第五話 頂上決戦

 ユアメリス大陸の南東。ランドルたちの居城から遥か遠く、リバーテイルの尾ひれに位置する王都では、盛大な御前試合が開かれていた。


 大陸中の名家を統べる国王。

 ライアン・レオンハートが見守る中、有名な二人の兄弟が対峙たいじするということで、闘技場は観客で溢れ返っている。


 国王から見て下手しもてに位置するのは、イーサン・フェニックス。今や二十二歳となったことで、その風貌は様変わりしていた。


 「アレが、イーサンか?」

 「さようでございます。陛下」

 「ふむ、かなり見違える成長を遂げたな」


 七年前の面影は一切ない。貴族と言われても疑われるほど、浮浪者ふろうしゃのようなきしんだ長髪で顔がすっぽり覆い隠されていて、僅かに見える口元にも分不相応ぶんふそうおう無精髭ぶしょうひげが蓄えられている。


 「久しぶりだな……。リガロ……」

 「貴様は救いようのない阿呆あほうか?」


 イーサンの相手は、リガロ・フェニックス。

 彼の象徴たる、赤髪のオールバックと完成された肉体は対峙する者たちを圧倒させてきた。

 今回の試合に勝利すれば、王の御前で十連勝という偉業を成し遂げる。長兄に恥じぬ、実力を兼ね備えた人物だ。


 「俺様の寛大な慈悲を無碍むげにするとは、よほど死にたいらしいな」


 その巨体から練り上げられたマナは、まるで火山から噴き出した溶岩の如く、凄まじい質量を帯びている。


 それは観客席に控える。マナの流れを知覚できない者ですら、威圧的なプレッシャーとしてみ取れるほどの存在感。あっという間にガヤは収まり、嵐の前の静けさが訪れた。


 「あの時のことを慈悲じひと片付けるのか……」

 「現に貴様は生きて、ここにいる。それは俺様が殺さずに、見逃してやったからだろう」


 二年前。

 リガロは唯一無二ゆいいつむにの存在になるべく、フェニックスの兄弟狩りを始めていた。

 その中でも特例で狙われなかったイーサンは、他の兄弟が殺されていくのを見過ごせず、両者の仲に入って話し合いの解決に臨んだ。


 しかし、リガロはこれを腑抜ふぬけた考えと一蹴して、イーサンの友好的な態度を踏み躙る。

 なんとイーサンの護衛たちを惨殺するばかりか、見せしめにイーサンへ危害を加えた。


 そして、リガロはイーサンを完膚なきまで叩きのめした後、彼の両眼を奪い取ってから声帯も破壊し、辛うじて命だけを残して立ち去って行ったのだ。


 「お前は兄弟どころか、もはや人じゃない」


 イーサンは長い髪を一本に束ねて、その端麗たんれいな顔面を露わにすると、固く閉ざされていた目蓋を開く。真っ暗で底なしの空洞を見て、リガロは動揺したのか、先手を打ちに掛かった。


 「ほざけ!」


 リガロのエゴは、絶対的な『唯我独尊ゆいがどくそん』。

 自らの身体に流れるマナを闘気に変化させ、それを物質エネルギーとして、相手の身体に送り出して破壊する。単純明快な奥義である。


 「絶対的な戦力差を思い知るがいい!」

 「もう十分に、思い知ったさ……」


 イーサンは心の中で『無我夢中むがむちゅう』を唱えた。

 彼の身体からマナと思わしき粒子が流れ出て、速やかに周辺一帯へ分布されていく。すると、地面に敷かれたコンクリートの土台を割いて、その隙間から草花が生い茂り始める。


 「私はお前を討つ為に……。この二年間……人里離れた場所で修行した……」


 リガロの猛攻をのらりくらりと、巧みにかわし続けながら、徐々にイーサンは接近する。だがある一定の距離まで近づくと、最初の地点まで引き下がり、とにかく一連の動作を繰り返す。


 「なんだ、この気色の悪い感覚は……!」

 

 リガロは初めての感覚に戸惑いを隠せない。

 そもそも相手を点ではなく、面で捉えられるような広範囲の攻撃も交えている。にも関わらず、イーサンに擦り傷一つ与えられない事実。


 この草花たちは何かの役割を果たしている。だがその先に続く、何かの要領をいつまで経っても得られず、仕舞いには自棄やけを起こした。


 「えぇい、まどろっこしい!」


 リガロは球体のエネルギーを持ち上げ、思い切って地面に振り下ろした。何十メートルも上空まで砂埃すなぼこりが舞い上がり、イーサンを視認できなくなってから、ようやくリガロは違和感の正体に気付く。


 「そうか、そういうことなのか!」

 「たとえ気付いたところで……もう遅い……」


 イーサンはリガロの背後を取って、その腰に携えていた鋭利な刃物。東洋の刀と呼ばれる一振りで、リガロの首を勢い良く斬りつけた。


 「無駄なこと!」


 しかし、惜しくも会心の一撃に至らず、リガロの丸太のような首は、軽傷で済んでいる。

 全身に纏わり付く闘気を用いて、首一点のみに防御を堅めることで防ぎ切ったのだ。


 「やはり、長引くか……」


 イーサンは付着した血液を振り落とし、煌びやかな刀を手際良く鞘に収める。


 「ふふふ、ははははは! 貴様の能力を見破ったぞ、イーサン!」

 

 リガロの叫びは、果たして真実であるのか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る