結婚はゴールじゃない! ~英雄王子vs邪悪な花嫁軍団

最上へきさ

「僕は彼女と結婚するんだ! ヴェパールと!」

「儂は認めんぞっ! 聖王の血を引くお前が、穢れた魔族の娘と結婚するなどっ!」

「認めてくれなんて言った憶えはない! 僕達は結婚すると、伝えに来ただけだっ!」


 父であり王でもあった男――エドワルド=ラガン・セイクレイデス七世は雄叫びを上げながら、宝剣を振り下ろす。

 悪魔王を滅ぼしたばかりの聖剣で受け止めながら、僕――フレデリック=ガーナー・セイクレイデスは叫び返した。


「僕は! 彼女を愛してるんだ――ヴェパールをっ!」

「お前は騙されているだけだっ! あの女は魔族だぞ! 人間の心などっ、如何様にでも操れるであろうが!」


 刃が噛み合うたび、剣に込められた魔法が火花を散らす。


 老いてなお、聖剣王エドワルドの剣技に陰りはない。

 対する僕もまた、未熟なれども悪魔王を討伐した勇者として、心に決めた女性への愛を貫くために、負ける訳には行かなかった。


 ――遡ること三年前。

 魔族の手で降臨した悪魔王エディドアは、大量の配下を率いて地上を侵略した。

 人々は、悪魔王エディドアの圧倒的な力の前に為すすべもなかった。


 二年前、宇宙のバランスを司る聖剣に選ばれた勇者――僕が現れるまでは。


 勇者の戦いは長きに渡ったが、ついには悪魔王を打ち破った。

 世界には光が戻り、人々は安寧を取り戻したのだ。


(長い戦いの中で、僕は一人の女性に恋をした)


 彼女の名はヴェパール。

 魔族の中でも少数派である反悪魔組織のリーダーだった女性だ。


 初めはいがみ合っていたが、死線を越えていくうちに気付いたのだ。

 彼女よりも高潔で、心優しい女性はこの世にいないと。


「だから――戦いを終えた今! 僕は! ヴェパールとともに生きていくと! 決めたんだぁぁぁぁぁッ!」


 決意とともに繰り出した秘奥義が、エドワルド王の宝剣を打ち砕く。

 さしもの聖剣王も膝をついた。


「くっ……なんという威力。強くなったな――息子よ」

「父上。ここまで育ててくれたこと、感謝しています」


 僕は剣を収めると、父に手を差し出す。


「ですが、使命を果たした以上、これからは僕自身の意志で人生を歩んでいきます――」

「ならぬ! 父として――いやさ、王として! この国の為、お前には持参金たっぷりで外交的にもプラスでブランド戦略的にもベストで勇者の血脈を維持できる感じの結婚をしてもらわねばならぬ!」


 エドワルド王の叫びは悲痛だった。


「ど、どういうことですか父上! どうしてそんな俗っぽい王様みたいなことを!」

「黙れフレデリック! お前の旅にどれだけの資産が投じられたか分かっているのか!」


 世界を救うための旅だ、金に糸目をつけている場合ではない。


「だからといって潰れかけた農村を買い取ったり伝説の金属が産出する鉱山買い取ったり運河の堰を買い取ったり国有の飛行船で敵艦に特攻を仕掛けたりしたら財政傾くの分かるだろうが、戯けェ!」

「まったく申し訳ありません父上ェッ!」


 叩きつけられた正論を前に、僕は頭を下げるしか無かった。

 エドワルド王は震える膝を押さえて、立ち上がる。


「しかし儂も鬼ではない! 選ぶが良い、フレデリックよ! 聖王家に相応しき花嫁を――ッ!」


 ドンッ!

 という音とともに、謁見の間の奥にあった扉が開かれた。


 差し込む光とともに、少女達が姿を表す。


「ヒドいですわっ、お兄様っ! わたくしはずっとずっとお慕い申し上げておりましたのにっ!」

「君は――メイジェリカ!?」


 メイジェリカは、遠縁の令嬢だ――隣国に嫁いだ父の妹の夫の兄の三番目の娘と結婚した夫が囲っていた愛人の娘。

 どういう訳か幼い頃に我が王家に引き取られ、兄妹同然に育ってきた。


「でも、この片思いも今日までです、お兄様! 実はわたくし、この度東方天命帝国の血を引いていたことが分かりましたの! つきましては我が帝国との同盟の証としてお兄様――いいえ、フレデリック殿下と婚儀を結びたいと思いますの!」

「いやいや、そんな馬鹿な話があるか!」

「受け入れろ、息子よ!」


 僕はメイジェリカとエドワルド王の顔を交互に見たが、二人とも本気の表情だった。


「だとしても、君は妹だ! 結婚なんて出来ないッ!」

「愚かなお兄様! わたくしといることが幸せだと、思い知らせてあげましょう!」


 言い放つと、メイジェリカは剣を抜いた。


「その剣でどうするつもりだ、メイジェリカ!?」

「ノーといえない身体にして差し上げますわ、お兄様!」


 一体どういう思考回路なんだ。

 ともあれ仕方なく、僕はメイジェリカを叩き伏せた。


「む、無念……ですわ。がくっ」

「すまない――こんなことはおやめください、父上! 僕はメイジェリカとは結婚できません!」

「ぬううう、この頑固者め! 義理の妹から結婚を迫られて興奮しないとは、お前はそれでも儂の子か!」


 何を言っているのか全然分からない。

 僕が旅をしている間にボケたりしてないだろうか。


「ならば次! 名乗り出よ!」

「ではオレが行こう!」


 いつの間にそういうシステムになっていたのか分からないが、次の候補者――対戦相手?――が前へと進み出る。


「オレのことを忘れたとは言わせないぜ、フレデリック!」

「君は――ネイ!」


 ネイ。旅の途中で立ち寄った獣人連合の首魁の一人娘。

 大草原を食い荒らす大悪魔を退けるため、共同戦線を張ったことは記憶に新しい。


「あの時のアンタの上腕二頭筋! 輝いてたぜ!」


 どこを評価されているんだ、僕は?


「悪魔を倒したあの日から、ずっと思ってたんだ。アンタの子供が欲しいってな!」

「どうだフレデリック! このどストレートな性欲! しかも今なら獣人連合との太いパイプ付きだ!」


 いや、どうもこうも、


「君、夫がいるって言ってなかった?」

「安心しろ、獣人連合は多夫多妻制だぜ!」


 ……僕はエドワルド王に視線を送った。

 彼は、しばらく顎髭を撫でながら考えた後に、


「それは聖王家的にはNGだな! おかえり願おう!」

「なんだそれ! 納得行かねーぞ、オイ!」


 頭の上に両手でバツを作ったエドワルド王に食って掛かるネイ。

 久々に矛先が僕以外の方向に向かったので、ホッとする。


「あの~、ネイさんがダメなら、次は私の番でいいですか~?」

「な――どうして君までここにいるんだっ、デネローブ!」


 魔女デネローブ。

 悪魔王に挑むという無謀な旅に参加し、何度も僕の命を救ってくれた腕利きの魔法使い。


「君は祝福してくれたじゃないかっ、僕とヴェパールのことを!」

「あ、いえ~、私は結婚したいとかではなくて~。フレデリック君の体細胞を採取したいだけなんです~」


 もう花嫁志願者ですらなくなってきた。

 僕は呆れとともにエドワルド王に視線を送る。


 激しい取っ組み合いの末にネイジェリを気絶させた父は、どこかやりきった顔で遠くを見ていた。

 どうやらあの人に何かを期待してはいけないようだ。


「やはり今後のことを考えると~、聖剣を扱える遺伝子を持った存在を安定的に生産する方法を確立する必要があるかと思いまして~」

「……体細胞って、具体的には何をどうすればいいんだい?」

「精子をいただければ結構です~」


 それ一番ダメな奴じゃないか!


「ホムンクルスの培養に必要でして~」

「ダメだ! 髪の毛とかならともかく、それはダメだ!」

「ええ~、でも、ヴェパールさんにあげる分を少し分けていただくだけでも~」


 少し譲歩したみたいな感じを出しているが、余計に複雑な状況になっているぞ!


「ええい、では次だ! さっさと終わらせよう!」

「ね~、ダメですか~、フレデリック君~、ほんのちょっとだけ、今すぐササッと出してくれればそれでOKなので~」


 食い下がるデネローブを押しのけながら、僕は次の花嫁候補に焦点を定める。


「……あ、あの、あ、あた、あたし……」


 四人目はエルフの少女だった。

 小柄で幼い顔立ち。エルフの年齢は見た目では分からないが、それでもかなり若い方だろう。


「君は、どうしてここに!?」

「あの、花嫁に立候補しないと、住んでいる森を焼くと脅されました……」

「父上ェェェェェェェッ!」


 僕はエドワルド王の襟首を掴み、思い切りぶん殴った。


「見損ないましたよ父上! なにやってくれてんですか!」

「落ち着けフレデリック! その娘はオルローン森林の巫女だ! 妻にすれば精霊達の加護を得てブバッ」


 殴った。二回ほど。


「言語道断です!」

「ねえ~、フレデリック君~、私がダメなら、この子はどうですか~?」


 デネローブが手を引いてきたのは、なんというか――ものすごくグラマラスな美女だった。


「彼女は?」

「古代文明が造った遺伝子採取用のゴーレムです~」

「ハジメマシテ、ワタシハ、マリリンデス」


 平板な喋り方で、人間そっくりの人形が頭を垂れる。


「え~と~、古文書によると~、この子はダッチワイフと呼ばれていまして~」

「なんだか分からないけどダメな気がするからダメだ!」


 バッサリと切り捨ててから、僕はもう一度エドワルド王と向き合う。


「これで満足ですか、父上! どんな花嫁候補がいようと、僕の心は揺らぎませんよっ!」

「ふふふ……愚かな息子め。彼女を見てもまだそんな事を言っていられるか?」


 何故かすっかり悪人じみた笑い方のエドワルド王。

 彼が天を仰ぐのと、天井が崩れるのは同時だった。


 降り注ぐ瓦礫の中から姿を表したのは――


「レ、レッドドラゴン――だと!?」

「そうだ、息子よ! 彼女こそ、かのドドゴロド火山を支配するモンスターの王、ガルガ・ニサだ!」


 輝く赤い鱗を持つ巨龍。

 僕を一瞥すると、見る見るうちに人間の女性態へと変身していく。


「ふむ。活きの良さそうな小僧だ。勇者とは名ばかりの鼻垂れかと思っていたが、存外悪くない」

「そうだろう、ガルガ・ニサよ! 我が息子と引き換えに、聖王領を焼くのをやめていただきたい!」

「もう婚姻関係ないじゃないか!」


 僕はまたしてもエドワルド王を殴った。


「黙れ息子よ! 王族たるもの、民のためには身を捨てる覚悟を示せ!」

「正論っぽいことを言って息子を生贄にするなァァァァァァァッ」


 父を殴り倒してから、僕は剣をとってガルガ・ニサに立ち向かった。


「我に歯向かうとは! いい度胸だ、小僧!」

「僕は取って食われるわけには行かない! 愛するヴェパールのために!」


 城を砕き街を焼く激しい戦い。

 ついに、ガルガ・ニサは膝をつく。


「――面白い余興であった。いずれ貴様は我がいただくぞ、フレデリック王子」


 不敵な笑いとともに、ドラゴンは飛び去っていった。


 あとに残されたのは焼け野原と化した王都。

 そして僕と父。


「さあ、これで満足ですか父上! 僕は、ヴェパールと、添い遂げると決めたんです!」


 僕は父を立ち上がらせると、もう一度宣言した。


 すっかりススだらけになった父だが、まだ首を振る元気は残っているらしい。


「お前こそ! 分かっているのか! 結婚はゴールではない――ただの始まりに過ぎないということを! 人と人とが長く関係を維持することは、何よりも難しいということを!」


 それどころか威厳ある声を響かせる。


「愛があれば大丈夫、愛は永遠などと考えているなら笑止千万! 人の気持ちなど移ろうものよ! 恋に落ちたのだから恋が冷めることもある! その可能性は否定できぬ!」

「未来のことなど分かりませぬ!」

「愛などとあやふやな感情より、利害関係のほうがよほどコントロールしやすい! お前の母のことを忘れたのか! 誰からも無用と侮られ、心を壊した母のことを!」


 ……奴隷階級出身だった母。

 父と結婚した後も身分差に苦しみ続け、ついには自ら命を絶った僕の母。


「知っています! 憶えていますとも! ですが――それでも! あなたが母を愛してくれたからこそ、僕はここにいるのです!」

「愚か者! 愛するものを失って傷つくのは、お前なのだぞ!」


 それがあなたの本音だったのか。

 妻を愛し、子を愛してきた、あなたの。


 でも。

 それでも。


「僕は、他の誰でもない――僕自身のために! 彼女と添い遂げると、決めたのです!」


 例え身勝手と呼ばれても。愚かと呼ばれても。傲慢と呼ばれても。

 父になんと謗られようとも!


「……バカ息子め」

「父親に似たのです」


 エドワルド王が観念したように笑う。


「今までお世話になりました。さようなら、父上」

「好きにせい。フレデリック」


 僕は父に背を向け、歩き出した。

 愛しいヴェパールを、迎えに行くために。


 ……さっきの戦いの余波で、彼女がいた部屋が崩れていないと良いけど。

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