第六話 自我と無我の狭間で

 

 イーサンはリガロの言葉が、単なる強がりでないことを知っていた。それは幼少の頃より、彼と付き合いがあったことで、その性格を十分に理解していたからである。


 「私の能力を知ったところで……」

 「どうとでもなると? 自惚れるな」


 リガロを震源として、微かに大地が揺れ動く。単純であるが故に、小細工の要らない。絶対強者のエゴが猛威を振るう。


 「そもそも貴様にエゴなど存在しない。そのことに気づいたのは、先ほどの砂埃すなぼこりで見失った時、貴様の気配が分散されていたからだ」


 リガロは意気揚々と、独自の推理を述べる。


 「おそらく、その粒子の仕業だろう。貴様は大地にマナを降り注ぎ、奥底でくすぶる植物たちを呼び覚ました。しかも、何らかのコミュニケーションが可能なのか、空間認識に長けている」


 イーサンは笑みを零して「その通りだよ……。私はこれを……無我の境地と呼んでいる」と、素直にリガロの推理を認めた。


 自我とはエゴであり、実のところ求道的ぐどうてきな意味合いよりも覇道的はどうてきな要素が強く、外に蔓延まんえんする能力の様相ようそうは、世間一般からエゴイズムと語られている。リガロの自分だけが特別であり、他者は自分よりも劣る存在であるから、好き勝手に踏み潰しても良いという、自己中心的な考えは、まさにその例に当て嵌まっていた。


 一方でイーサンは無我と呼ばれる相対的な心構えを持っていた。これは滅私奉公めっしほうこうと呼ばれる特性を持ち、自我を失くして辿り着ける悟りの境地きょうち。母なる星を基軸きじくに考えられ、そこで自我を持たない植物とも、奇怪きかいな繋がりを築けたのである。


 イーサンはそれらを考慮して、マナに思念を込めると、リガロの元へ球体型で送り出した。

 それにリガロが触れると、イーサンの種明かしが始まる。


 『私は無我の境地に至ることで、マナを振り撒き成長させた植物たちと同調どうちょうできる。それ故に人間の五感を遥かに超えた。第六感を手に入れて、あらゆる攻撃を予測する』


 第六感。それはイーサンの欠陥する器官を補い、余りあるほどの能力をもたらしていた。

 全体の空間を植物が読み取り、わずかな動作さえも見逃さずに、先の結末を知らしめる。

 さらに自身のマナを振り撒くことで、いくら相手が感覚を研ぎ澄まそうとも、イーサンの残滓ざんしに惑わされ、本体の所在を一向に掴めない。


 「俺様は最初、貴様の能力が逃げ腰で情けないものだと見下していた。だが、それは事実として違う。これは捨て身の覚悟がなければ、決して成り立つことのないものだ」

 「そこまで気付いたか……」

 「俺様には分かるぞ。イーサン、貴様の身体が無防備な状態にあることを。これだけ外部にマナを垂れ流し続けていれば、原則として防御は手薄になってしまうからな」

 「しかし、仕組みを理解しても、それに見合った手段を確立しなければ、所詮は戯言ざれごと……」

 「この俺様を見縊みくびるな!」


 リガロは猛烈な闘気を上空に散りばめて、自らが編み出した戦法を見せつける。それはイーサンではなく、闘技場という環境の破壊。

 リガロの闘気が豪雨の如く、大地に向かって降り注ぎ、相手を空間ごと捉えていく。


 「貴様と同様のリスクを背負い、俺様も危険を顧みずに戦うことこそ、真の攻略法よ!」


 イーサンは険しい顔を見せた。言うなれば、この闘技場は彼の体内であり、リガロはそこで暴れ狂うことによって、膨大ぼうだいな情報負荷を掛けるのが狙い。そこへ畳み掛けるようにして、リガロは自爆もかえりみずに白兵戦はくへいせんを仕掛ける始末。


 イーサンは頭の中で受け取る情報量が多すぎて、その処理に脳内神経を働かせすぎた結果、脳から緊急信号を受け取り鼻血を出し始める。


 「これで条件は整った……!」


 それでも逆境のイーサンは、勝気に呟いた。自身を支えてくれている植物とは異なり、人間独自の視点から現状を想定していたからだ。


 リガロの猛攻を避け切りながら、次第に降りしきる闘気が弱くなっていくのを感じて、イーサンは颯爽さっそうと反撃に転じる。


 「抜刀……」

 「貴様ーー」

 

 イーサンが入念に解き放つ。二振り目の居合切りが、リガロのふところを勢いよく斬り裂いた。

 さすがのリガロも一目散に距離を置き、イーサンの追撃を恐れたのか、防御態勢に入る。


 「はかったなぁああ!!」


 イーサンに裏の裏をかれ、リガロは激昂げっこうする。もはや、万事休ばんじきゅうすと言ったところか。


 まず一振り目と二振り目の違い。

 イーサンが首という急所きゅうしょを狙ったにも関わらず、さほどダメージを与えられなかったのは、マナを込めない純粋な一振りで、リガロに油断を与えるためである。


 イーサンの思惑おもわく通り、リガロはマナで強化を加えたけれど、自身の防御を崩せなかったという誤解を抱えた。彼は異国の武器である刀の切れ味を知らず、さらに自身の実力に慢心まんしんしていたので、一切の疑う余地を持たなかった。


 それから二振り目は、絶好の機会をうかがって、マナを加えられた強化攻撃に因るもの。これをリガロは真っ向から受けてしまい、自身の想像を絶する致命的ちめいてきな負傷を招く結果となった。


 これを踏まえて見ていくと「私の能力を知ったところで」から続く状況が、全てイーサンによって仕組まれたものであると気付ける。


 あのリガロの作戦によって植物から加えられた負荷も、自身が追い詰められている様子を演出するために見せつけた演技。


 リガロが謀ったなと叫んだのは、そのためである。自身の痛みよりも優先的に相手の意図を汲み取れたのは、さすがの一言に尽きるが完全に形勢はイーサンへ傾いた。

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