第三話 フェニックスの歴史

 フェニックス家に娘はいない。

 何故なら「誉れ高く死ね」という伝統から生まれた。新しい考え方によって、その呼称こしょうを廃止された為である。


 息子とは、息のかかった子どもを表す言葉。

 娘とは、女の身分で性別を表すだけの言葉。


 このへだたりを壊すべく生まれた言葉こそ、男女平等。これを提唱ていしょうしたのは、七代目当主。ナナセ・フェニックスである。

 彼女は幼子から世界を、少なくとも我が家だけでも男女平等で在るべきだと考えていた。


 当時は女性に限り、試練を免除されていた。他所にとついで身篭みごもり死ぬことこそ、女性にとって誉れ高いことであると、そう考えられていたからである。


 ナナセはその決まり事が気に入らなかった。そして十五歳になると、自ら進んで現実を変えるための行動に出る。母親の反対を押し切って、命懸けの試練に打って出たのだ。


 初めは誰もがナナセを嘲笑あざわらい、彼女を護衛する者たちでさえも、試練の冷やかしだと邪険じゃけんにする始末。だが、それでも粛々しゅくしゅくと試練に向き合う姿勢を崩さなかった。

 そのような者たちを見返すことこそ、彼女にとっての夢であり、人から笑われるのは挑戦している証だと自負していたのだ。


 ナナセは以前より興味のあった王国の成り立ちを調べようと、考古学をテーマに動き始める。そんな崇高すうこうな考えの水面下で、健康に発育していく彼女の身体を見て、護衛たちはよこしまな考えを持つようになっていた。


 「やはり、安全を考えて野宿の晩がいい」

 「それなら今夜が狙い目だな」


 ナナセが旅で汚れた身体を清らかにすべく、森の奥にある湖へ訪れた時のことである。

 護衛たちは身辺警護しんぺんけいごを名目に近くまで同行すると、不埒ふらちなことに入水中のナナセへ襲い掛かったのだ。


 「ほら、大人しくしてくれよ。俺たちがいなければ、お前さんなんて野垂れ死んじまうんだからよぉ」


 ナナセはこれすらも、試練の一環だと思った。このまま逆らえば殺されるかもしれない。だが生き長らえたとして、それは恥ずべきことである。つまり「誉れ高く死ね」を達成するには、目の前の暴漢ぼうかんを何とかするしかなかった。


 「貴様らは、もう死んでいい!」


 それは自らの窮地が引き金となって、咄嗟に出されたような言葉ではなく、絶対的な主人であることを確認させる気迫が備わっていた。


 「如何なる死をお望みで?」


 現に護衛たちは一転して媚びへつろい、不可解な言葉を口走る。まさに上位下達じょういげたつの意。

 その様子を見て、問題の火付け役であるにも関わらず、ナナセが驚きの表情で物語った。


 「やはり、エゴは存在した。自然エネルギーのマナを立証できたから、まさかと思ったけどーー」


 この大陸において人類史は、未だ浅はかで途轍とてつもない時間の一部に過ぎないが、驚くほど世界を席巻し続けている。それは、なぜか。


 おそらく高い繁殖能力を積み重ねて、有力な知識を構築し、生存競争に適応することで勝利を収めてきたからだろう。


 例えば老衰間際の父親が、過去を振り返って息子へ語り聞かせるむかし話。かつての栄達と退廃を辿たどり、今を生きる息子は何を思うのか。


 同じてつは踏まないと、決心するに違いない。すると学習した息子は、自分の成功を求めて、父親の経験を活かしていく。


 そんな風に各家庭ごとの道標は分かれ、無限の可能性を追求していくうちに、いつの間にか特別な格式を有する家族が出来上がった。


 レオンハート家。

 この大陸中の名家を統べる王族。

 彼らはこんな言葉を歴史上に残していた。


 我が家の紋章は気高き獅子であり、その獅子こそ、我が家の守護霊であると。


 その言葉の威力に人々は感動を受けて、王都から始まる拍手喝采のときの声が、大陸全土を包み込んでいったとされている。


 彼女はそれをマナを根源とする。エゴの仕業だと睨んでいた。


 祖先の人々は獅子に近付くな。気を付けろと注意をうながすことはした。だが自らを獅子だと名乗り、その力を裏付けようとは思わなかった。


 王国を主導するレオンハート家は、エゴの使い方を心得ている。だから長年に渡って大陸は収められ、何百年間も対抗勢力が生まれない。


 「これを知ったらお父さまはきっと、私を認めてくれるはずだわ!」

 

 ナナセの言葉に対する真摯しんしな姿勢が、人類の隠された歴史に辿り着き、やがてエゴの理論を確立させた。以降、ユアメリスの魔法少女として名をせると、七代目当主に就任。


 現在のアシュリーが女性であるにも関わらず、十二番目の息子と呼ばれるのは、その所以ゆえんである。


 「こんばんは、お兄様。私と一緒に、あの男を討ちませんこと?」


 そして、彼女は高潔こうけつとは言い難い。明らかな憎悪の念を抱いて、異母兄弟ランドルに交渉を持ちかけた。

 あの男、リガロを抹殺するために。

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