嘘と本当と謎と僕
そのまま、三十分くらいだったろうか、二人きりで練習を続けた。音楽室は、次第に薄暗くなっていった。特に何の合図を出したわけでもないのに、ある箇所を吹ききったところで同時に、僕らは楽器から口を離し、互いの顔を見た。
「終わり……?」
またおずおずと、僕は訊く。
「うん、まあ、いっか。終わろう」
ふうと息をつき、後片付けを始める。僕も、それに倣う。――二人とも、無言だった。
支度が終わり、再び目が合う。
「じゃあ……帰ろうか」
思いがけず、二人きりで帰るチャンスがやってきた。もちろん、嬉しいに決まってる。顔に出てしまってないだろうか。無意識的に、反射的に、隠そうとしてる僕がいた。
「――ねえ、どうしてそんな気を遣うの?」
「えっ……」
突然、君がそんな問いを発した。
「そんな、べつに……気を遣ったりとかは」
「嘘。めちゃくちゃ私に気を遣ってる。すごいわかるんだけど」
「そ、そうなんだ……?」
「なんで? 私なにもそんなことお願いしてないよね?」
「いや、まあ……」
「なんか、嫌なの。そんなそうやって気を遣われるの。長い付き合いなのにさ?」
知ってる。君がそんな性格なのは、よく知ってる。だけど、こんな時、君に何て言ってやるのがいいんだろう……?
「き、君だって、すごい気を遣ってるじゃないか」
「え?」
しまった。何を言ってるんだ、僕は。こんな、君を焚きつけるようなことを……。
「僕にじゃなくて、周りに。君、すごい周りに気を遣ってるよね……? なんかさ、わかるんだよ」
「う、な、なんで」
「でも、自分が気を遣われるのは嫌なんだね。ごめん。すごいよくわかった。というか、わかってるつもりだったんだけどさ……」
「な、何いってんの……?」
「本当、何を言ってるんだろう。でも、わかったよ」
「何が!」
「ごめん、変に気遣っちゃってたみたい」
「それはさっき言ったじゃん」
「でもさ、気を遣われるより、遣われないほうが嬉しいよね」
「んん、ええと……」
「君が僕に対してそうだったのが、今、すごく嬉しかったんだよ。だから、僕も……」
「何……?」
「ああ、もう言っちゃおう。僕は、君が好きなんだ」
言ってしまった。
「嘘ばっか!」
「嘘じゃないって!」
でも、すごくすっきりしてた。
「嘘の日にそんなこと言うなんて」
「本当のことだよ!」
「もう、本当そういうのやなんだけど。エイプリルフールとかさ!」
「あ……そうだった、誕生日おめでとう」
こうやって遠慮なく喋れるのが、こんなに嬉しいなんて。
「それも嘘」
「嘘ついてどうすんのって! 本当だよ。なんで今日が誕生日の君を、僕がそれでからかう必要があんのさ」
「本当なの?」
君も、本当に何の遠慮も無く僕に言葉を返してくれる。
「本当だって。何度言わせんの」
僕は、すごく嬉しい。
「……ぷっ。ばかみたい」
君も笑ってくれた。やっとだ。
「馬鹿で悪かったな!」
「違うって。私も、なんでこんな意地張ってんのかなって。ばかみたい」
「エイプリルフールだね」
「それは違うでしょ……あ、そうだ」
「何?」
すっかり打ち解けた感じの君を見るのは、すごくひさびさな気がした。
「私も、嘘つこっかな」
「いやだから、僕は嘘はついてないって」
「私ね、好きな人がいるの」
「えっ」
ちょっと待って……何をいきなり……って、
「ああ、嘘か。それが嘘だね」
「今日、好きになったの」
……んん?
「ううん、違うな、もっと前から好きだったかも」
君はなんだか、いたずらっぽい目になって言う。
「気づいてなかったんだねえ」
言葉を重ねる。
「反省します! 以上!」
あ、以上なのか。
「え、ええと?」
「さあて……嘘はどれでしょう?」
「はい?」
「今、私の言った言葉の中に、一つだけあるよ」
「…………?」
なんだろう。どれだろう。
「って言われたってわかんないって。紙に書いてよ」
「書くまでもなかったりして」
「ええっと……ますますわかんないんだけど」
「いいよ、べつにわかんなくて。というか、わかんないだろうなあ。エイプリルフールだもんね」
「意味が……」
「違うって? ふふっ。謎だね」
謎をかけられてしまった。
「……四月一日って、そういう日だっけ?」
「さあ? でも、そういう日でもいいかもね」
「あ、待てよ……そうか! わかった!」
「あれ、もうわかっちゃいましたか」
わかってしまった。これは……胸に大事にしまっておきたい。けど、嬉しさがどんどんこみ上げてくる。困った。
「ふふふ……ならよろしい! ……ね、帰ろっか」
「うん、そうだね」
一件落着と言ったらおかしいけど、謎も解けたしで、すごく晴れがましい気分だった。だいぶ暗くなってた音楽室から出てみると、外はまだまだ明るかった。桜の花びらが舞っていて、ほんのりオレンジ色に染まってた。
「手、つなごっか」
取り繕った嘘の笑顔じゃない、本当は気の強い君の、本当の笑顔が、そう囁いてきた。
「まさか、こんなことになるとはなあ」
「全部嘘だって言われたらどうする?」
どうもしない。そんなのは嘘に決まってるし。
……そして、そんなことを言ってくる四月一日生まれの君のことが、ますます好きになった。
なんて言ったら馬鹿にされるかもしれないけど、馬鹿でいいじゃないか、なんていうふうにも思えるのだった。
~おしまい
四月一日生まれの君のことが好きなせいで、エイプリルフールだというのに告白してしまった 黒猫 @chot_soyer
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