記録1 出羽北部山岳地帯:仮称「熊人(くまびと)」中

 森は奥に進めば進むほど陽の光は届かなくなり、前方数メートルしか見ることができなくなっていた。生える木々も次第にその大きさは増していき、足元もには太い根が這っていた。熊と歩いているという緊迫感と、隔離された別世界ともいえる深く暗いこの山に随分と長いこといるせいだろうか、次第に頭がぼうとしてきて、私は今回の発端を思い出し始めた。

回想

 仮称「熊人」の調査に関しては私が信濃の地にて別の異形種に関しての調査をしている際に、その存在が明らかになった。

異形種の調査には、発見段階で2通りの手順に分けられる。

一つは伝承によって異形種の存在が想定された場合。この場合の異形種に関しては、複数人の補助役員が同時進行で連携し、伝承発生地一帯を調査、その後調査報告を異形対策課上級研究員が検査し、同研究員によって異形種が発生、存在する可能性が高いと判断された場合、異形種現地監察官が派遣される。異形種の存在が現地監察官によって確認されたのち、私のような「異形種及び変異種対策課」に回される。

 今回の「熊人」はもう一つのパターンに分類されている。伝承を介さずに異業種の存在が明確になった場合である。この場合は補助役員による現地調査や監察官による異形種の存在確認は行われない。上級研究員と同時に私たちにも発見所在などの情報が送られ、私たちはすぐに現地に向かうということになっている。

 異形種に対する直接的なコンタクトは私たちに一任されており、他役員には一切許可されていない。「熊人」に関しては私が信濃で別種異形種に関しての調査報告書作成及び事後対策を行っている際に機関で用いられる暗号による電報が送られてきた。


「 シ イ デ     

  キ シ ワ    

  ュ ュ ニ    

  ウ モ テ    

  ム ク 

  カ ゲ

  ワ キ

  レ ア    

  タ リ

  シ    」             〼リアテシ示表テニ章文ノ後読解号暗


 今回のようなパターンは非常にまれであり、当然その重要度、緊急性は最上位に分類される。私たちの機関は一般民衆に関しては情報を流さず、現地協力者にも徹底した口封じや現地調査員としての引き込みを行っている。そのため情報伝達速度の速い電報も基本的には利用せずに情報をやり取りしている。今回は普段の情報交換を行う時間すら惜しいということになる。

 補助役員に電報を受け取った旨と現地に向かう旨を伝え私は早急に旅支度を済ませ、出立した。事後の処理に関しては現地協力者を得ることができ、引き継いでもらう旨を伝えてきたが今回の件が終わり次第視察に向かわねばならないだろう。

 出羽に向かう際に私は一度佐渡に渡り、以前情報交易を締結した「翼人」のもとを訪れた。「翼人」は現在「異形種・変異種特区」になっている佐渡に古くから生息している異形種である。伝承では旧体制の人間と佐渡の地を巡り争いが起きていたこともあり、当時私の調査は非常に困難を極めた。現在では佐渡は特区であり、期間所属員ならばコンタクトをとることができるようになっている。

 「熊人」に関しても「翼人」の持つ旧体制以前の伝承に記載があり、古くは熊人と翼人が邂逅していたとされている。「熊人」側に伝承が残っているかは疑問であったが、戦闘能力の高い「翼人」ならば非常時に際しても問題なしという判断のもと先触れを要請した。面倒な交換条件も提示されたが、仕事が増えるのはいつものことだということで割り切った。

 

 「お客人、ついたぞ。」

はっと、回想が切れる。すでに日の落ちた森はより一層暗く、来た道もわからないほどである。眼前には雑多に積み上げられた木が壁のように積み重なっている。

「こちらへ、こちらへ。」

熊は積み重ねられた木の隙間を向きながら繰り返す。隙間からは火の明かりが漏れ見えている。隙間は小さく、この巨大な熊が通ることはできないのだろう。

「案内ご苦労。入らせていただく。」

苔の生えたきに手を添えながら、気の壁の隙間を潜る。

「こちらへ、こちらへ、がぁぁぐ」

後方にいた熊は、役目を終えると人語を話さなくなり、森の奥へと消えていった。

木の壁の内側は、想像の数倍の広さがあった。かがり火が数か所に置かれている。獣に類する異形種に特有の匂いや緊迫感のようなものは感じられない。どちらかといえば、人間臭い場所であると感じた。

「お待ちしておりました。ヒトの使者。”翼”のものから話だけは伺っております。」

非常に流ちょうな日本語を話す、熊に似た生物がそこにはいた。体長は3メートルにも届くのではというほど大きく、全身には黒い毛が生えている。顔面はほとんど熊のようだが、各所に人間の進化形態が入っているように見える。

「初めまして。人間以外の方々との仲介を担当しているクロヤというものです。」

周囲をよくよく見てみると私が来た方向とは別の木の壁は薄く、その隙間からいくつかの眼がこちらを見ているのがわかる。

「どうも、警戒されてしまっていますかね。申し訳ない。突然の訪問心より謝罪申し上げる。」

「かまいませんよ、人間とかかわりに関してはいずれどうにかしなければならない問題であったのです。お互い様というものでしょう。」

流ちょうだ、本当に一切のよどみなく日本語を扱っている。言語体系は人間を参考にしたのか、もしくは共存の歴史があるのか。いや、今まで一切発見されていないのだから、それはないだろう。人間を観察していたのか、あるいはそういった能力か。

「何か?そんなにまじまじとみつめられても私の表情は人間のあなたに読めるものではないでしょう。お互いに種として顔が違いすぎる。」

「いや、そうですね。申し訳ない。正直に申しますと、言葉が随分とお上手でしたので面食らっているのですよ。言語文化は人間と同一なのですかな。」

私の仕事はもちろん共存を促すことである。そのためにはもちろん相手をよく観察し、文化や歴史、習慣など様々なことを知らなければならない。会話が成り立つうえに、表面上友好的であるならば聞かない手はないだろう。

「ああ、”言葉”ですか。もちろん、我々と人族では言語は違うのでしょう。私たちは、相手に伝わるように話すのですよ。流暢に聞こえるのならばそれだけあなたの言語能力が高いということでしょう。」

ああ、そういう”能力”か。異形種をその存在を可能な限り隠蔽しながらこういう活動をしているのは彼らがそれぞれ特異な”能力”を使うからだ。

 だから私のような一部の人間だけが彼らと対面しているのだ。


かがり火の火は大きく揺らめくとぼおっと音を立てて消えた。

木の壁の向こうからは強い風の吹く音と木々の葉がゆれる音が聞こえている。

山の天気は嵐へと移り変わっていた。








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異形種及び変異種対策課の記録 室 記生 @iona_komachi

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