梟と鶴の目指す先

水涸 木犀

episode10 梟と鶴の目指す先 [theme10:ゴール]

「いや、僕が地球に帰るよ」

 首を横に振りながら告げられた言葉に、俺は耳を疑った。

 学生時代からずっと、「宇宙に住みたい」などと言っていた彼が、見慣れた土地に戻ろうとするとは思っていなかった。

「僕はこの土地で人が生活できるくらいの調査は進めた。あとは、住みやすくするための環境を整えるだけだ。それはオウル、宇宙移行士としての君の仕事だ」

 だから、だろう。やけにあっさりした彼の言い方に違和感を覚えた。

「クレイン、それはお前の本音か?それとも計画の名分を掲げた建前か?」

「どちらも、かな」

 答えを聞くや否や、俺は彼の胸ぐらをつかむ。

「俺の前で建前を言うな。お前はどうしたいんだ」

 長身の彼にとって、小柄な俺に胸ぐらをつかまれた程度は怖くもなんともないだろうが想定外の振る舞いではあったらしい。軽く目を見開き、襟元を掴んだ手を上から押さえてくる。

「僕は、オウルの行く末を見ていたい。君の力で、新星がどのように変わるのか。この星に留まって、すぐそばで」

 彼の口調が幾分か柔らかなものに変わる。俺の手を襟元から外し、そのまま軽く引く。導かれるままに、俺は水上拠点と化したOLIVE号の船長室から外に出た。


 陸地がないこの星で外の空気を吸うために、OLIVE号の側面部には急ごしらえの甲板があつらえられていた。その上に降り立ち、彼はようやく手を離す。

「新星と地球を繋ぐための通信網をつくりながら帰還し、成果報告をする。そのためには、どうしても帰るための船と人が必要だ。無事に戻ることさえできれば、通信を使って地球にいながら、この星の情報を得ることもできる」

「俺は、自分がそうするつもりで準備してきた」

 彼は小さく頷くと、微笑んだ。

「ほら、僕にはオウルが必要だったんだ」

「どういう意味だ?」

 解せなくて問い返す俺に、彼は笑みを深くする。

「僕がOLIVE号から送信した通信内容は、覚えているかい」

「ああ。“クレインは鳩になったCrane turned into a pigeon.”だったな」

 俺がこの星に向かうきっかけとなった、彼からの通信文をそらんじる。

「そう。あの通信を送ったとき、いや文言を考えたときから、僕は地球に帰るつもりでいたよ」

「は?だってお前の船は……」

 彼が乗っていたOLIVE号は、当時の最新鋭機とはいえ復路の航行能力は無かったはずだ。

「オウルが僕を追ってきてくれるとわかっていた。計画に必要な装置を全て備えてね。本当に、僕が鳩になるつもりだったんだ。創世記に従うなら、オリーブの枝を携えて帰ってくるまでが鳩の仕事だろう?」

 新星探査計画「オリーブと鳩」は、確かに新星発見を『ノアの方舟』になぞらえている。言葉の意味を考えてみれば、彼の言う通りだ。

「クレインは、そこまで読んでいたのか」

「もちろん、OLIVE号だけでは小枝……通信衛星をくみ上げることも、地球に帰ることもできない。でもオウルは来てくれた。だったら、僕も決めたことをやるべきだ」

 そういうころには、彼の声音はいつもの快活さを取り戻していた。

「十数年ぶりにオウルに会ったから、別れるのが惜しいと思うのは本当さ。一度新星を離れてしまえば、二度と生身で対面はできないかもしれない。だが、僕たちはずっとそうだったじゃないか」

「クレインが旅立つ前までは、しょっちゅう会ってただろう」

 彼は小さく首を横に振る。

「「オリーブと鳩」に加わると決めたときから、僕たちは同じ方向を向き、同じ計画に向けてそれぞれが努力していた。僕がOLIVE号に乗った後も、それは変わらなかった。これからも、僕はこの計画から降りるつもりはない。この星に残る以上、オウルもそうだろう。一生をかけて、ふたりでひとつの世界を見いだすんだ。そこに、物理的な距離なんて意味があるかい?」

「いや」

 俺がこの星に向けて旅立つとき、生きている彼にまた会いたいという思いは強かった。だから、離れがたいと感じるのは俺も同じだ。それでも、彼が無理をして地球に帰ろうとしているわけではないことは理解できた。


「わたしも、地球までお供します!」

 そこに、聞き覚えがある女性の声が割り込んできた。OLIVE号の窓が開くのが見えて、俺は頭を抱える。

「ミノリ、聞いていたのか」

「船長同士の会話ですよ?「オリーブと鳩」を追ってるジャーナリストとして、話を聞かないわけにはいかないじゃないですか」

「相変わらず取材意欲が旺盛だな」

「当たり前です!」

 俺と彼女の会話を興味深そうに聞いていた彼は、小首をかしげる。

「ミノリ、といったか。しかし君は、オウルのことが」

「いいんです」

 彼の言葉をいきおいよく遮ると、彼女は栗毛の髪をなびかせて俺たちの間に立った。

「オウルさんのことは10年以上、近くで取材させてもらいました。警戒心が強くて、頭が固くて、人とコミュニケーションをとるのが苦手で、話を聞くのに苦労しました」

「おい」

 どれも間違ってはいないので反論は難しいが、今彼に向かって言われるのは不本意だった。彼女は気にせず言葉を続ける。

「でも、話していくほど、オウルさんの一途さに引き込まれました。明確な目標を持てば、ぶれずに動ける。目標のためなら、不可能に思われることでさえもやってのける。不器用に見えて器用で、遠回りに見えて最適解を見いだして。こんなに目が離せない人には、あとにも先にも出会わないと思います」

「同感だな。僕も、オウル以上の人物には会えないと思っているよ」

 突然の持ち上げと彼の共感に、居心地が悪くなる。しかし二人とも、俺の様子を気にするそぶりはない。案外、このふたりは似ているのかもしれない。

「ありがとうございます。……でも、わたしにも目標はあります。「オリーブと鳩」の全貌を暴き、見聞きしたことを地球中の人々がわかるように伝えること。オウルさんたちのような専門家でなくても、この計画について知り、考えるための素材を示すこと。オウルさんと共に在りたい気持ちもありますが、それ以上に、地球でやりたい仕事が山ほどあるんです」

「そうか」

 彼は頷くと、ようやく俺に目を向けた。

「オウルは、それでいいのかい?」

「ミノリは、俺が言って聞く奴じゃない。目標に対してぶれずに動く力は、俺よりミノリの方が上だ。クレイン、彼女を頼む」

 お前も、言って聞く奴じゃないからな。そう心の中でつぶやいて頭を下げる。

「頭を下げる必要は無いさ。このぶんなら、僕も彼女に質問攻めにされそうだからね。君がこの星で宇宙移行士の力を発揮する間、僕たちは地球で君の功績を守り続ける。もちろん能動的な意味でね。僕には技術、彼女には言葉がある」

「地球に帰るまでは安心できないぞ」

 恥ずかしさをごまかすため、ぶっきらぼうに言うが二人は堪えた様子がない。

「もちろん、万全を尽くすさ。僕は宇宙飛行士だ。宇宙の航行なら、君より得意さ。必ず、地球に戻る」

「帰る前に死ぬわけには生きません。なにがあっても、隕石に取り付いてでも帰ります」

「それはさすがに無事では済まないぞ」

「比喩です、比喩! 相変わらず、頭が固いんだから」

「変わらないな、オウル」

 二人は顔を見合わせて笑う。話のだしにされた感が否めないが、二人の様子を見ていると俺も自然と笑みがこぼれた。

「わかった。全員が後悔しない方法がそれなら、各々自分のなすべきことをするか」

 互いに頷き合い、空を見上げる。


 行く道は別れても、意識を向けるものは同じ。この宇宙が続く限り、俺たちは同じ思いを抱いて生き続ける。


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梟と鶴の目指す先 水涸 木犀 @yuno_05

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