第八話 最悪の予感

 ランドルは誰に使いを頼むわけでもなく、自身の護衛であるキンブリーを連れて、旅立ちの日に向けた準備のために、グランドマウンテンのふもとまで下りていた。


 「ランドル様、何故このような雑用を?」

 「自ら進んで行うのか、ということか? それなら愚問だな、キンブリー。当面の間はフェニックスの恩恵おんけいを受けられず、ただの世間知らずなお坊ちゃんに成り下がる。だから、その時に人から笑われない為にも、きちんと売り買いのやり方を学んでおく必要があるのさ」

 「なるほど、初めてのお使いというわけですね」

 「なんだそれは?」

 「いえ、お気になさらず」


 暫くの間は微笑ましい会話が続いていたが、最寄りの村に到着すると、二人の表情が険しく引き締まる。明らかに堅気かたぎじゃない風貌ふうぼうをした者たちが集まって、入村してきたランドルたちを凝視していたからだ。


 その中に一人だけ、柔和にゅうわな雰囲気を持つ男がいた。男はランドルと目が合うや否や、軽く会釈えしゃくを済ませる。まるで、その身分を知っているような振る舞いに、キンブリーは危機感を覚える。


 「コイツらは、いったい……」

 「詳しいことは万屋よろずやに入って、村の者にくのがよろしいかと」

 「そうだな」


 ランドルはキンブリーを店外に立たせて、この村で唯一の万屋よろずやに入った。そこは親しみを込めて、老いぼれと呼ばれる長老が店主を務めており、来客のランドルを物怖ものおじげする態度でひっそりと迎えた。


 「ランドル様。よくぞ、おいで下さいました……!」

 「爺さん、外の奴らは何者だ?」

 「あの者たちは所謂いわゆる、山賊の類い。ですが、単なる山賊と侮ってはいけません。何しろ、グランドマウンテンまで寄ってきたのはーー」


 女性の悲鳴が老いぼれの注告を遮った。

 ランドルは店頭に残しておいたキンブリーの怒声と活気盛んな野次を聞き取り、外で揉め事が起きていることを悟る。


 「そこから一歩でも近づいてみろ。容赦しないぞ」

 「へへへ……」


 山賊たちが万屋に近づいてきたことで、キンブリーは必要に牽制けんせいすると、両者の間で取っ組み合いが起こった。瞬く間に打ち込まれるキンブリーの拳が、ろくでもない男たちを殴り倒していく。だが、何人殴ってもキリがない。


 三十人中の残り、二十人ほどが仕舞いに刃物を抜き出す始末。すると、キンブリーが凍てつく言葉を投げかけた。


 「そんなに死にたいか……?」


 キンブリーも真剣を抜き取り、緩やかにマナを練り上げ、殺気として差し向ける。凄まじい気迫に負けたのか、雑魚の類いは速やかに武器を手放し、情けもなく後退りを始めた。


 そんな逆風の中で「さすが、ひるがえしのキンブリー」と口ずさみ、「良いマナを練り上げる。ゾクゾクするぜ」と前進を続ける男がいた。ランドルに会釈を済ませていた人物だ。


 「俺の名はユドルフ。ここで会ったのが初めてじゃねえ。お前さんとは戦場で一度、面と向かって見合ってる」

 「何処の戦いだ?」

 「東西戦争の真っ只中で、ちょうど灰色の草原辺り。お前さんが連れている、そこのガキくらいの時のことだよ」

 「キンブリー、何をしている?」

 「申し訳ありません。この無法者たちが無理にでも店内へ立ち入ろうとしましたので……」

 「お前たちは山賊らしいな。ここが王国で有数の名家、フェニックス家の統治する領土の村であり、おれが何者か知っていての無礼か?」


 山賊たちはわざとらしい笑い声を挙げて、「お前たちを知らない奴が、この大陸にいるわけねえだろう」と言い放つ。その中でもユドルフと名乗る男が歩み寄り、ランドルたちに目的を明かし始める。


 「そもそも、お前さんの兄弟を捕えたから、俺たちは身代金欲しさにやってきたんだ」

 「それは本当か!? なんて名だ!」


 ランドルは身を乗り出して、ユドルフに捕虜ほりょの名前を尋ねた。その兄弟とやらがイーサンであるならば、今までの音信不通も頷ける。


 「残念ながら、それは秘密だ。俺はお頭に任され、こいつらと先行して、アーカム・フェニックスに伝えるメッセンジャー役だからな」

 「二度も言わせるな。なんて名だ!!」


 ランドルは感情のたかぶりに伴い、一気にマナを増幅させて、一同の雰囲気を飲み込んだ。

 絶大な怒気に触れて、ユドルフは何かを思いついたらしく、淡々とランドルに物語る。


 「俺たちを殺せば、お前さんの兄は死ぬぞ。いいのかよ、それでも」


 ユドルフはランドルの焦燥感しょうそうかんを利用して、それほど大事な兄弟を人質にとれば、この局面を上手く切り抜けられると考えたのだ。


 「ゲス野郎……」

 「それじゃあ道をお尋ねするが、この先を登ればスカイハイに辿り着けるのか?」


 ランドルは少しばかり思い悩み、これも致し方ないと考えて、ユドルフの質問に答える。


 「そうだが、道中にいくつかの関所があって、お前たちが兄弟を連れていない以上は、父上まで辿り着けるのかもわからない。ここはおれたちが同行して、無事に城内まで送り届けよう」

 「ランドル様、何を仰います!」


 ランドルは囁き声でキンブリーを伏せた。


 「父上は決して賊と交渉しない。ならば、兄弟はどうなる? もしも、それがイーサンであったなら?」

 「……」

 「おれのやり方に従え、キンブリー。少なくとも、旅が始まれば命令は絶対。今のうちに慣らしておくんだ」


 二人の密談が済むと、ユドルフが言った。


 「交渉成立だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る