第七話 決着


 「お前は初めから負けていた……」

 「チクショウ、なんだこの切れ味は!」

 「きちんとマナを込めれば、このくらい造作もない……。これはせめてもの手向けだよ。兄さん……」


 イーサンはマナを媒体ばいたいに嫌味を込めて、自らの武器に関する情報を送り出す。

 リガロは止血を行うための時間稼ぎに、それを受け取らざるを得なかった。


 『私の扱う武器は東洋の島国、大和で扱われる刀。大和には侍と呼ばれる連中がいて、その者たちは如何なる鎧も身に付けず、互いに斬るか斬られるかの真剣勝負を臨むらしい』


 イーサンは、ここで狂気の笑みを見せる。


 『酔狂すいきょうな輩だと思わないか? 少なくとも、彼らに教えをう中で、私はそう思った』

 「そいつらに戦う術を習ったのか……」

 『そうだ。そして、初めから負けているというのは、我々の気構え。つまり、覚悟の度合いの話をしている。私は死ぬ気で差し違えても殺そうと、お前は無傷で生き延びようとした』

 「貴様の状態を知っていれば、それはーー」

 「その思い込みが……命取りになるということ……!」


 リガロが止血をするように、イーサンも悦に浸っているわけではなかった。きちんと対話の最中に生き残った植物たちから、自身の貸し与えたマナを還元かんげんしてもらっていたのだ。


 イーサンの猛攻が再開して、リガロは為す術もなく、次第に追い詰められていく。あっという間にリガロは満身創痍まんしんそういを迎えて、この対決を観ている誰もがイーサンの勝利を確信した。


 しかし、「その理論で行くなら、まだ仕切り直せる」と、リガロが無粋に言い放った。


 「何を……言ってーー」

 「俺よりも貴様は強い。上には上がいて唯我独尊ゆいがどくそんを名乗る資格など、俺にはなかったということだ」

 「バカな……! こんな……ことが……!」


 リガロは自らのエゴを捨て、相手を認めることで、異例な速度で環境に適応する。王者たる弱肉強食の考えを振り払い、適者生存こそが世の中の真理であると、この瞬間に悟ったのだ。

 

 「礼を言うぞ、弟よ。この愚兄に気付きを与えてくれて」


 リガロは日輪のような光を纏わせ、その照射を受けた草木たちは、季節外れにも華麗に開花を始める。これを見てイーサンは、過去の似たような体験を思い出す。弟のランドルと育てた。グランドマウンテンの大樹だ。


 「やはり、才能の差か……!」


 リガロは悪戯いたずらに言葉を掛けなかった。下手に何かを言えば、それは要らぬ優しさであり、相手をより絶望させると知っていたからだ。


 実際にイーサンから真実を告げられた時、リガロは一瞬ではあるものの、ひどく気分が落ち込んでいた。だから無言のまま、空高く拳を振り上げ、心の奥底で呟く。


 あっぱれ、我が誇り高き弟よ。



◇◇◇◇



 国王から王都の城内に招かれ、そこで名立たる政治家たちと円卓えんたくを囲み、絶品の馳走ちそうが目の前で振る舞われる。だが心ここにあらず、リガロはいまだ戦闘の余暇に浸り、誰から呼び掛けられてもうつろな返事をするばかりでいた。


 「失礼」

 「待てよ、クソガキ」


 国王を前にしておきながら、その人よりも先に立ち上がるという度を超えた無礼を働き、リガロは周囲の者たちから非難ひなんを受ける。


 「国王さま、この不届き者を如何致しましょう?」

 「好きにしておけ、大事な使命に目覚めたのだろう」

 「はて、使命ですか……?」

 「汝等うぬらには一生掛けてもわからぬことよ。行け、アーカムの子よ。は応援しているぞ」

 「有難き幸せ」


 リガロは豪勢な食堂を出て行き、それから仰々ぎょうぎょうしい螺旋らせん階段を降りて、城の広間で待機していた護衛たちと合流する。

 総勢三十名。今や私設部隊の規模まで発展しており、始まりのスカイハイから選抜されたサムとリタが指揮を執って、主人あるじを守っている。


 「まさか、早過ぎる。リガロ様、食事会からご退出なされたのですか!?」

 「そうだ。俺が望んで、王が許した。それよりも貴様らへ単刀直入たんとうちょくにゅうに告げる。俺はこの王都でお前たちと別れるつもりだ」

 「ちょっと待ってください。こっちは気が動転してーー」

 「俺は先の戦いでエゴを失ってしまった」

 「なんですって……!」


 サムを筆頭に慌てふためく一同。その中でも一人だけ、「やっぱり、そうでしたか」と淡々に反応した者がいた。


 「私はあの戦いを見ていて、リガロ様の性質が変化していくのを感じ取れました。最後の完成された型は?」

 「あれは無我の境地と呼ばれる状態らしい。詳しいことは知り得ぬが、あの切迫した状況に適応できただけで、今は閉ざされてしまった」

 「しかし、一度でも辿り着けたのです。リガロ様なら、いずれ会得出来ましょう。我々がお側に着くことで、それが叶わぬというのであれば喜んで離別りべつしますよ」

 「リタよ、協力感謝する」


 リガロを除く、全員が目を丸くしてほうける。それも無理はない。この八年間の冒険で彼が部下を労うことなど、一度たりとてなかったのだ。


 「お待ち下さい。リガロ様は、御前試合の三連覇を成し遂げました。お父君もその報せを受け取れば、次期領主とお認めになられるはず」

 「サム、見てくれ。刻印は消えていない」


 リガロは自身の胸部を晒して、父に植え付けられた不死鳥の刻印が、未だ残っていることを示す。これは試練が続いている証拠である。


 「俺の武名は轟いたが、人々の心に感動を与えたのはイーサンの方だった。此度の試合は彼を想い伝える為の逸話となり、明日には吟遊詩人の歌として、各地で語り草になるだろう」

 「そんな……馬鹿げた話……」

 「何も悲観的に捉える必要はない。ただ試合に勝って、勝負に負けただけのこと。過去を振り返れば、如何に自分が浅はかな人物だったのかを思い知る。俺もヤツを見習わねば」


 リガロは歩み出し、去り際に言い残す。


 「確かイーサンには、実の弟がいたはずだ。名前はランドルだったか。そいつを密かに見守り、もしも退屈そうな成長を始めたら、俺に代わって殺しておけ」

 「他の兄弟は、如何致しますか?」

 「俺に兄弟はもういない。赤の他人など、知ったことか。余計なことをする前に、いっそのこと殺してしまえ」

 「承知」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る