稀人(まれびと)1

「本日からお世話になる城間です。よろしくお願いします」


東京から遠く離れた静岡県浜松市の神社で,自己紹介をした。


天気が崩れるという予報に反して雲一つない快晴となった浜松市には,自衛隊基地を発着する航空機の音が響き渡っている。それらのエンジン音によって自己紹介はかき消され,俺の声は周囲にいる人間にすら全く届かなかった。


「彼が今日から御代野神社で働いてもらう城間峻さんだ。彼が困っていたら助けてあげるように」


俺のことを紹介をして下さった権宮司は,あたりの山一帯に響き渡るほど声を張り上げ,まるで俺の名前をだいぶ前から知っているかのように紹介をした。


「お願いします」


権宮司が紹介を終えると同時に深くお辞儀をすると,パラパラと拍手が起こった。どこの職場でもある新人歓迎の拍手であるのだろうが,新人を歓迎しているにしては迫力に欠けていてどうも寂しいものであった。


俺と向かい合うように十人程度の神職が立っている。ある人は冷めた目で俺を睨み,ある人は興味がなさそうに手を叩いている。列の後ろに位置する人は手を動かすことすらせず,俺のさらに後方に並ぶ緑茂った山を眺めてぼんやりとしている。


必要とされていない。東京に帰りたい。そう思った。


神職の中で一人,しっかりと目が合う男性がいた。背筋を伸ばして立っていて,小さな音ではあるがしっかりと手を叩いている。ここに来る前に神職の顔と名前をざっと確認したため,その顔には見覚えがある。


確か名前は岩上崇,権禰宜。写真で見た彼からは,どこか冷酷そうな雰囲気を感じていたのだが,実際に見てみるとそれほど冷たさは感じず,むしろ温かさを覚える雰囲気があった。


岩上さんが何を考えているのかは俺には全く分からないが,その視線から非難らしいものは一切感じられなかった。


「では皆さん,位置についてください。城間さんはこちらへ」


紹介の時間はすぐに終了した。神職たちは小さくお辞儀をすると,そのほとんどは興味がなさそうに早々と散っていった。数人の女性は,集会が終わるとすぐに集まってこそこそと話をしだした。時々ちらりと振り返って俺を一瞥しては,惨めさを多分に含んだ視線を投げた。


居心地が悪い。彼女らから目をそらし,権宮司の後を追った。


ー----


御代野神社は,日本全体に多数ある神社の中で唯一「呪い」を専門とした神社である。


「呪い」という単語を用いると,どこか現実離れしたものであると感じられるかもしれないが,人と人との関わりがある限り「呪い」は様々な形で遍在し続けている。特に芸能人,政治家,要人,経営者といった,一般人の私生活に多大な影響を与える類の職業にいる人間は「呪い」と縁を切ろうにも切ることができないものである。


この「呪い」を扱うのが御代野神社の存在意義である。断つべき「呪い」を断ち,祓うべき「怨み」を祓う。


扱っているものが「呪い」という,普通の生活をしている分には関わることなど滅多になさそうでいて,かつ,積極的に関わりたくない類のものであるため,世間一般の扱いはあまりよろしくない。「呪い」の専門家として数年間実務を積んできた俺であるが,関わる必要が無いのであればむやみに足を踏み入れる世界ではないということは間違いないだろう。


霊能力に該当する機能を持ち合わせていない人であっても専門機関にて過程を修了していれば基本的に「呪い」を専門とする神職につくことができる。この背景もあってか,社会の底辺にある職業という印象が非常に強い。しかし実際には,我々がいないと社会が回らない。運送業や建設業のように,底辺と考えられているが社会には必要不可欠,これが「呪い」の専門家である。


ー----


「大体このような感じです。何か質問はありますか?」


一通り説明を終えて本殿前へ帰ってくると,権宮司は手を合わせて擦りながら忙しそうにそう言った。彼には一応伝えてあるが,俺はもともと東京の御代野神社に数年仕えていた。立地や風土が異なるとはいえ同じ神社であるため,業務の内容に大差はない,ということを理解していたからかなり雑な説明だったのだろう。


「いいえ,特にありません。ありがとうございます」


質問したいことはあったが,さっさと仕事に取り掛かりたい,という意思を汲んで質問を飲み込んだ俺は,小さく頷いて答えた。


「分かりました。それでは,これからよろしくお願いします」


権宮司は作り笑いを顔に貼りつけて腰を折った。その表情の向こうにははっきりと「面倒事を起こさないように」という注意の色が伺えた。


起こそうとして起きた問題ではない。


そう言いたい気持ちをこらえて,俺は権宮司に答えるように腰を折った。


「では,よろしくお願いします」


促された方向へ,頭を上げたり下げたりしながらその場を後にした。権宮司から少し離れたところで持ち場へと向かおうと権宮司に背中を向ける。途端,背中に刺さるような視線を感じる。


居場所がない。そんな気がした。

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