少年の怠惰で勤勉な青春

@folkan

第1話

僕の名前は池崎 湎人。

どこにでもいるごく一般的な高校生で、高校に行けばいつも5、6人の女の子が周りにくっついてくる…いわゆるリア充だ。

僕は今日も学校に行き女の子たちとイチャイチャした…↩︎


30分かけてここまで書いて、バックスペースを長押しした。

我ながら何てしょうもない書き出しなんだと絶望する。

ゴミだらけのデスクから埋もれているお菓子を探ると、指先に硬い感触が当たった。

ペンタブ だ。

俺は絵描きになるんだって言って父親にせがんだそれは、結局一、二回しか使われずに埃どころかゴミを被っている。

パソコンに入ったソフトの中には下らない子供の落書きが数枚入っているだけ。


絵もダメ、小説もダメ、プログラミングをしようとしたけど教本買ってもらって未読のまま放置だ。

無性に、虚しさが心を侵略する。

無意味だ。暗い部屋でパソコンをいじってまた下らないことをして1日を終えるんだ。時間が迫るたび気が逸る。


逃避を、早くここから逃げ出さなければならない。

マウスを操作して、デスクトップのソフトを起動する。

俺が俺のまま生きていて許される場所尾がある。唯一の居場所、それが。


ドラグーンファンクエスト。


この世界での俺はとても善い人間でいられた。


数秒のローディングを待つと、壮大なOPが盛大なファンファーレを伴って開始される。大きなドラゴンが空を埋め尽くし、白銀の戦士が降り立つそれらをバッタバッタとなぎ払う。

でも、何回も見てたら飽きるよな。

スキップして自分のキャラを選択する。


DFQの世界の中の俺は、ずんぐりむっくりなヒゲの戦士だ。

俺の中の父親像というか、大人への憧れを投影してクリエイトされた彼は、頭から牛みたいな角を生やして豪胆な笑いの似合う気風のいいオヤジだ。

名前もオヤッサン。いい名前だ。


ログインしてすぐギルドに向かうと、いつものようにギルマスが佇んでいる。

一人黙々とレア素材の合成をしてはギルド倉庫に支援と称して置いているのだ。


小さくて獣耳を生やした彼の名前はセッキ。石油王かというほど惜しげもなく課金を操る彼の姿から石油王のセッキと名前をつけたのは俺だった。

セッキはそれを気に入ってリネームしたらしかった。


『よお、セッキ!調子はどうよ?』

『こんにちは、オヤッサン。ボチボチでんなあ』


妙な言葉づかいの彼と、俺もボチボチ通話をする。

出会いは三年ほど前。俺たちは不思議と気が合って、二人でギルドを立ち上げたんだ。それが今では百人所帯の大ギルドだ。

その中の数人いる副ギルマスの一人が俺だ。俺はこの世界の中では中々に偉い人間なんだ…。


今日も俺たちは取り留めない話をたくさんして、ネームド狩りにランダムボス狩りをこなしていく。団員たちは俺を頼ってくれる。俺より絶対社会的地位のある人間が、俺なんかに敬語を使う。

まるで一つの会社の社長にでもなったかのように、自尊心が満たされる。


何日だって一緒にいられる。けど。夕方の6時に差し掛かると、一旦夢の幕引きだ。


『オヤッサン、今日この後時間あったら夢幻部屋で狩りしまへん?』

『ごめん。もう6時だから、今日はここで落ちるわ。

また遊ぼう』

『もう6時ですのんか…。ほなまた3時間後やね。わかったでぇ』


残念そうな彼に謝って、また別れを告げて、ログアウトする。

6時になったら家族でご飯を食べましょう。これが我が家のルールだ。



俺は引きこもりでどうしようもないけど、他の家族はみんなエリートの善人だ。

合縁奇縁とは言うものの、俺はこのままを求められていて、だからこそこんな俺の面倒も見てくれるのだと思うと余計にうんざりとする。


一階に降りる手前、廊下で弟の幸哉に鉢合わせた。


「…なあ兄貴、今日カキフライだって」

「ああ…カキフライかぁ。旬だもんな」

「牡蛎って今の時期だっけ?」

「知らねぇ〜」


適当に会話しながら階下に降りると、揚げ物を揚げる音が聞こえた。

階段から降りた音が聞こえたんだろう。キッチンから母さんが顔を出している。


「勇人、幸哉!お皿運んで〜!」

「「はーい」」


食卓に皿を並べたり、箸を並べたりなんだりしていると、カキフライも出来上がった。母さんと幸哉と一緒にカキフライの乗った皿を各々の席の前に並べていく。

そうこうしている内に玄関から鍵が開く音がして、母さんがドタバタと迎えに出た。


「おかえりなさい、あなた!」

「ただいま。みよ子!」


イチャイチャしてるだろうから、しばらく二人きりにする。

俺と幸哉は苦笑しあいながら肩を竦めた。


「パパが帰ったよ!僕の可愛い息子たち!」


そしてリビングに入ってくる父さんは、熱烈な歓迎を受けたテンションのまま俺たちに突撃してくる。ある意味緊張の瞬間だ。

突っぱねたり嫌がると、手がつけられなくなってしまう。


「ハルとユキはいい子にしてたかなぁ〜?」


ハグして、頭を撫でて、まさに小さな子供にするみたいに頬擦りをしてくる。


「してたよ父さん」

「してたしてた」

「うんうん、そっかそっか!やっぱり僕の家族は最高だなぁ〜!」


このあとは簡単だ。あとはみんなでご飯を食べて、解散。

父さんが今日の仕事内容を愚痴るのを振られる度にニコニコ聞いて、相槌打って慰めて、しばらくしたら終わりだ。


「ごちそうさまでした」


父さんが食べ終わる前には食べ終わる。食べ終わったら自分で洗う。

そしたら、母さんと彼が風呂に入るまではリビングで幸哉と話す。

入ったあとは自由時間。

これまでの全てで一つのルールだ。

俺たちは父さんの言うことを全て聞かなければならない。

彼の脚本した台本通りに振る舞うことが俺たちの仕事と言ってしまえば早いのか。


「ん〜…やっと20時だね…。おやすみ兄貴」

「おう、おやすみ」


階段を上がって、すぐ別れる。

部屋の中は各々のプライベート空間なので、ようやく人心地ついたと言う感じだった。

自分のごみ溜めのような汚い部屋に安堵を覚える。

俺はゲーミングチェアに腰かけるとまたパソコンを立ち上げて、DFQを再開した。


ギルド部屋には相変わらず彼がい手、通話をすれば怪しい関西弁が聞こえる。

どうしようもなくリアルの生を実感した。

結局その日も朝になるまで彼や団員たちといた。


『ほなまた明日なぁ…あ、今日やったなぁ』

はははと朗らかに笑う通話口の彼の声は、いつ寝てるんだろうと思うくらいに明瞭で快活だ。俺はもう眠気に思考が占められていて、ぼんやりしているくらいなのに。

ぼんやりしていたからか、つられて俺も『ほなまたな』と返してしまって、関西弁おかしいえと笑われてしまった。

セッキもだいぶおかしいよとは言わないでおいてあげた。


ログアウトしたあと別ウィンドウで適当に掲示板を漁る。

【呪アオ】リア中爆発した107【ハル怨】


「ふっ…なんだこれ…」


タイトルからして殺意の高いスレッドになんとなく入ってみると、1人目の発言からして既に病んでいた。青春を楽しんでいる者達に対する惨めな男たちの怨嗟の声が凝縮していて、少しこわい。

恋人とか、学校生活での苦悩だとか、いろんな嘆きがぶちまけられている。


これだけの人間がこれだけの数叫んでいるので疑問が出た。

普通に高校通って、勉強したり恋愛したり部活したり友達と遊んで買い食いに興じてみたり、そういう青春を満喫する人間ってこの世でどれだけいるんだろう?こうしてみる限り、少なくともここにいる人たちより多いってことはないんじゃないかと思えた。

思えたけどそれっておかしいよな。


恋人がいなきゃ、友達がいなきゃ、勉強ができなきゃ青春じゃないのか?

学校に行かなきゃ青春って言えないのか?働いたら青春じゃないのか?

あるいはリアルが充実しないのか?

青春って俺はそういうのじゃないと思うんだ。


躊躇ったけど、徹夜のテンションに任せてコメント欄に打ち込む。

返ってきたのは『スレタイ読んでROMってろ』なんて言葉だけだったけど。

そりゃそうだ。一端に書いたけど、俺だって他人に誇れる生活はしてないのに。


朝焼けの時間に眠気を我慢して、静かに一階に降りる。

朝の5時に起きて父さんの見送りをするのが俺の役目だ。


こんな、赤の他人の煮凝りの家で引きこもり役を甘受する俺に青春の何がわかるというのか。


リビングには既に父さんがいて、食卓の定位置で新聞を読みながらコーヒーをすすっている。

「おはよう、ハル。また徹夜でゲームか?」

「おはよう父さん。敵が中々死ななくって大変だったよ」

俺の席にもコーヒーが置いてある。

礼を言ってから席に着く。コーヒーの味の要望は聞いてくれたから、ミルクが沢山入っている。


「ゲームは楽しい?」

「うん…でもまたガチャ回したいから、お小遣い欲しいなあ」

「ん、いいよ。じゃああとで残高に追加しておくね」

「あんがと」


俺たち家族のスマホには彼謹製の電子カードアプリが入っている。

毎日定額が入る以外に、こうして役にはまった頼み方ができるとご褒美のように足してくれる仕組みとなっている。


そしてそれが、この脚本が終わった後の俺たちの報酬というわけだ。


そう。あれもこれも全てが彼の信じる理想の家族を演じるバイトに過ぎない。

友達が画面越しにしかいなくても、外になんて出なくても、金稼ぎにこんなバイトしても、怠惰でも、恋愛なんてしなくたって、俺の青春は変わらずに今であることに違いはない。


父さんが出るのを待って、ようやく部屋に戻る。


一眠りしたらまた今日が始まる。布団に潜り込んだ。

明日はまた下らない小説の書き出しに悩むというタスクをこなさなければならなかった。

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