が家の前に辿り着いたラルダスは、自宅の門前に人影があるのに気づく。


「誰だ?」


 まさか国軍から刺客でも放たれたのか? と思いつつ、ラルダスは誰何すいかの声を上げた。

 だが、声を聞いてラルダスは仰天してしまう。


「ラルダスさま……」

「えっ! ……どうして……ここに?」


 門前に一人佇んでいたのは、なんとアイメリアだった。

 もう会えないと思っていた大切な相手との突然の再会に気づいた瞬間、優秀な騎士であるはずのラルダスが、混乱の極みに陥ってしまい、身動き一つできなくなったのは、仕方のないことだろう。

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