Grimoire 01:Erwachen

Szene.1

何者かが私の頬を引っ叩いている。否、目で見た光景では無いので、頬に伝わる痛みから導き出した仮説である。兎に角、痛い!

私は大天使達に攻撃を受けた後に此の場所に転移した。誰も足を踏み入れる事のない洞窟奥深く。入口から片道12時間はかかるであろう其の場所に追跡も痕跡も辿る事の出来無い取って置きの聖魔法で。つまり、誰も私を探し出す事は不可能。其の筈だった…。


「様…ル様…フェル様…ルシフェル様…。」

誰かが私の名を呼んでいる。呼んでいるだけなら誰だか判別は困難であった。しかし、私の頬を容赦なく引っ叩く者は限られる。


「起きてください!」

しかも、其の声は良く耳に馴染んでいた。そうなると、もう彼奴しか居ない事実に嬉しくもあり悲しくもあった。

もう、何も云うまい。私は悲しい感情は捨てる事にして瞼をゆっくり開けてみた。

ドンデン返し等ある筈もなく、結論で導き出した人物の顔が視界一杯に飛び込んで来た。


「イオフィエル、私の頬を叩くで無い!」

私は彼女の姿を見るや否や悪態をつく。


「ルシフェル様。一体、何年眠りにつくおつもりですか?」


「そんなの知らん!」


「質問を変えます!…一体、何年経ったとお思いで?」


「其れも知らん!」

彼女は盛大に溜息をつき、次の瞬間に衝撃的な事実を突き付けてくる。


「1000年です!」


「はぁっ?」

思わず間抜けな声が漏れた。


「眠り過ぎです!貴女の尻拭いをする私の身にもなって下さい。」

〈尻拭い!〉と云う単語にカチンとくる。


「1000年なんて大した時間ではあるまい!其れよりも、どうやって私を見つけ出したのだ?」


「1000年なんて大した時間では無いですと?」

滅多な事では感情が乱れない彼女が、珍しくも極僅かに感情を乱している。此れは面白い!


「そうだ!其れよりも追跡も痕跡も辿れない私の転移先を、どうやって探り当てたのか?其の方が断然重要だ!」

少し語気を強めて彼女に揺さぶりをかける。


「ほう…此の私を誰だとお思いで?…此れでもルシフェル様の次に強者と恐れられる智天使です…其の私が本気を出せば、貴女の魔力を辿る事など朝飯前なのですよ。」

急に立ち上がった彼女は、両手を左右其々の腰に当て胸を張る。自慢したいのだろう。確かに彼女は強い。一人で中位三隊全員を瞬殺する位には…。


「朝飯前とな?ほう、其の割に1000年も費やしたのか?」


「なっ…何を…わっ、私だから見つけ出せたのにっ!」

どうやら少し言い過ぎた様だ!彼女は明らかに狼狽えている。是非も無しか?


「言い過ぎた。申し訳ない!」


「良いです…見つけ出すのに1000年も費やしたのは事実ですから。」

私は立ち上がり、気落ちして俯いてしまった彼女の手をとった。今から更にキツイ事を聞かなければならない。果たして彼女は何と答えるのだろうか?まぁ、殆ど白で間違いでは無いだろうが…。


「一つ聞かなければならない事がある!」


「私は貴女の味方ですよ!」

即答しやがった。


「そうか…ならお前も攻撃を受けたのか?」


「ハイ、中位三隊は全て片付けましたよ!」

過激な事を淡々と告げる彼女。


「そっ、そうか。」

まぁ、イオフィエルなら余裕だろうな。ハハハハッ!


「其れと、オファニエルが下位三隊の内、大天使以外は全て葬りました…後、そろそろ外に転移しますよ!」

要するに残りの敵は大天使のみ。まったく、熾天使・智天使・座天使の我等3人しか残らぬとはな…溜息しか出ない。まぁ、イオフィエルとオファニエルの実力なら当然の結果であろう。どうして、戦いを挑んでしまったのか?どう贔屓目で見ても彼等に勝算は無いのだから…。



Szene.2

ルシフェル様を連れて外へ転移すると、雲一つ無い快晴により容赦なく日差しが照りつけていた。


「ルシフェル様、私もオファニエルも彼等に手加減等出来る状況ではありませんでした。本当に申し訳ありません。」

私は謝罪するが、ルシフェル様は久しぶりに浴びる日の光が眩しくて目が開けていられないご様子。ルシフェル様が俯き目を細めたと同時にオファニエルが治癒魔法で目の負担を瞬時に取り除いた。


「ありがとう…オファニエル久しいな!」

ルシフェル様は顔上げて真っ直ぐにオファニエルの瞳を見つめる。


「ご無事で何よりです!」

其の彼が片膝をつき一礼した。ルシフェル様は其れに応えると私に一瞬だけ視線を向ける。私にもしろと言いたいのだ(笑)。


「ルシフェル様…どうぞ前をご覧下さい!」

私は其れを無視して声を掛ける。私の声に促されるままルシフェル様はゆっくりと正面に視線を移動させた。

先ず視界に飛び込んで来たのは無数の人工建造物の筈だ。

ルシフェル様が眠っていた1000年。

貴女が大した時間では無いと豪語した其の1000年の間に世界はスッカリ様変わりしてしまいましたよ。


「何だアレは?」

ルシフェル様は興奮し私の両肩に掴みかかる。


人族ひとぞくの都です!」

私は間髪入れずに即答してやる。


「ひ・と・ぞ・く…。」

ルシフェル様は瞬きをするのも忘れて、私をジッと見つめる。


「ルシフェル様が深〜く永〜い眠りについている間に誕生した新種です。」

私は人族について悪意を持って説明する。しかも、完全な上から目線で〈新種!〉と言い切ってやった!


「此の1000年の間に誕生したのに、もう此の様な文明を?」


「ハイ!神の加護により急速に発展しました…姿形も神々に似せて作られましたし。」


「神?」

ルシフェル様には〈神!〉と云う単語は俄には信じ難いであろう。


「因みに陛下ではありません。無論、神々の仕業でもありません…しかし、大天使達が一枚噛んでいますがね。」

ルシフェル様に何処までお教えすべきか?いきなり真実を全て伝えても混乱するだろうし。困ったなぁ。


「オファニエル!……………。」

私は片膝をついたままで側に控える座天使の名を呼ぶ…が、言葉が続かない!


「イオフィエル様、何か?」

此奴、相変わらず眼光が鋭い!そんな目で見るで無い。おのれ叩き潰してくれようか?


「イオフィエル!恐ろしい事を考えるで無いわ。」

直ぐ様、ルシフェル様の声が飛んで来た。バレたかぁ!


「ルシフェル様、人族の都を見学して行きましょう!」

私は誤魔化す様にルシフェル様に向き直り声を掛けた。


「イオフィエル様…ルシフェル様に何処までお話になるおつもりですか?」

立ち上がって私の元に音も無く飛翔して来る座天使は小声で話し掛けてくる。


「隠していても何はバレる…だからと言って小出しで伝えてもなぁ…其れならばいっそ、全てを隠さず伝えたいと思うのだ!」

そう、何は全て知る事になるのだ…。


「そうですな…大きな衝撃を何度も受けるよりはマシかもしれませんね。」


私は無言で座天使に向かって頷くと、飛翔して近付きルシフェル様の背後をとった。私に簡単に背後を取られるとは?まぁ、其れだけ私は信頼されているのだろう。

「ルシフェル様、お話があります!」


ルシフェル様に背後から声を掛けると、驚いたのか肩を跳ね上げた。如何やら何か考え事をしていた様だ。

是非も無し!

いきなり人族なる文明を見せられたのだ。其の衝撃は計り知れないだろう。


「何か?」

極僅かな沈黙の後、ルシフェル様は平静を装い返答を寄越す。


「我等3人は、人族の間では〈悪魔!〉と云う事になっております!」

私は大した問題は無い!と伝えるべく淡々と事実を突き付けた。


「あっ、あ・く・ま????????????」

ルシフェル様は私の方に振り返ると、突然目を大きく見開いた。


「しかも、最凶の上位悪魔です…あぁ〈さいきょう〉って最も強いって意味ではなくて…最も悪いって意味の方です…最も強いのは間違い無いのに何かムカつきますねっ!」

私はそんなルシフェル様の反応を無視して、更に事実を突き付けてゆく。


「どっ、どうして、そんな事に?」

今度は激しく両目を瞬かせたルシフェル様は、物凄い力で私の両肩をガッチリと押さえ込んでくる。


「言い忘れるとこでした…ルシフェル様は其の中でも凄くって…悪魔の中の悪魔〈魔王〉ですよ…魔王陛下、御即位おめでとうございます…1000年も眠るからですよ。好き勝手にやられちゃいましたねっ!」

私は容赦なくルシフェル様にトドメを刺す!

尤も、こんな事位でどうこうなるヤワなお方では無い!

何しろ、全能の女神である陛下と太陽神の男神との間に生まれた神の子である。


しかし…。


ルシフェル様は石化した!


あっ、ヤバいかも?



Szene.3

どうしたものか?

彼此れ小一時間程ルシフェル様は動かない。

其のルシフェル様にガッチリ両肩を掴まれたイオフィエル様も拘束され動けないでいた。尤も、動こうと思えば動けるのだろうが、動かないのがイオフィエル様の凄い所だろう。はぁ!

其れにしても、イオフィエル様の言動には何時もヒヤヒヤさせられる。

しかも、小出しにすると問題だと言っていたにも関わらず、結局は小出しに伝えて、最後にはトドメを刺してしまわれた。

まったく、困ったものだ…。

「イオフィエル様、どうするのです?」


「是非も無い!」

首だけを此方に向け叫ぶイオフィエル様。


「放置ですか?」

と即答で返すと鋭く睨まれる。怖い!怖い!


「なら〜いっそ崖から突き落とすか?…どうするかはお前が決めろっ!」

今度は、心にも無いであろう余計な事を言ってくる。


「莫迦者、突き落とすな!」

漸く、我が主人が帰還した様だ。

イオフィエル様の言動はボケなのか?ハタマタ計算なのか?が全く読めない!

少なくとも我が主人にとっては、無くてはならないお方である事は確かなのだが…。


「で魔王陛下…………申し訳御座いません。口が過ぎました!」

ルシフェル様に睨まれたイオフィエル様が言い淀み、即座に謝罪した。ルシフェル様の鋭い眼光に怯んだからだ。


「ルシフェル様。イオフィエル様。そろそろ参りましょう!」


「否、やめておこう!」

ルシフェル様は即座に拒否してくる。

如何やら、人族の事は余り考えたく無い様だ!


「人族にはよ!」

イオフィエル様が間髪入れずに横槍を入れてくる。


「何がだ?…私が人族の様には見えないと…そう言う事か?」

ルシフェル様が珍しく声を荒げた。

其の通り。熾天使ルシフェル様が人族と見間違う筈は無い!


「イイエ!…彼等には我々の姿をよ…極稀に見える者も居りますが…粗、見える事は無いです!」

あ〜っ、そっちねっ!


「何故、見えないのだ!」

ルシフェル様が表情を曇らせながらイオフィエル様に疑問を呈する。

否、天使ですからね。神々同様、普通見えませんてっ!


「さぁ?」

と即答で返すイオフィエル様。

如何やらイオフィエル様も理解なさっていなかった。


だから、天使ですって!

私は心の中で叫んだ。

本当にイオフィエル様と行動を共にすると疲れる。



Szene.4

そうこうしていると、辺りが急に暗くなる。

何かが近付いて来る。

私は気配を頼りに上空に視線を向けるが未だ何も見えない。


「ルシフェル様は取り敢えず待機でお願いします…オファニエル行くぞ!」

イオフィエルが上空を睨みつけると、瞬時に左右計10枚の背翼を広げると共に結界を張って戦闘態勢に入った。

彼女の指示に従うオファニエルも、左右の背翼を計8枚広げ結界を張って戦闘態勢をとった。


「2人とも待て…私がヤル!」

私は左右の背翼を計12枚広げて2人を制止する…勿論、忘れずに結界も張っておく。


「じゃあ、3人で仲良く対応しますか?」

イオフィエルは戦闘態勢をとりながらも相変わらずの軽口を叩いてくる。

普通の人は此れが命取りになったりするのだが、彼女の場合は此れが無いと逆に命取りだ!


「解った…お前達に任せる!」

私が了承の意を伝え終わるのと同時に、上空に2枚の背翼を纏った大天使が9人姿を現した。

天使の翼の枚数は其の者の〈魔力量〉を現している。一方、魔法其の物の威力となる〈魔力の強さ〉は纏う翼の大きさで現される。此のに於いて両者には決定的に差があった。

彼等9人の大天使が纏う翼は非常に小さい代物であるのに対し、イオフィエルが纏う翼は彼女の身体よりも遥かに大きな物であり、私の翼の大きさと大差無い。そして、オファニエルの纏う翼もイオフィエルには及ばないが彼の身体よりも大きな翼だ。

此の事からも、戦わずとも勝敗は既に決しているのだ。其れなのに、どうして勝負を挑んで来るのか?私には理解し難かった。


「ルシフェル様を倒したからですよ…完全に不意打ちだったのにも関わらず、其の事実が彼等を突き動かしているのですよ!」

イオフィエルが私の思考を読んで言ってくる。

もう、溜息しか出ない。


9人の大天使は回復魔法と空間魔法を扱う術師を後方に下げて横一線に並ぶと、前に並んだ7人が攻撃魔法の詠唱を開始した。

水魔法師ウリエルが水の刃を…。

氷魔法師アリエルが氷の槍を…。

土魔法師アズラーイールが土の塊を…。

金属魔法師ラジエルが金属の刃を…。

植物魔法師ラグエルが植物の蔦を…。

雷魔法師サリエルが雷の槍を…。

重力魔法師レミエルが重力波を…。

7人が放った無数の攻撃魔法が全てイオフィエル1人に向け放たれた。


刹那、迫る無数の攻撃魔法を睨みつけたままのイオフィエルは、結界で防ぐでもなく。また回避するでもなく。全ての魔法を左手を翳して打ち消した。

底無しの強大な魔力と全ての魔法を操る彼女にとって、魔法攻撃の無力化は造作もない事だった。

攻撃を仕掛けた大天使達は一瞬で青ざめる。


「其れで攻撃したつもりか?…此の智天使イオフィエルが直々に魔法攻撃とはどの様にヤルのかを見せて遣わす故、有難く思うが良い!」

刹那、イオフィエルは詠唱すら唱えず。翳したままだった左手から、辺り一面が光で霞む程の閃光を彼等に向けて撃ち放つ。究極光魔法〈閃滅!〉である。

我等、熾天使・智天使・座天使の上位三隊クラスになると魔法の発動に詠唱は必要無い。其の為、頭でイメージして魔力を込めて撃ち出す!

ただ、其れだけだ。


イオフィエルの台詞を聞いた直後に後ろに控えていた空間魔法師メタトロンが最前列に飛び出して空間魔法〈転移!〉を発動した為、4人の大天使は難を逃れて転移した。

味方を逃し自らは散った空間魔法師メタトロン。

金属魔法師ラジエル。

植物魔法師ラグエル。

雷魔法師サリエル。

重力魔法師レミエル。

此の5人の大天使がイオフィエルの一撃で瞬殺された。

相変わらずの攻撃力で敵を塵一つ残さずに葬り去ったイオフィエルは戦神いくさがみの父と前熾天使の母を両親に持つ半神である。

彼女は両親の力を色濃く受け継ぎ、特に父_戦神から受け継いだ攻撃力は他の追従を許さず、聖魔法を除く魔法に限るならば私の攻撃力を遥かに凌駕する実力者だ。


其のイオフィエルが地上に降りると、私に深々と一礼する。

「申し訳御座いません。敵を数人取り逃しました。」


「オファニエルに来いと言っておきながら一人で片付けようとしたから取り逃したのであろうな?なぁ、オファニエル!其方もそう思うであろう?普通ならなっ…イオフィエル!其方、手加減したであろう!」

確かに、イオフィエルは前へ出たメタトロンを一瞥した後に僅かに魔力を弱めている。自らを犠牲にしてでも味方を守ろうとした其の行為に敬意を表したのかもしれない。彼女にしては非常に珍しい行動である。


「何の事でしょう?…オファニエルの獲物用に残したのですが、逃げられてしまいました。」


「そうか…イオフィエルご苦労だった!」

今は此の言葉だけで充分だろう。




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Grimoire 1:Erwachen

【登場人物】


◎ルシフェル

性別:女性 位階:熾天使 能力:全 聖魔法及び全 魔法

神の子。天使の中で唯一〈聖魔法〉を自在に操る。

無限の魔力量を誇る最強無比の天使。


◎イオフィエル

性別:女性 位階:智天使 能力:聖魔法少々及び全 魔法

戦神と前熾天使の子。全ての魔法を操る強者。

底無しの魔力量と最強の攻撃力を誇る。


◎オファニエル

性別:男性 位階:座天使 能力:全 魔法

底無しの強大な魔力を誇る強者。

純血の天使の中では最強。


◎ウリエル

性別:男性 位階:大天使 能力:水魔法

後の七大天使の一人。


◎アリエル

性別:女性 位階:大天使 能力:氷魔法

後の七大天使の一人。


◎アズラーイール

性別:男性 位階:大天使 能力:土魔法

後の七大天使の一人。


◎カマエル

性別:男性 位階:大天使 能力:回復魔法

後の七大天使の一人。


◎メタトロン

性別:男性 位階:大天使 能力:空間魔法

イオフィエルの究極光魔法により5人纏めて瞬殺される。

但し、仲間を守った結果である。


◎ラジエル

性別:男性 位階:大天使 能力:金属魔法

イオフィエルの究極光魔法により5人纏めて瞬殺される。


◎ラグエル

性別:男性 位階:大天使 能力:植物魔法

イオフィエルの究極光魔法により5人纏めて瞬殺される。


◎サリエル

性別:男性 位階:大天使 能力:雷魔法

イオフィエルの究極光魔法により5人纏めて瞬殺される。


◎レミエル

性別:男性 位階:大天使 能力:重力魔法

イオフィエルの究極光魔法により5人纏めて瞬殺される。
























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神か悪魔 ~Gesandter der Dämonenwelt~ 后令寺翔妃 @Serhild

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