第九話 決裂

 アーカムは自室の窓から見下ろせる庭園で、部外者を招き入れるランドルの姿を確認して、急ぎ足で現場へ向かう。その道中にキンブリーと出会し、彼から事の詳細を聞かされると、それで敵を手引きしたのかとドヤした。


 「あれが政敵せいてきであったなら、貴様はどうした?」

 「おそらくーー」

 「おそらくランドルの意向よりも、私の判断を大事に、その場で相手を牽制したはず。それなのに今は目と鼻の先どころか、我々のふところまで敵を引き入れてしまっているではないか」

 「ですが、ご子息の命が!」

 「今や家族全員を危険に晒している」


 アーカムは激怒した表情で庭園へ出向くと、自身の兵隊に皆殺しの合図を送った。ランドルがキンブリーを見遣ると、キンブリーは目を瞑って残念そうに首を振る。


 「アーカム殿。俺たちはお宅らのーー」

 「我々は交渉しない。それが答えだ」

 「待ってくれ、父上!」


 ユドルフを筆頭とする賊徒ぞくとに向かって、フェニックス兵が容赦なく槍を放り投げる。しかもランドルまで、その攻撃範囲に含まれており、キンブリーは不意を突かれて援護に出遅れる。


 「ランドル様!」


 その矢尻をキンブリーに代わって、ランドルの前で受けたのは、あのユドルフだった。


 「随分とまあ、非情なお方ですこと……!」

 「ユドルフ、アンタ……」

 「うわさ程度には聞いていたが、まさか本当に息子たちの命も厭わないとはな」

 「よくその子を見てみろ。きちんと剣を抜いて、弾き落とそうとしているではないか」

 「父上……!」

 「ランドル、思わず感情的になるな。その男が庇ったのは優しさとは程遠く、自分たちが生き延びるのに必死で、手元のお前を利用するつもりなのだからな」

 「ご名答……!」


 ユドルフは颯爽さっそうひるがえり、ランドルの背後に回ると、その首元へ短剣を突きつける。これをあらかじめ読んでいたのか、アーカムは片手を挙げることで兵士たちを制止する。


 「俺は知っているぜ。この子は未成年だから、まだ名誉や不名誉の話に当て嵌まらない」

 「ふん、何が言いたい?」

 「お宅らは大陸中の有名人だし、俺だってこうなる前は一端の騎士だった。東西戦争で敗れ、お取り潰しを受けたせいで、すっかり落ちぶれちまったが忘れもしない。コイツらは所謂、誉れ高く死ねなんだろう?」

 「自分語りが過ぎるな。東西戦争なんて過去の話を持ち出して、貴様が騎士の端くれであったことなど、まったく興味ない。私が指摘しているのは現在、貴様らがどんな条件を呑ませたいのかと言うことだ」

 「そうだよなぁ。テメェはそうやって結果にばかり重きを置いて、常に過程を顧みようとしない。相変わらずのクソ野郎だ!」


 ユドルフはひどくプライドを傷つけられたのか、逆上した様子で賭け事に踏み切る。なんとランドルを連れて、庭園に繋がれていた天馬ペガサスまたがり、この場から抜け出そうと試みたのだ。


 そんなことが通常であれば叶うはずもない。だがユドルフには奥の手があり、それは異常な事態を起こすに足る能力だった。


 「脱兎乃勢だっとのいきおい!」


 このエゴは使用者並びに、その者から触れられた対象者に限り、飛躍的な体感速度の向上を可能とする。極めて現状に見合った力。それが効果を発揮して、二人は瞬く間に移動する。


 「いったい、何が起こっているんだ……!」


 ランドルは刹那の空白から生まれた現実に動揺する。あっという間に自分が天馬ペガカスの上へ跨っており、ユドルフから縄を用いてくくり付けられ、気付けばスカイハイが目下に置かれていた。


 今から暴れようものなら地獄逝き。僅かな遅れが生じて、何があったのかを思い出す。

 ユドルフは強力なエゴを発現して、迅速な動作で天馬ペガサスに乗り移り、天窓を飛翔することで突き破って、現在の逃避行に至っていた。


 「明朝にふもとの村で待つ! 俺たちが必要なのは、生活のための軍資金だ! もしも充分な金額を持って来なかった場合、兄弟のみならず村の連中も皆殺しにする!」

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