神々の筏(いかだ)

@HasumiChouji

神々の筏(いかだ)

「我々は、確かに『神々』と言ってよかろう。君達から見ればね」

 金髪に青い目。それも……人間の髪や目には有り得ない、黄金の細糸のような髪と、サファイアのようなあざやかな青い瞳。

 私がこれまで見て来た様々な美術品に描かれ……あるいは彫られているどの「美青年」よりも美しいその男は、そう説明した。

「だが……我々も君達人間が生み出してきた素晴らしいものには、敬意を抱いている」

「神よ……その事と……私の問いに何の関係が……」

 いや、ひょっとして……私が成した事の中に、神々でさえ敬意を抱くような「何か」が有ったのだろうか?

「例えば……君達の生み出した宗教や哲学にも興味深いものは有る……。時に、仏教の『いかだの喩え』と云うのを御存知かな?」


 奴らを信じてなど居なかった。宣伝や国を統治する為に利用してきただけだった。

 もちろん、「信じているフリ」とは……と言うか「信じているフリ」こそが……「信じているフリ」である事を悟られた時点で失敗だ。

 そして……奴らは、私が奴らを信じている、と信じた。その結果、奴らがやらかした暴走の数々には頭を抱える羽目になったが……。

 だが……最早、奴らのタワ言を本当に信じるしか無い。

 奴らとは……「オカルティスト」「魔術師」「『新しい科学』の徒」……呼び方は何でもいい。要は詐欺師か狂人の少なくとも片方に属する連中の事だ。


 私は、床に「黒い太陽」と呼ばれる紋様が描かれた地下室で……その呪文を唱えた。

「スマシイガネオエマデデマチンバチイメウョチッイクダヨチトウョキウト。ラサトヒザウョギトリモオオンメーュシーャチ」

 生贄は……生贄は……。

「あのさ……その儀式、何の意味も無いよ。僕達は……この世界に好きな時に現われる事が出来る。君が今やった『召喚」だか『喚起』だかの魔法を使わなくてもね。単に『余程の事が無い限り、この世界に来ないのが』と云うのが我々の不文律なだけで」

「えっ?」

 私とは「黒い太陽」を挟んだ部屋の反対側に……その若者は出現していた。

「ああ……事情は大体判ってる……。もう少し早く来るべきだった……。君が……結婚したての自分の奥さんを……生贄として殺す前にね。全く何の意味も無い。君達が我々をどんな方法で呼んでも、我々がこの世界に来る事を強制する事は出来ないし……逆に、我々がこの世界に来る必要が有る場合は……君達はどんな方法を使っても、それを阻止出来ない……。君がやったのは無意味な殺人だよ」

「で……では……」

「ああ、君が僕に聞きたい事も判っている。君がやった他の殺人は……我々にとって無意味では無い。倫理的な議論の余地は……大いに有るし、我々の間でも議論になっているが……少なくとも無意味では無い。この世界を……我々にとって都合が良い方向に変えてくれたよ」

「で……では……神よ……。私の行為は間違っていなかったのですか?」

「言った通りだ。他に、もっと人の死が少ない方法は有ったかも知れないが……少なくとも我々にとっては役に立った」

 そうか……では……私のやった事は……全くの間違いでは無かったのか……。

 私が神の御役に立てたのなら……。

「では……私は神々の宮殿ヴァルハラに行けるのですね……」

 神は……にこやかな笑みを浮べた。

「その事については、ちょっと説明が長くなる……。そうだな……」


「二千年以上前……インドでゴータマ・シッダールタと云う宗教家……君達には『ブッダ』と云う呼び名で知られている人物が、弟子に、こう云う喩え話をした。『ある旅人が、大きな川に差し掛かった。しかし、船が無い。そこで流木で筏を作り川を渡った。では、この旅人が、その後、筏を打ち捨てるのと、筏を背負って旅を続け……そして、神でも崇めるように、役に立ってくれた筏に感謝し続けるのと、どちらが賢いであろうか?』とね」

「えっ?」

「さて、残酷な真実だ。この世界は我々の実験場で……君達人類は実験動物だ。しかし……我々は、つい最近……と言っても君達の時間で数十年から百数十年前だが……実験場の環境と実験動物達の行動パターンを大きく変える必要に迫られた」

「か……神よ……何を……言われて……」

「しかし、それをやるのに、最善の手を打つ為の準備時間は無い。そこで、我々は……この世界に有る、ありあわせのモノを組合せて、急拵えの道具を作った。その道具の一つが……君達……だよ」

「えっ?」

「さて、君の質問に対する答えだが……『天国』だの『ヴァルハラ』だのが仮に実在したとして……何故、我々が、そこで『急拵えの筏を作るのに使った流木の内の1本』を半永久的に保存しておく必要が有るのだね?」

 神が言った事は……確かに私の耳に入った。しかし……その意味を理解するのに要した時間は……。

「き……貴様……本当に神なのか?」

「ああ、確かに君達人類を生み出し管理している存在と云う意味では……『神々』の一員だな。そして……そうだな、古代より、この辺りに現われる時には……僕はこう名乗ってきたよ。『いたずらの神ロキ』とね」

「ふ……ふざけるな……。何が目的で、ここに来た? 答えろ」

「その前に、これだけは言っておこう、。君達が……人類史に残る『悪』として記憶される事で、人類の行動や思考のパターンは変わっていくだろう。我々が望んでいた方向にね。そう云う意味では、君達は『急拵えの道具』にしては良い仕事をしてくれた。そして、僕がここに来た理由は……だよ」

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