魔王です。世界征服という目標を成し遂げたのですが、その後の維持管理で泣きそうです。

荒木シオン

世界を征服したものの……。

 おかしい。絶対におかしい。

 私たち魔族まぞくは人類との全面戦争に勝利し、ついに世界を手に入れたはずだ――、


「陛下! 陛下! また保護区ほごくで問題ゲス!」


 ――なのに、どうして戦後のほうが人類になやまされるのか。

 

 血相けっそうを変えて執務室へんできた保護区大臣であるゴブリン族のタラカンから報告書を受け取り、頭を抱える。


「今度はどうした? またぞろ保護区を無断で逃げ出したか?」


 書類に目を通しながら、め息まじりに問いかければ、


飢饉ききん! 飢饉でゲス! 北方で大凶作だいきょうさく! 現状のままでは死者が出ること多数!」


 割と深刻な問題が発生していた……。


「またか! またなのか?! これで何度目だ!? タラカン! 貴様、ちゃんと農耕指導のうこうしどうは徹底しているのであろうな?!」


万事万端ばんじばんたんでゲス! しかし、彼らは【勇者】に教えられた農法をかたくなに守り、我々の指示を無視するでゲス!」


「おのれ、勇者め……死後も我らの邪魔じゃまをするか……」


 忌々いまいましいヤツを思い出し、思わず苦虫数十匹をまとめてつぶしたような表情を浮かべると、それを見て小さく悲鳴を上げるタラカン。


 勇者、それは戦時末期せんじまっき、人類側に突如とつじょとして現れた特異存在とくいそんざい

 幼少から個人で万軍ばんぐん匹敵ひってきする武力をほこり、また未知の技術と知識を数多くゆうするという、この世の常識から逸脱いつだつした化け物。


 ヤツのせいで私たち魔族軍は多大な犠牲を払うことになり、人類は反抗する意志を最後まで捨てなかった……。

 当時、勇者さえいなければ各地における魔族軍の侵略しんりゃくとどこおりなく進み、食糧難しょくりょうなんにより兵站へいたんの維持が難しくなっていた人類はもっと早期に降伏こうふくしているはずだったのだ……。


 なのに、その出現で全てがくるった。

 人類は勇者の武力で魔族を退しりぞけ、その技術と知識で食糧しょくりょうなどの自給率を格段に上げ、兵站の復旧に成功した……してしまった。

 あとはもう、勇者を魔族がち取るまで泥沼の戦争が続くだけだった……。勇者、それはまさに不倶戴天ふぐたいてんの敵である。


 さておき、そんな成功体験がなまじあるせいか、人類は勇者に教えられたことをかたくなに捨てない。今回の飢饉ききんにしてもそうだ……。

 原因はハッキリしている。ヤツがもたらした作物が人類の生存圏せいぞんけんである北方にはてきさないのだ……。


 だから、私たちは北方で育つ作物とそれの正しい栽培法を教えているのだが……、


「ヤツらはなにも聞かないでゲス! ガジャイモが育つなら勇者が与えてくれたサツマイモも育つはずだと、我々を無視するのでゲス!」


 これである……。確かにヤツがもたらしたあの芋は優秀な食糧だ。むしろ、ほのかな甘みがある分、ガジャイモよりも美味おいしかろう。

 しかし、土地と気候が違えば当然、作物の生育状況も変わってくるわけで……なぜ、そんな簡単なことも分からないのか。はぁ~、人類はおろか。


「まぁ、しかし、手を打たぬわけにもいかぬか……。しかたない、タラカン! 関係部署に連絡し、飢饉ききんの発生地域へ食糧の支援を頼む」


「了解でゲス! しかし、陛下? どう手をほどこそうと、ヤツらは感謝の一つもしないでゲスよ? もう、いっそ根絶ねだやしに――、「タラカン!」


 言葉をさえぎり、大声でその名を呼ぶと肩をビクリと震わせだまむ。


「いけ、そして早急に食糧支援を行え」


 再びの指示にタラカンはペコペコと頭を下げ続け、逃げ出すように執務室をあとにした。

 

 はぁ~、分かっている。分かってはいるのだ。

 そうした考えが魔族の中に一定数あるというのは……。


 しかし、私が人類を根絶やしにできず、あまつさえ北方に保護区域を制定せいていし彼らを存続させ続けるのには理由があった……。

 そして、その最たるものが忌々いまいましいことに【勇者】の存在だ。


 当時、突如とつじょとして現れたあの化け物じみた人類の救世主。

 ヤツがなぜ生まれ、どこから来たのか、私たちは様々な研究を行った。

 その結果【勇者】という存在は、この世界の神々が人類を救うために使わした、別世界の存在である、という結論に至ったのだ……。


 現人類、その大多数を占める真人種しんじんしゅはこの世界の創造神ディオスが自身の姿をしてつくったモノだと伝える神話は確かにあった。

 しかし、それが【勇者】という埒外らちがいの存在のせいで逆説的に裏付けられてしまった。


 ――人類を追い込みすぎれば最後、神々が黙ってはいない。


 ゆえに人類がどれほどおろかであろうと、私たちはそれを滅亡させることができないのだ。

 窮鼠猫きゅうそねこむどころの話ではない。彼らを滅ぼせば、次にこの世から消滅するのは我々、魔族のほうだ……。


 はぁ~、夢に見た魔族の魔族による魔族のための世界運営とはなんだったのか……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 人類との全面戦争に勝利し、世界を手にして二十五年。

 今でも多少の衝突はあるものの、私たち魔族と人類はどうにか平穏へいおんに暮らせるようになっていた。


 この数十年、色々なことがあった。

 度重たびかさなる飢饉ききん疫病えきびょう、暴動、反乱、天変地異てんぺんちい、それら全てをどうにか処理し、私たちは人類を存続させつつ世界運営を行っている。


 いや、しかし……人類とはおろかな上に、脆弱ぜいじゃくな生き物であると最近、改めて思う。

 その中で最も厄介やっかいなのが彼らの生存率と生育速度の問題だった……。

 生まれてから成体になるまでおよそ二十年、その間に様々な要因で半数の幼体が命を落とす……生存率、低すぎである。


 これは私たちからしてみると衝撃的な数字だった。

 なぜならゴブリンなど生後半年で成体になり、立派な戦力として運用できたからだ。

 人類よ、この生存率と生育速度でよく魔族と戦争をしたものである。はぁ~、やはり人類はおろか。


 しかし、そんな彼らを私たちは手厚く保護し、今まで存続させてきた。実に偉い!

 だというのに――、


「陛下! 陛下! 人類保護区西南で反乱が発生! なお、人類軍の中には【勇者】と思しき存在が確認されております!」


 ――どうしてこう、私たちの努力を水の泡にするのか。


 大慌てで駆け込んできた軍務大臣、オーガ族ガントンの説明によると反乱軍の数は実に五万に上るという。

 現人類の人口が四十万であるのを考えると、なかなかの大軍勢である。


 これも勇者効果か……。このような事態をけるために、私たちは【勇者】について細心さいしんの注意を払ってきた。

 具体的に上げると、勇者の囲い込みである。

 勇者と思しき存在が産まれたら、その親を含めた一族郎党いちぞくろうとうに貴族階級を授け、王都周辺でそれはそれは豪勢ごうせいな暮らしを享受きょうじゅさせたのだ。

 

 結果、終生安定した生活と特権階級欲しさにこの数十年で十人もの【勇者】を私たちは手中に収めることに成功した。

 たまに【偽勇者】も混じっていたが、今は関係ないので置いておこう……。


 さておき、そうしたさくろうし、人類から【勇者】を取り上げていたにもかかわらず、起こった不測の事態。

 一体全体、これはどうしたことか? なぜ今回に限って【勇者】がすり抜けた?


 考え込んでいるとその悩みが顔に表れていたのだろう、軍務大臣のガントンがおずおずとした様子で捕捉する。


「陛下、恐らく今回の【勇者】は現地で生まれ育った者ではありません。密偵みっていの話を勘案かんあんすると、突如とつじょ現れた模様です。つまり、異世界から【召喚】された【召喚勇者】です!」


 なるほど異世界から転生させるわけでなく、直接連れてきたか……。私たちの網をすり抜けるわけである。

 しかたない……ことここにいたったなら軍を出動させ、鎮圧ちんあつするしかない……。


 たった二十五年、短い平和でだった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 第二次人魔大戦の開戦から一年。

 数で圧倒する私たち魔族軍を、人類軍はものともしない進軍を続けていた。神々から数々の加護かごさずけられた【召喚勇者】恐るべしである……。


 しかし、それでも私たちがなんとか善戦ぜんせんできたのは、ひとえに【現地勇者】を囲い込めていたからだろう。

 彼らの活躍で戦線を維持できていなければ今頃、私たちは大敗の上に大敗を重ね、滅亡していたはずである……。


 そうして私たちは今日、人類たちと講和条約こうわじょうやく締結ていけつする。

 我々、魔族は疲れ切ったのだ……おろかな人類と戦うのに。魔族の魔族による魔族のための世界を夢見て突き進み、ゴールした。しかし、その先は地獄だった……。

 もう、彼らの面倒なんて見たくない……。


 だから人類を引き連れ現れた【召喚しょうかん勇者】に私は願うようにしてこう言った。


「おぉ! 勇者! 世界を半分、もらってくれ! いや、マジで!!」


                  完

 

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魔王です。世界征服という目標を成し遂げたのですが、その後の維持管理で泣きそうです。 荒木シオン @SionSumire

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