【お題全部盛り】ゴールの無いオルゴール

kanegon

【お題全部盛り】ゴールの無いオルゴール

【起】


 私はオルゴールだ。

 正確に言えば、オルゴールの箱の上にあるからくり人形だ。オルゴールのネジを回すと『翼をください』のサビの部分の曲が流れ、箱の上の私が薪を背負って両手で本を開いて読んだ状態で走るのである。

 そこまで言えば、私が誰であるか分かったであろうか。勤勉の象徴として尊ばれている二宮金次郎である。小学校の校庭でよく見かける銅像のあの人だ。

 近年では、薪を運び歩きながら本を読んでいるのはブラック労働を容認しているとか歩きスマホの遠因になるとか言われて、座って本を読んでいる二宮像も作られているらしい。時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、いくらなんでもそれはもはや二宮じゃない。そいつとは仲間とは思われたくない。

 ちなみに読んでいる本だけど、中国の古典である四書五経のうちの『大学』という書だ。私以外の二宮像もまた、同じ『大学』という書を読んでいる読者仲間なのだから、それを読んでどういったことを学び感じたのか。ぜひ意見交換してみたいものだ。

 だけど私は忙しい。働く。学ぶ。走る。働く。学ぶ。走る。繰り返しだ。座って休む暇など無いのだ。

 休みがほしいとは思わない。オルゴールなので、回っていない時は立ち止まって本を読んでいる格好になる。

 正直な気持ちを素直に言うと、俺のような変わり種ネタ枠オルゴールではなく、普通のちゃんとしたオルゴールとして生まれたかった。恋愛映画の中でイケメンの彼氏が彼女の誕生日プレゼントとして贈るような、素敵なオルゴールが良かった。だったら、今頃、俺の持ち主はきれいな女性だっただろう。

 現実はというと、太めで強欲そうなブサメンのオッサンが俺の持ち主だ。親や上司は選べない、とよく聞くけど、オルゴールの持ち主も選べない。

 オッサン、存在自体がウザいな。持ち主は選べないから仕方ないけど、ずっと部屋の中で顔を突き合わせているのは、からくり人形だから呼吸はしないけど息苦しい。

 部屋から出て行けよ。というか、仕事をしに行けよ。リモートワーク、だと? それ、本当に仕事しているの?

 持ち主が部屋から出て行かないなら、俺が出て行きたいよ。

 翼がほしい。歌の気持ちが今なら分かる。曲自体はパッヘルベルのカノンのコードだから多くの人に心地よく聞こえるメロディラインなんだけど、歌詞が心に響く。ただしオルゴールだから歌詞は無いんだけど。



【承】


 全地球規模で危険な新型ウイルスが猖獗した。

 特効薬も無いし、ワクチンもまだ開発できていない。

 ウイルス禍でどこにも出かけることができない。部屋に引きこもってせいぜいスマホゲームでもするくらいだ。でもしばらくプレイしていると飽きてくるし、同じ体勢でいると体があちこち痛くなってくる。ダルいし、ちょっと喉も痛い。おうち時間とか言われているけど、みんな本当に家に閉じこもっているのだろうか。出歩いているから感染拡大が止まらないんじゃないのか。

 俺は気晴らしに部屋の中を眺めてみた。彼女から宅配で送られてきたオルゴールが棚の上に飾られているのが目についた。

 彼女の趣味はソロキャンプで、一人で全国各地に旅行して、その地でキャンプをして、ついでに何かヘンなお土産を買って、俺に送ってくれる。二宮金次郎オルゴールもまた、送られてきたヘンなお土産だった。どこで買ったのかは知らないし、知る必要も無い。

 オルゴールが回ると『翼をください』の曲が流れて二宮金次郎が走る、というコンセプトもヘンだけど、彼女が言うのはこれは呪いのオルゴールなのだそうだ。

 仏の顔も三度まで、という言葉がある。仏の顔も、二度までなら殴っても許されるけど、三度目はダメという意味らしい。それって、右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、と言っていたキリスト教と同じじゃないのかな、とか思ったけど、深く追及する必要も無いだろう。

 この二宮金次郎オルゴール、ネジを回せば金次郎が走る。また回せば走る。オルゴールなのだから当たり前だが、ネジを回せば延々と走ることになる。つまりゴールが無く、永遠に走り続けることを強いられる。

 これには、いくらブラック労働に対しても唯々諾々と従っていた二宮金次郎もキレる。

 仏の顔を殴っていいのは二度までだが、オルゴールの二宮金次郎を走らせていいのは二十回までだという。二十一回目を走らせた時、金次郎は怒り、呪いが発動するのだという。

 具体的には、どうなるのだろうか。

 それ以前に、どうしてこれが呪いのオルゴールだと彼女は分かったのか。実際に二十一回ネジを回したのでもあるまいに。

 直観で分かった。と彼女は言っていた。もちろん直接は会わず、スマホで電話である。

 おうち時間があまりにも退屈なので、二十一回チャレンジやってみようか。



【転】


 私のようなオルゴールというのは大抵、最初に何回か回してどんな音楽が流れてからくり人形がどんな動きをするのかを楽しみに見るけど、基本的に同じ動きしかしないのですぐ飽きて、そんなに何回も何回も回す人はいない。ただ回すことに飽きてしまったとしてもオルゴールは箱自体にもきれいな飾り付けがされていて、置いているだけでもインテリアとして瀟洒で素敵なものであるのが普通である。

 普通は。

 私は普通のオルゴールではなく、いわゆるネタ枠だ。学校の七不思議でよく聞く、校庭の二宮金次郎像が夜中にグラウンドを全力疾走する、といったものを体現したかのようなネタオルゴールだ。箱はきれいに飾り付けられているけど、インテリアとして素敵なものじゃないだろう。

 私の持ち主が、何を考えたのか、何回も何回も私を回す。

 これ、ずっと部屋の中に籠もっているのでストレスが溜まっているのだろう。私を回すことによって、恋人のことを思い出しているのか、なんかニヤニヤした気持ち悪い顔の表情をしている。

 音符の階段を転がりながら降って行くようなカノンコードの曲を背景にして、二宮金次郎が走る。ただひたすら走る。走っても走ってもゴールは無い。

 オルゴールのゼンマイが力を失うと、曲はゆっくりと止まり、二宮金次郎も立ち止まる。

 止まったと思ったらまた、持ち主がネジを巻く。二宮金次郎はまた走り出す。

 これじゃあまるで、持ち主のパソコンの画面に映っているカクヨムのKAC企画みたいじゃないか。

 オッサンの粗雑な指がネジを乱暴に回す。やめろ。俺のゼンマイは繊細なんだ。基本的に女性の繊細な指で優しく回されることを想定している。そんなに強く巻いたらゼンマイが傷んでしまうだろう。強く巻いたからといって二宮金次郎が速く走るわけでもないし、長い時間走り続けるわけでもない。

 ネジを巻いて、音楽と共に走って、またネジを巻いて、金治郎が走る。

 ムキになっているのか、持ち主は繰り返しネジを巻く。これはソシャゲの石割りガチャでハズレが連続した時の心境に似ているんじゃないだろうか。こういう時こそ冷静さが求められるのだが、持ち主にそれを求めてもしょうがなさそうだ。

 本人はネジを巻いた回数など意識していないだろうけど、これで二十回連続で巻いた。

 二十一回目。乱暴な扱いが祟ってか、ネジを巻くハンドルのバーがパキっという音と共に折れた。



【結】


 オルゴールが壊れてしまった。蝶ネジのバーが小気味よい音を立てて折れてしまった。

 その瞬間、俺の心を白く覆っていた靄が、少し晴れたような気がした。

 俺の彼女はソロキャンプとかなんとか言って外出しまくっている。三密は回避して、常に一人での行動を心掛けているらしいけど。まあそれはいい。

 でも俺は、どうしておうち時間を過ごさなければならないのだろうか。

 それで、彼女が旅先でゲットした呪いのオルゴールを、彼氏である俺に贈ってくれた。呪いのオルゴールを、わざわざ贈るか?

 彼女って、どんな容姿だったっけ。ぼっちで人付き合いが下手で、小説を書いてネットの投稿サイトに載せているけど読者もいなければ仲間もいないようなどうしようもないDTの俺の、どこを好きになってくれたというのか。

 スマホに彼女との会話履歴はあるだろうか。スマホなんてゲームでしか使っていないだろう。

 俺、彼女なんか最初からいなかったんじゃないのかな。生まれてからこの年齢まで、彼女がいた時間は一秒たりとも無かったはずだ。ようやく理解した。俺の彼女はリアルの彼女ではなく、俺の妄想が生み出したイマジナリー彼女だったんだ。だから具体的な容姿のイメージも無い。スリーサイズの設定も無い。

 そこまで認めれば、色々と腑に落ちる事象が多い。おうち時間の考え方も逆だった。俺はおうち時間を過ごさなければならないのではない。ウイルス禍があるとか無いとか関係無く、俺はおうちに引き籠もっているんだった。

 じゃあ、この呪いのオルゴール、彼女からのプレゼントじゃないのだとしたら、どこから来たんだ?

 俺は咳をした。喉が痛い。咳をしてもひとりだ。そういえば熱っぽい。体のダルさが更に重くなったようだ。不健康な生活をしているから体調が優れないのは仕方ない。

 それにしてもおかしいな。例のウイルスは三密を回避していれば感染しないはずだけど。引きこもりで誰にも会っていないのだから、単なる風邪かな。

 意識がぼーっとし始める頭の中で、真実が閃いた。

 世間的に流行っているのはウイルスかもしれないけど、俺の症状はウイルス由来とは違う。誰にも会っていないのだから感染するはずがない。だけど、今の俺が罹患しているのは、ウイルスの症状と同じ症状の呪いなんだ。呪いならば、誰にも会っていなくても症状が出てくるだろう。

 オルゴールがいつどこから俺の部屋に来たのかは分からないが、俺は既に呪いに絡め取られていた獲物だったのだ。

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