テープを切る

ナナシマイ

第1話

「あー。聞こえるか? ……いや、良い。これは別に、誰かに聞いて貰いたくて残す訳じゃあないんだ。内容が聞こえていようがいまいが、関係ない。俺がこれからすることが、本当に為されたのだということを証明してくれさえすれば良いんだ。意味なんぞ、要らない。


「まぁでも一応、そうするに至った経緯なんかは話しておこうかと思う。いつか誰かがこれを見付けて、運良く――いや、悪くか? 分からんが内容を理解出来たなら、きっと何かの役に立つだろう。勿論、寝物語にしてくれたって構わない。そうするに値する話かどうかは、保証しないがな。……それから、もう一つ付け足しておくか。あー、前置きが長いとか言うなよ? そう思うなら聞かないでくれ、俺は要点をまとめて話すのが上手くないんだ。で、そもそも何故、という話なんだが。これを残す必要があったとはいえ、今こうして俺が喋っているのは誰かに強制された結果ではない。俺の意思だ。……良いか? それだけは、勘違いするなよ。じゃあ、始める。


「これを聞くような物好きがいるとしたら、そいつは俺のことを少なからず知っている奴だろう。だから特に自己紹介などはしない。そもそも、したところで意味がないしな。……だが、これは知らないだろう――俺が、星渦街の出身だということを。軽蔑するか? それとも、落胆したか? どちらにせよ、今まで俺がしてきたことの背景を、何となく掴めたんじゃないか? そう、あの街は特殊だ。内側から見ても、外側から見ても、狂っていやがる。……七年も若衆をしていた俺が言うんだから間違いない。はっ、意外か? あの街で生まれた男なんて、皆そんなものだ。そうでなきゃ、兵器として飼殺されるだけなんだからな。良いか、兵士じゃない、兵器だ。人権なんてあったものじゃない。……まぁ、若衆もそう変わりないがな。とにかく、俺が『人権』という言葉の意味を実感したのは、ここ最近のことなんだ。これを聞いているあんたは、今までの俺の言動に違和感を覚えていたかもしれないが、それはそういうことだったのかと納得して貰えたら嬉しい。


「星渦街の説明は必要ないだろう? というより、せっかく抜け出したんだ。あんな街のことなど話したくない。分かってくれるな?


「とにかく、俺はあの街で生まれて、あの街で育ったんだ。若衆としてな。あそこにいる誰もが、自分が檻の中で一生を終えることを疑わない――俺も、そうだった。外の世界の存在は知っていても、それがどんなものなのかは知らない。知る必要がなかった。だが、俺は出会ったんだよ。神様――いや、悪魔に、か。そいつが、俺を檻から出したんだ。そのあたりの話も、知りたければ悪魔に直接聞いてくれ。肝心なのは、そのあとの話だからな。


「街を出た俺を最初に襲ったのは、価値観の違いだった。知らなかったんだよ。男女に優劣がないことも、人の命が重いということも、それから……働いた後の酒が旨いということも。そういうことを一つずつ、悪魔は教えてくれた。気持ち悪いと思っていたその違いも、理由を説明され、実際に体験していくうちに、いつの間にかそれが当たり前のものになっていった。そうすれば、あの街の異質さに目が行くのは時間の問題だった。……思えば、それだって悪魔の思惑通りだったに違いない。でも、それで良かったんだ。今からやり直せると言われても、俺は同じ道を選ぶだろう。


「……結果は知っているだろう? そう、星の禍事件だ。あの中心に、俺はいた。


「最初は、そうとは知らずに罪を犯し続ける同胞達を助けようとしていたんだ。一人でも多くの命を救えたら良いと、本当にそう思っていた。笑っちまうだろう? ついこの間まで、そんなこと微塵も考えたことがなかったような男がよ。勿論その変化は悪いことじゃあないが、一人だけ救われてしまったことに、罪悪感を覚えるのも確かだ。まぁそれも、今だけの話だがな。とにかく、あの街を破壊しながら、そう考えていたんだよ。だがそれは甘かった。あの街は徹底的に、虫一匹逃すことが無いように、消滅させる必要があったんだ。


「……吐き気がしたね。あの街が作ろうとしていたものに。そしてその一端に、自分も関わっていたということに。……あんなものを、この世に生み出してはいけない。俺はそれからも、あの街の残骸が転がっていないか、常に目を光らせてきた。その一方で、『普通の人間』としての生活も身に着けてきた。今いる街では真っ当に暮らしてきた、と思う。それは周りの人間が判断するところだから、俺には何とも言えない。だが少なくとも、法にふれるようなことはしていないし、他人に大きな迷惑もかけていないはずだ。積極的に人の助けになるようなことをしたし、その分感謝もたくさんされた。俺が表彰されたことも、きっと知っているんだろう? 俺からしてみりゃ、あの時救えなかった命に比べれば、何もしていないようなものなんだがな。それでも、誇らしいという感情を知れたことは良かった。


「そうやって穏やかに過ごすようになって、気付いたんだ。あの街の残骸が、こんなにも近くに転がっていたということを。……そう、俺自身だ。何をのうのうと生きているのだと、そう思ったね。いや、思っている。だから今ここで、あの街の残骸を完全に排除する。それがけじめであり、俺の終着点だ。悪魔が――俺に、


「いや、この言葉を残す必要はないだろう。俺はもういなくなるんだ。この世界に不要なものは、俺がまとめて持って行ってやろう。……じゃあな。運が悪ければ、またあの世で会おう」




 ガシャ。


 そう音を立てて、カセットプレーヤーの再生ボタンが戻った。椅子に座ってそれを見ていた女が、巻き戻しボタンを押そうとして、それを止める。扉を開けると、中から古びたカセットテープが出てきた。

 彼女はペン立てからハサミを取り出し、ゆっくりと、愛おしそうに巻いていく。カ、カッ、とハサミが擦れる音がしばらく響き、やがてそれは止まった。しばらくそれを見つめていた女だったが、何かを決心したように頷く。そして、手にしていたハサミで、そのテープをチョキン、と切った。


 リビングに繋がる階段を上っていくと、楽しそうな子供達の声が聞こえてくる。女はそれに気づき、小さく笑みを浮かべた。


(本当にあの子達は、パパが大好きなんだから……)


「あっママ! お仕事、終わったのー?」

「うん、終わったよ。なぁに、今日はパパに遊んで貰ってたの?」

「そーだよ! パパね、力もちなの」

「みんないっしょに、抱っこしてくれたの!」


 彼女は興奮気味な子供達に「凄いねぇ」と笑みを返し、すぐ隣まで近づいてきていた男の頬に口付ける。


「面倒見てくれて、ありがとうね」

「……あぁ、神には逆らえないからな」


 おどけた口調に、もう、と女は膨れた。それから、カセットテープに入っていたのと同じ声で笑うその男に、そっと抱きついた。

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