四月一日生まれの君のことが好きなせいで、エイプリルフールだというのに告白してしまった

黒猫

君の誕生日

 何かしらなにかのきっかけで、誕生日の話題になることがある。すると普通は皆、ちょっと照れるみたいな嬉しいような顔をして、つまり半笑いで、自分の誕生日が何日なのかを、順番が回ってくるのを今か今かと待って、発表する。僕だってそうだ。

 だけど君は……えっ? って思うくらい、強張った顔をしている。いや、ちょっと気難しいところがあるのは知ってる。君は、考えてることが顔に出るタイプだ。そして、あまり周りに気を遣わせないよう気遣って、愛想ありげに振るまってる。僕は知ってる。気づいてる。けど、それを面と向かって言いはしない。言わない。君の機嫌を損ねることは明らかだから。

「私は……四月一日」

 君はそう答えた。実は、僕は知っていた。何がでかってそれは、長い付き合いだから。何せ、幼稚園の頃からだから。そんな小さい頃のことなんて、あんまりよく覚えてないけど。そして小学校ではずっと同じクラスで、中学はずっと別だった。同じ高校に進学したのはたまたまだったけど、吹奏楽部に入ったのは必然だ。君は小学校の頃からクラリネットを吹いていて、僕はいつも後ろのほうで、チューバの大きな朝顔越しに君の姿を見てた。今も見てる。

「えー、うっそ! 四月一日なの! ってか、今日じゃん!」

 そう。今日がまさしくその日、四月一日だ。

「マジで? 騙してんじゃなくて? てか嘘でしょ、それ!」

 そんな反応。同じ吹部の面々が、好き勝手な言いぐさだ。君はこれを予見して、それであんな顔をしてたんだよね。僕にはわかった。誕生日の話になった時、これはまずい、と思ったよ。よりによって、今日、この日に……。

「本当なんだけど……」

 無理やり笑おうとしてるのがわかった。本当は気が強いのを殺して、朗らかに振るまってるけど、裏目に出てる。君には何を言っても大丈夫だと、いつも無遠慮な物言いをされてる。

「へえー。面白いわ、それー」

「いいネタになるよねー。ちょっとうらやましいかも? あはは」

「…………」

 君は、強張った笑顔のままで、何も言い返さず、譜面をめくる。

「ああ、さっきのとこ、もう一回ちょっと合わせてみない?」

 僕は僕で、そう声を発して矛先をずらすくらいしかできなかった。


 四月一日。年度始め。今日から二年生になった僕たちは、まだ春休みだけど普通に部活だった。入学式に駆り出されるから……どうやら他の部はみんな休みらしい。うちだけだ。顧問の先生は顔も出さず、部長もなんか、お喋りに夢中だ。あんまりやる気も人気も無いうちの吹部だけど、君は真面目に、真剣に、演奏に取り組んでる。ひとりしかいないチューバの僕は、ホルン隊や他にもクラリネット隊とかにも交じって、なんとなく、練習する。君だけひとり頑張っちゃって、つらくなったりしないかと心配しながら。

 そんなところで今日はあんなやり取りがあったものだから、僕はますます心配になった。たかが誕生日をイジられたくらいで、なんて思うわけがない。しょせん他人事、なんても思うわけがない。気にしすぎだろうか? いや、僕はそうは思わない。なぜって……それは、僕が君のことを好きだから。とても好きで、とても大事に思ってるから。

「はーい、終わりー。今日は終わりねー。やっと終わりー」

 部長のそんなやる気の無い号令が出て、今日の部活は終わった。午後四時だった。周りがみんなそそくさと後片付けをする中で、君は譜面台を前にして座ったまま、じっとしてる。膝の上に、クラリネットを横に置いて、両手をそっとそれに添えて。居残り練習だろうか? そんな君に何の気もとめることなく、他の部員たちは皆、音楽室を出ていってしまった。

「練習、してくの……?」

 君のことを好きな僕が、君をそのまま置いて帰ることなんてできるわけもなく、かと言って何をしてあげられるわけでもなく、おずおずと、僕はそう訊ねるよりほか無かった。

「うん……ううん」

「ん? どっち……?」

 よくわからなかった。つい反射的にまた訊いてしまった。でも、弱気な僕の弱気な声は届かなかったのか、君はそれきり、何も言わない。

「…………」

 内心、困った。もう一度訊こうにも、妙な間がもう空いてしまった。君は何も言わない。

「……どっ、どこ練習すんの? な、なんなら、合わせるよ……?」

 幸いというか何というか、君のことが気に掛かったせいで僕もまた、帰り支度もせずに、楽器を抱えたままでいたのだ。椅子と譜面台を引きずって、さっきまでよりも近くに、君の傍に、居場所を移す。

 ……普段は、君とはあまり話す機会は無い。常に気を張ってクラスメイトと接してる君に、余計に気を遣わせるのが申し訳なく思えてしまって。中学では別だったのが、高校に入って同じクラスになれたにもかかわらず、中学の頃よりもむしろ疎遠になってしまっていた。

「じゃあ、ここ、かな。いい?」

 思ったよりも元気そうな調子だ。

「うん、わかった」

 僕は瞬時に、嬉しさを覚える。メトロノームを動かし、僕が先に入る。そして、君がクラリネットパートの旋律を重ねる。

 疎遠になったと感じてるのは、僕だけだったのかもしれない……なんて考えが、頭に浮かんでくる。妙な期待感と、少しの高揚を覚えた。






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