第四話 異母兄弟


 「こんばんは、お兄様」

 「アシュリーか……」

 「私と一緒に、あの男を討ちませんこと?」


 ランドルは思わず、枕の裏側に仕込んでおいた。特注の短剣を手に取り、臨戦態勢に入る。

 しかし、窓辺から差し込む夜風を感じ取り、アシュリーがスカイハイの外壁をつたい歩き、ここまで忍び込んできたことを知ると、ランドルは態度を変えた。


 すぐに臨戦態勢を解くと、ベッドから起き上がって、アシュリーに来客用の対応をする。


 「まあ座れ、話をしよう」

 「失礼するわ」


 アシュリーの決起夜行けっきやこうこうせいした。

 ランドルからして見れば、アシュリーは侵入者であるはずだが、命懸けの行動により敬意を表すべき対象に変わっていた。


 「おれが真っ昼間に行った訓練稽古を見て、この申し出をしようと考えたのか?」

 「そうね。まあ兄弟の中でマシなのは、イーサン兄弟とアーロンお兄様くらいだったから、ある程度の目星はあらかじめ着いていたけど」

 「アレはお前らの戦意を削ぐために、わざと見せつけたのだが……」

 「残念だけれど、私の目には希望に映った」

 「そう、早まるな。お前に協力するとは言っていない」


 ランドルはキャンドルライトに火を灯し、絶妙なライディング加減を受けて、凄みをかせる。


 「実際なら二度死んでいる。一度目はおれが窓を施錠していた場合、二度目はあの人を相手取ると持ちかけて裏切られた場合ーー」

 「そのような、たらればの話。わざわざする必要があるのかしら?」

 「大いにあるな。お前に死んでほしくない」

 「はぁ? なにそれ?」

 「おれは命が惜しい。だから、あの人と戦わない。お前も復讐に関しては諦めろ。兄のスティルだって、そんなことは望んじゃいない」

 「あなたにお兄ちゃんの何がわかるの!」

 「何もわからないからこそ、冷静に物事を判断できる。異母兄弟とは言え、同じ父を持つよしみから、こうして仲良く忠告してる。いいか、絶対にあの人とは関わるな」


 アシュリー・フェニックス。

 彼女もランドルと同じく実の兄がいた。

 兄の名はスティル・フェニックス。かつて、リガロを兄と呼んだことが原因で、無残にも絞め殺された不幸な人物である。


 アシュリーの生い立ちはこうだ。

 まだ幼かった自分を甘やかしてくれる。理想的な兄と、それを温かい目で見守る母。

 とてもゆったりとしていて、朗らかな雰囲気の家庭だった。


 しかし、兄のスティルはリガロの強さに憧れ、自分もあんな風になりたいと、よくアシュリーに打ち明けていた。

 その時のアシュリーはリガロをよく知らず、同じ兄弟なのだから、親しくなって鍛えてもらえばいいと、軽はずみに進言してしまった。


 「兄上とお友達になれるかな……」

 「なれるわよ、きっと!」


 その後、あの悲劇が起こった。

 スティルはリガロに殺され、スティルの母が申し立てを行うも正義は果たされず、悔しさのあまり妹のアシュリーを置いて自殺を遂げる。


 ランドルはこの騒動を知っていた。

 それでアシュリーの覚悟を受け取り、きちんと話し合って考えを改めさせようとしていた。だが結局のところ、無関係な人物であるが故に逆効果を生み出し、アシュリーをより意固地いこじにさせる。


 「いいわ、もう誰も巻き込まない……」


 ランドルはアシュリーが胸に抱く、自責の念を知らない。自らが無責任にした返事で、大好きだった母と兄を失ってしまったことを。


 「待て、アシュリー」

 「ありがとう、お兄様。お陰で決心がついたわ」


 アシュリーは破談したが、それでも手応えを感じていた。ランドルが止めようとしてくれたことで、この沸々とした感情の根源にある復讐こそ、我が人生であるのだと確信できたから。


 ランドルは彼女の背中を見送ると、イーサンは安否を不安に思い、夜に咲く満月へ愚痴を溢す。


 「兄さん、アンタは今何をしてんだよ……」

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