また明日
「あれ、おかしいな?」
壁一面に広がるモニター。街中や家の中、自然や公共施設。様々な場所を映し出したモニターをチェックしていた男は、同じ部屋で仕事をしていた後輩の声に作業を止める。
振り返れば後輩は顔をしかめて、別のモニターを睨みつけていた。手に持ったデバイスを操作して、それからうーんと唸り声をあげる姿を見て、何事かと男は椅子から立ち上がる。
「何かあったのか?」
「大した事ではないんですけど……、いや、大したことなのかな? 先輩、これみてください」
そういって後輩が見せてきたのは、仮想人類のデータ。示された小学生の少女と少年、二人のデータを見ても特におかしなところは見受けられない。
何がおかしいんだと男が後輩の視線を見ると、後輩はモニターの一つを指さした。
「この子たちなんですけどね、前の終末観測。その前の宇宙人到来。そのまた前の大災害。もっと前の大戦争の時のデータでも恋人関係になってるんですよ」
「ほお……」
思わず声がもれ、男は後輩が差し出したデータとモニターに映し出された少年と少女を見る。今のところは恋人まではいかないようだが、手をつないで走りまわる姿は微笑ましく、年齢を重ねて行くごとに深い関係になっていくのは容易に想像できる姿だ。
「毎回、記憶も関係も綺麗に削除して、ランダムで配置しているはずなんですけど……。どのシミュレーションでも最終的には出会って恋人になってるんです。何ででしょう」
「なかなか興味深いな」
後輩の言葉に男は目を細める。後輩が差し出してきたデータを見ると、確かにどのシミュレーションでも二人は出会い、恋人になり、家族が出来ている場合もある。
念のために最後の処理を確認するが、実験が終わった後には必ず「削除済み」という記録があった。毎回この二人だけ忘れるはずもないので、削除は行われているはずだ。
「配置もランダムなのに、必ず出会うというのはすごいな」
「そうですよね……区画の両端に配置されることもあるのに、出会ってるんですよ……。何でしょう。バグでしょうか?」
後輩は眉間にしわを寄せて、ブツブツと呟いている。その姿を見て男は苦笑を浮かべた。何でもかんでも不可解なことをバグ、何かのミス。そう判断する後輩は、男からすれば頭が固いとしかいいようがない。
「そう面白くないことをいうな。運命だと思えば愉快で素晴らしいことじゃないか」
「運命って……この世界も、この子たちも所詮データですよ」
男の言葉に後輩は顔をしかめて、実に可愛げのない顔をする。それに男は肩をすくめて見せた。
男たちが働ているのは、人類未来予測所という研究施設である。地球を模した仮想空間を造り上げ、その中に様々な仮想人類を住まわせデータをとる。実験は様々で、一人の人間に焦点を当てて人生を見ることもあれば、大災害を起こしたり、宇宙人や怪物といった敵を放りこむこともある。
人類が自然災害や予想外の事態に陥った時に、どのような行動をとり、どのような問題が起こるのか。仮想世界にて実験し、データを蓄えることで、現実にて迅速に対応できるようにする。それがこの研究機関の目的である。
目の前に広がる沢山のモニター。そこにうつる人も街も自然も、現実の一部を映したものではなく仮想の世界。そう分かっていても、見れば見るほど造り物とは思えない精巧さで、そこに生きるデータのはずの仮想人類は多種多様な顔を見せ、予測つかない行動をとる。
「たしかに彼らはデータだ。我々が造り上げ観測し、実験が終わったら削除される。ただのまがい物だ。しかし、今彼らはこの仮想世界の中で生きているんだよ」
男の言葉に後輩は眉を寄せた。意味が分からないといった表情を浮かべる後輩に、男はまだまだだなと内心ため息をつく。この仮想世界の面白さ、奥深さを知り、真の意味で研究にのめり込むのはいつになるだろうか。そうなってくれたら真の意味で後輩は自分の同僚となる。その未来を想像して男はほくそ笑んだ。
「造り物も、本人、そして周囲が本物だと思えば本物になる。偽物と本物の違いなんて、結局認めるか認められないかの差しかないのだよ」
モニターに映った少年と少女たちは、楽し気に笑い合う。次の削除の後も、この子たちは再び出会うのだろうか。それとも今までのことは全て偶然だったのだろうか。
新たな観測対象の登場に、これだからこの仕事はやめられないのだと男は鼻歌を歌いながら仕事に戻った。
そんなことはつゆ知らず、モニターの中の少年と少女は「またね」と手を振って、夕暮れの中それぞれの家へと帰っていった。
終末アナウンス 黒月水羽 @kurotuki012
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