厄介なもの

浅羽 信幸

厄介なもの

 一人旅ともなれば、気ままに動くことも醍醐味なれど、一人旅だからこそ見ず知らずの人と過ごしてみようと集まることもあるもの。

 男もそのようなことを考えた一人ではあったが、全くと言っていいほど今回は話が盛り上がらなかった。あてどなく行き先など無く決めた旅で、目的などなく話しかけたもののこれでは失敗かと思ったところで


「魚の小骨が最も厄介なものであろう」

と男の向かいに座った立派な口ひげを蓄えた男が言った。


 自然、何とはなしに円を作っていたほか三人の視線が口ひげに向く。

 口ひげもそれを理解してか、のたりと顔を上げた。


「何。厄介だと思うものを上げたまで。好きなものは各々違えども、苦手としているものならば近いものもあろう」


 それもそうだと思い、男も口を開いた。


「ならば私は薬が厄介だと思う。不味くて飲みにくい。子供のころは甘いシロップがあったが、あれは効果が薄いのだろう? 不味いのを飲まなくてはいけないなど、厄介なこと極まりない」


 男の隣にいた、八の字眉毛も続く。


「女房だな。構うのもダメ、構わないのもダメ。稼ぎが少ないと文句を言われ、仕事ばかりだと文句も言われる。かといって家に居ても文句を言われるからなあ。君たちも、持つようになれば分かるさ」


 八の字眉毛の言う通り、男には伴侶は居ない。

 だが、そのありありとくたびれた様子から、余程大変なのであろうことは男にも推察できた。

 口ひげも同情は示している。言葉には一切出さないが、聞いたことがある話なのか自分自身納得しているのか。


「君は、何が厄介だと思う?」


 八の字眉毛がここまで無言だった角刈りに聞く。


「私はゴールが厄介だと思う」


 ゴール、と言われ初めて男はすっきりとは腑に落ちない感覚を得た。

 八の字眉毛では無いが、眉の形も近くなる。


「ゴール。と言うと、君はサッカーをやっているのかい?」


 八の字眉毛の言葉に、角刈りは静かに首を横に振った。


「陸上か?」

「いや。誰もが定めるゴール。目的や目標と言い換えてもいいかも知れない、あれだ」


 男はますます意味が分からなくなってきた。

 目的、目標ならばそれは掲げるもべきもので、推進力になるのではないか。確かに適切に設定しないとやる気をそぎかねないが、必要なものでは無いのか。


 そういったことをつい口にすると、角刈りは肯定しつつも違った雰囲気で口を開いた。


「薬も妻も欲して手に入れたもの。治りたいから薬くらい飲もう。不味くても飲もうと思ったはず。妻も一緒に居たいからと頑張り、努力したことがあるはず。いわば、治るために薬を手に入れる、一生を共にしたいから婚約をするというその時には一つの大きなゴールだったわけだ。だが、達成してしまっては厄介なものとして挙げられてしまう。設定の段階でも難しいのにクリアしてもこれなのだ。相当厄介だと私は思うが」


 男も八の字眉毛も押し黙ってしまった。

 魚の小骨が厄介だと言いだした口ひげも、いたたまれない表情を浮かべている。


 すっかりと、会話が終わってしまったのだ。

 いや、始める前よりも空気が重くなったと言っても過言ではない。変わらないのは角刈りだけ。


 なるほど、と男は思った。

 したかった一人旅ではあるが、こうも否定されるならしないほうがよかった、気まずい思いをするならば友達とくだらない話を続ける方がよかった。


 こう思うのもまた、目的・目標を一人旅で知らない人と会話する、と言うことに絞ったからではないかと。

 厄介なものとして、ゴールがすとんと胸に落ちたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

厄介なもの 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ