終末アナウンス

黒月水羽

はじまり

 そのアナウンスが流れたとき、俺は彼女とデート中だった。

 高校一年からずっと付き合っている彼女とは大学入学を機に同棲をはじめることになった。お互いの親にも挨拶済み。引っ越し先も決まった。今日は家具や日用品の下見をしようとインテリアショップに訪れていた。


 新たな生活への期待、高校生の時には縁のなかった場所に訪れることでの大人の仲間入りをしたような高揚感。俺も彼女も浮かれていたと思う。

 これがいい、あれがいいと二人で相談しながら下見。ちょっとフライングで買い物もして、どこかで食事でもして帰ろうか。そんなことを話していた時、その声は空から降ってきた。


「人類の皆さまご機嫌いかがでしょうか」


 芝居がかった陽気な声。家具や日用品を取り扱う店の店内放送としては似つかわしくない言葉に周囲はざわついた。

 何かのイベントでもあるのだろうか。そんなのん気なことを思った俺は、近場にいた店員に目を向ける。用事も済ませたし、面白そうなイベントだったら参加して帰ろう。そう思ったのだが、店員は俺よりも困惑した様子で、店内アナウンスを聞いている。

 耳に着けたインカムを使って、小声で話している姿は焦りと緊張が見えた。事情を知っている側とは思えない対応に、店員もまた知らされていないのだと悟った俺は、途端に不安を覚えた。


「この度は大事なお知らせがあります。声だけで大変失礼だとは存じますが、私は姿を見せることが出来ません。ご了承ください」


 声は周囲のざわめきとを知ってか知らずか、軽やかな声が続く。若い男の声に思えるが、聞き覚えはない。話し方がやけに仰々しい以外は特徴のない声だ。それなのに、湧き上がるような不安感に俺は隣の彼女の手を握り締めた。


「皆様には大変申し訳ないことですが、一週間後、世界は滅亡することとなりました。大切なことなので繰り返します。一週間後……」


 流れてきた声に、一瞬空気が静まり返る。次に広がったのはざわめきだ。人々は互いに顔を見合わせて、囁き合う。


「映画の撮影?」

「何かの演出?」

「何だこのふざけたアナウンスは。責任者はどこにいる!」


 知らない沢山の声を耳が拾って、俺は少しばかりぼう然とする。親と一緒にいた子供が「滅亡ってなあに?」と無邪気な疑問を口にする姿を見ながら、俺は彼女を見た。


「……何の冗談だろうね……」


 彼女はそういって笑ったが、表情はいつもより硬かった。未だ繰り返される放送が耳にこびりついて離れないのかもしれない。


「今度そういう映画でもするんじゃないか? 規模の大きい宣伝なんじゃない」


 俺は気にしていない風を装って、彼女の手を引いて歩き出した。彼女は「そうだよね!」と無理やり元気な声を出す。

 周囲は未だ騒がしいが、立ち止まっていた足を動かし、目的地へ向かって歩き出す人も増えてきた。買い物へと戻っていく人もいる。それを見ながら、ほら、ただの悪戯だ。世界がいきなり終わるはずがないと俺は彼女に悟られないように安堵した。


 それでもアナウンスの声は途切れない。嘘ではない、冗談ではない。信じて受け入れろ。そういうように、アナウンスは繰り返される。いい加減にうっとおしくなってきたところで、男の言葉が変わった。


「それでは人類の皆さま、よい終末を!」


 知らず知らずに止めていた息を吐き出すと、別の男の怒鳴り声が聞こえた。見れば怒りで顔を真っ赤にした中年の男性が、店員を怒鳴りつけている。


「何だあのふざけたアナウンスは! 不快だ! 責任者を出せ!」


 そう怒鳴る男に眉を寄せる。確かに意味が分からない内容だったが、そこまで怒るほどのことでもないだろう。そう思って絡まれた店員へと同情の視線を向ければ、店員は泣きそうな顔で答えた。


「こちらでも確認をとっているのですが、当店でのアナウンスではありません! 当店での設備が使用された形跡は一切ございません。別の場所から放送されたものだと思われますので、我々も誰がどういった目的で行ったものなのかは……」


 そう言葉を濁す店員に怒鳴りつけていた男は目を見開いて固まった。握り締めていた拳をどこに振り下ろせばいいのか分からない。そう言った様子で口をパクパクと動かして、それから絞り出すように乾いた声をだす。


「そ、そんなわけないだろ! この店じゃなかったら、一体どこから、誰が!?」

「それが分からないんです!」


 泣き出す寸前の店員の声を聞いて、俺はどうしようもない不安に襲われた。

 この店の店内アナウンスが使われたのでないとしたら、一体声はどこから聞こえたのか。空から振ってきた。そんな感覚がしたが、実際空から人の声が降ってくるわけがない。しかもここは店内であり、外から声がしたのであればあれほどハッキリ聞こえるはずがない。


「だれかが電波ジャックしたのかもしれないわね。すごい愉快犯」


 彼女がそういいながら俺の手を引いた。俺は彼女に手をひかれるがままに、「そうだな。そうに違いない。じゃなきゃおかしい」と繰り返してみる。彼女も「そうよ。そうなのよ」と頷いたが、お互いの会話はどこか白々しい。


 普通に考えればありえない話である。突然世界が終わるなんて。それをあんな形で伝えられるなんて。

 ふと思い立ってスマートフォンを起動する。SNSを開いてみると、アナウンスの話題でネットは騒然としていた。皆同じアナウンスを聞いて不安な気持ちになっている。その事実に少し安心して、俺はスマートフォンをポケットにしまう。


「帰り、どこによってく?」


 今は考えても仕方ない。きっと規模の大きい悪戯だ。そう自分に言い聞かせて、俺は彼女と帰路についた。


 ただの悪戯じゃないと気付いたのは、次の日。二度目のアナウンスが響いた時だった。

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