ゴールまでは五分!
ちかえ
ゴールまでは五分!
ユニコーンの体がぐらりと揺れる。マナを込めすぎてしまったのだろうか。
「マナを込めるのをやめろ。私の力で降りるから!」
ユニコーンに叱られてしまった。とりあえず指示に従う。彼の指示が間違った事はない。
ゆっくりと地面に降りる。ユニコーンは安心したように息を吐いた。
***
「何が悪かったんだろうなぁ……」
自室でユニコーンに関する魔法書のページをめくりながら独り言をつぶやく。
「主にマナの使い方」
なのに返事が来た。声の方を見ると、ユニコーンがさも当然のように僕の斜め後ろに立っていた。
最初は流行に乗っかって騎乗用のユニコーンを買っただけだった。なのに僕の乗り方が下手なせいで、そのユニコーンに馬鹿にされ、最終的にはあちらに主人面をされるはめになってしまった。
ユニコーンを買ってからもうすぐ半年になる。なのに、まだまともに空を飛べないのだ。
本当に情けない。
それにしても、このユニコーンは何故ここにいるのだろう。夕食はさっき食べたのに。もしかして夜食を作れという命令でもしに来たのだろうか。
「夜食にはまだ早いんじゃない? 時間的に」
「は?」
思った事を言ったら、ユニコーンが呆れた顔をした。僕は何か間違った事を言っただろうか。
とりあえず本に戻る。『最初は一時間の騎乗を目指そう』と書いてあるが、一時間どころか空に舞い上がった瞬間にバランスを崩すのだからどうしようもない。
この本に書かれている事を参考にして少しずつ練習していけば一時間乗れるようになるのだろうか。
「何だこの低俗な本は」
ユニコーンの不機嫌そうな声が聞こえる。おまけに馬鹿にするように鼻を鳴らしている。
「て、低俗って……」
言い方が悪すぎる。これでも結構有名な本を選んだはずだけど、どうやら彼には気に入らないようだ。
「こんな本を参考にするな。こんなのよりもっといい本が地下に山ほど転がってるだろう」
どうやらこの本はとことん彼には気に食わないらしい。簡単で読みやすいと思うんだけど。
ユニコーンが言っている『いい本』というのは、この家の地下の書庫にある祖父の魔法書の事だ。
「主にその本を転がしてるのはお前の方だろ!」
つい言い返してしまう。書庫の掃除をしようとして床に散らばっている本に眉をひそめたのはつい最近の事だ。この話ぶりからして読んでいたらしい。
片付けもしてくれるといいのに、と思うが、きっと彼の中では主人が読んだ本を片付けるのは僕の役目だという事になっているのだろう。
「あれ難しいんだよ。よく分からない単語もいっぱい出て来るし」
そう言うと、ユニコーンは僕に向かって呆れた目を向けて来る。確かにこの言い方はとっても情けない。
「じゃあ実践でいい」
ユニコーンは吐き捨てるようにそう言った。そうして僕の服の袖を咥えて引っぱる。これは今から行こうと言っているのだろうか。
「ちょっと待って。もう夜……」
「夕方だろう? 『夜食にはまだ早い』」
さっきの僕の言葉を口にする。そう言われると『はい』としか言えない。
でも、今は彼の方が『主人』だ。従わないと不機嫌になってしまう。僕はため息を吐いて立ち上がった。
***
「とりあえず五分を目指そう」
「え!?」
いつもの公園でユニコーンからされた指示に目をぱちくりとさせてしまった。
本と言っている事が違う。五分はとっても短いような気がする。そう素直に言うと、思い切り体当たりされた。
「まだ一分もまともに乗れないだろう。何が一時間だ! 偉そうに」
「すみません」
素直に謝る。これはユニコーンの言う通りだ。
でも、僕の読んだ本には大体そういう事が書いてある。でも、そんな事を言ったらまた怒られるんだろう。だから言わない。
とりあえず急がないようにしろと言われる。気が急ぐからマナを込めすぎるらしい。
そんなにゆっくりでいいのだろうかと思うが。ユニコーンはいいと言う。
と、なると、マナも少量ずつ使うことになる。基本的に微調整は苦手なんだけど、ユニコーンで空を飛ぶためだ。やってみるしかない。
「ゴールはあの木だ」
そう言ってユニコーンは近くにある木の方に鼻をしゃくる。
ものすごく近い所にある木だ。普通なら一分ちょっとで着きそうだ。それを五分で行くってどういう事だろう。
でも、従うより他は無い。僕はまだマナの使い方が下手なんだから。
ごくりとつばを飲み込んで魔法の手綱を握る。そうしていつものように合図を送ろうとして足を動かそうとした。途端に『こら!』と怒鳴られる。
「指示はこっちで出す。お前は従ってろ」
「は、はい」
完全に主導権を握られた。
ユニコーンに言われるまま微量のマナを手綱に送る。そして、少しずつ彼の体を上昇させていく。
ゆっくり、ゆっくり登って行く。地面からそんなに遠くない場所に登るのに一分近くを使った気がする。
上昇が終わり、ユニコーンの体が安定する。ほっとして息を吐いた。
「こら、油断するな! 込めてるマナの量が増えてるぞ」
「あ、はい」
でも、ユニコーンにはそんな油断はお見通しだったようだ。叱られてしまう。
いつも飛ぶのより半分近く遅い速度で進む。多分、ユニコーンの指示からして三分くらいの時間だったのだろう。でも、それ以上に遅く感じた。緊張で喉が渇いてくる。そっとつばを飲み込んだ。
木の所まで来ると、今度はゆっくり下降を始める。
そういえば自分のマナの力で降りるのは初めてかもしれない。いつもはユニコーンまかせだったから。
ついにユニコーンの足が地面に着いた。
「出来……た……?」
呆然とつぶやいてしまった。それくらい衝撃的だったのだ。
夢でも見ているのかもしれない。僕のマナを最後まで使ってユニコーンで空を飛べたのだ。
「やったじゃないか」
はぁはぁ、と息を吐きながらユニコーンが褒めてくれる。こんな事も初めてだ。素直に嬉しいと感じる。
「ありがとう」
そう言いながら彼の頭に手を伸ばす。気分的には抱き合いたいけど、男同士だし、それはさすがに恥ずかしいので撫でるだけにした。
「こら、私の角に触ろうとするな!」
なのに軽く小突かれてしまった。どうやら角に関してはとてもデリケートなようだ。角を触るつもりはなかったんだけど。
僕はそっと肩をすくめた。
ゴールまでは五分! ちかえ @ChikaeK
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