おしまい

 一日進むごとに、世界は確実に減っていった。一日目で味を占めたアナウンスの主は、それからは数時間ごとに世界を消していった。最初はいくらニュースで取り上げられても現実味がなかった世界の消失も、日を追うごとに世界が小さくなり、移民があふれかえる様を見たら受け入れるほかない。


 政府はアナウンスの主を、世界の消失の原因を探しているが成果は得られなかった。

 第一居住区は一番人口が多い場所であり、この区画が最後まで残るだろう。そう予測され、それを裏付けるように時間も場所も関係なく天から降ってくるアナウンスは、じわりじわりと第一居住区へと人類を囲い込むように区画を消していく。


 元々人が多く、建物も乱立したごちゃついた区画だったが、そこにあふれんばかりの人が押し寄せた。ホテルは満室。小中学校の体育館、公共施設。果てにはドームなども解放されたが、それでも人はあふれかえり、あぶれた人間が道端に座り込む姿が多くみられるようになった。

 治安も悪化し、元々第一居住区に暮らしていた人間はなるべく家の中に引きこもり、外に出ないようになった。学校や会社、公共施設も機能を停止。スーパーやコンビニといった店も店員がおらず無人となっているため、荒らされ放題。政府が配給などをしているようだが、全く追いついていない状況だ。


 それもアナウンス通りに世界が終わるのであれば、今日でおしまいだ。

 今日が彼女と最初のアナウンスを聞いてから一週間後。つまり終末だった。


 世界が終わるといっても特にやりたいことは思いつかなかった。出かけようにも外は危ない。やることといったら家の中に引きこもることぐらい。仕事が忙しく、ほとんど家にいなかった父と話す機会は出来た。良い事と言ったらそれくらいのことだが、家族と話していても明るい気持ちにはなれなかった。


 しばらくはリビングで父と母と一緒に過ごしたが、友達から連絡が届くようになってから自室へと引き上げた。最後のお別れを告げる者、こんなのきっと嘘だから、明日遊ぼうぜ。と明るいメッセージを送ってくる者。最後だからと秘密を打ち明ける者。

 

 世界の終わりが一時間後に迫ったなか、ごちゃついたメッセージの中に俺は彼女を探す。最初のアナウンスが流れた日。あれからも毎日連絡は取り合っているが、今日はまだ。彼女も家族との時間を大切にしているのかもしれない。もっと別の何かをしているのかもしれない。きっと最後の時間の邪魔をしてはいけないのだろう。そう思いながらも、最後に彼女の声が聞きたいと俺は思った。

 もっというなら彼女と共に最後を迎えたいが、彼女と俺の家は離れていて、俺が行くにも彼女が来るにも時間が足りない。こんな危ない状況では、お互いに会える保証もなかった。


 だから仕方ない。そう思おうとしたところで、電話の着信を告げる音楽が流れた。彼女が好きだと言っていた曲。画面にも彼女の名前が表示されている。

 考える余裕もなく、電話をとり声をあげる。彼女はすぐさまでた俺に驚いた声をあげたが、嬉しそうに笑った。


「でなかったら、どうしようかと思ってたの」

「出なわけないだろ。俺もかけようか迷ってたぐらいなんだから」

「そうなの? よかった」


 彼女の声に俺は心底安堵してベッドに寝転がる。世界の終末は近づいていたが、やけに穏やかな気持ちだった。外の喧騒は遠く、リビングにいるであろう父と母の気配も遠い。耳から聞こえる彼女の声だけが、今は俺の世界のすべてだ。そう思ったら何だかとても幸せな気持ちになった。


「よかった、最後に話せて」

「最後なんて言わないでよ」


 本心を告げると彼女は悲しそうな声を出す。俺だって最後だなんて言いたくはなかった。もう少ししたら彼女との暮らしが始まるはずだったのだ。家具だってそろえたし、引っ越し先だって見つかった。一緒に暮らすルールも決めたし、彼女とはこれからもずっと一緒にいるはずだったのだ。


「……俺、まだお前と一緒にいたいな」

「私も一緒にいたい。こんな意味が分からないままお別れなんて嫌だよ……何が終末よ。世界の終わりよ……きっとこんなの誰かのおふざけで、明日もちゃんと世界は続くはずよ。そうしたらみんな目が覚めて、前の生活に戻れるの」


 祈るような彼女の言葉に、俺は「そうだね。きっとそうなるよ」と相づちを打つ。そうであったらいいな。そうであってほしいというのが本心だが、そうはならないだろうと俺は嫌でも理解していた。彼女だってきっとわかっている。


 第一居住区以外の区画は綺麗さっぱり消えうせて、人類はこの狭い区画から出ることすらできないのだ。区画を区切る境界線の向こうは真っ黒な何かに遮られて、無理やり外に出ようとした人間は消えうせた。話だけならまだしも、動画まで出回っている。俺も今ほど治安が悪化する前に見に行ったが、線を引いたように区切られた暗闇は人のなせるものではない。あの向こう側に行って帰ってこれるとは思えなかった。


「ねえ、もし世界が続いたらまた一緒にいてくれる?」


 思考は真剣な彼女の声で遮られる。声だけでも緊張していると分かる彼女の様子に、俺はベッドに寝転がっていた体を起こす。


「もちろんだろ」

「これは神による世界の再構築で、今日を最後に古い世界は終わって、次の新しい世界が始まるって話もあるんだって」

「なんだそれ……」


 バカバカしい話に俺は呆れる。彼女はそんな夢物語を話すような子じゃなかったが、終末というよく分からない状況に感化されているのか。そう俺は考えて、無理もないかと考え直す。

 俺だって冷静かと言われればそうじゃない。明日になったら世界は終わる。当たり前にそう信じてしまっている状況。一か月前の俺だったら「なにバカなこといってんだ」と鼻で笑うに違いないのだ。


「私だってバカみたいな話だって思ってるよ。でもね、このアナウンス事態、信じられないようなことばかりだし、理解できないことばかりでしょ。結局誰が何の目的で、どうやって世界を終わらせるのか誰もわからないんだもの」


 彼女の言葉にその通りだなと納得した。世界中の偉い学者も政治家も頭をひねって調べて回ったが、結局アナウンスがどこで誰によってなされているのか分からなかった。その結果「神の意思」なんていう胡散臭い話が広まり、神に祈りをささげている集団まで現れた。


「だからさ、もし次の世界が本当にあって、私も君もその世界で生まれ直すことが出来たら……」


 彼女はそこで言葉を区切る。

 電話の向こうで緊張している彼女の気配が伝わって、俺も思わず息を殺す。時計を見れば世界の終りまであとほんの少し。彼女もそれに気づいたのか、意を決したように話し出す。


「その時はもう一度、私と付き合ってくれますか? 今度こそ、一緒に暮らしてくれますか?」


 すぐにもちろん! そういうべきだっただろうに言葉が出なかった。最後に本当の終わりに、家族でも友人でもなく俺に電話をかけてくれた。それだけでも嬉しかったのに、次まで望んでくれる。それが嬉しすぎて言葉に詰まる。


「お、俺でいいなら喜んで!」

「あなたがいいの!」


 俺の上ずった声に、彼女の明るい声が重なった。ひとしきり二人で笑って、次の世界では何をしようと語り合う。それはとても楽しい時間であり、世界がこれで終わりなんて悪い夢。そう思うほどに幸せな時間だった。


 だから、最後の言葉は「さよなら」じゃない。俺と彼女は「またね」そういって、それを最後に俺の意識と共に世界は消え失せた。

 この世に神がいたとしても、慈悲など欠片も持っていなかったに違いない。

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