虹の向こうへ

一帆

第1話

 私は、コツコツタイプの人間に分類されると思う。それは、多分、小学校の時の担任の言葉と母親のせいだ。


『人間、ゴールを決めないとどこへ行ったらいいかわからなくなる。そうなると、すべてが中途半端になって、人生に不満を持つようになる』


 実際、自分の母親がそうだった。編みかけのセーター、作りかけのパッチワークやドールハウス……、何もかもが中途半端に散らかされていた。そして、すべてのものが気に入らなくて、文句と愚痴ばかり言っていた。


『遠い場所にゴール地点を決めると、途中でくじけやすい。だから、少しずつ小さな目標をたててクリアするようにしなさい。それは遠回りに見えても、ゴールに到達できる最短の方法だ』


 先生はそう言った。子どもながら、すごく納得したことを今だに覚えている。だから、私は、いつもちょっと頑張ればできそうな目標を立てる。そしてそれをクリアしようと努力する。いつのまにか、それが自分の生き方になっている。




 自分の過去を振り返りながら、私は自分に向かってくるアオムシのお化けのような魔物を斬る。全身に、腐ったドブのような匂いがする緑色の液体がかかる。でも、そんなことは気にしていられない。


 ―― ワープポイントへ行く。


 この先に、虹の根もとに行けるワープポイントがあるという噂を聞いた。そこは、今の私の中の目標だ。


 息が上がる。もう何匹倒したのだろうか……。緑色に染まった剣を振り上げる腕に力が入らない……。アオムシのお化けのような魔物は斬っても手ごたえはない。さくっとスライムを斬るようなものだ。

 でも……、一つ斬っても次が現れ、一つ斬っても次が現れ、私の決意をあざ笑うかのようのようにおわりが見えない。

 体中にかかった緑色の液体が私の体力は奪い、気力をも奪い去る。100Mほど戻れば、この洞窟の入り口と繋がっている場所に戻れる。


 ―― 戻れば、温かいお風呂が待っている……。


 誘惑が心の中で囁く。私は誘惑を追い出すようにに大声をあげて、頭を振る。


 「隼人とどちらがはやく虹の根もとに着くか約束したんだ。絶対に行く!」

 

 この世界に一緒に来た友人の顔を思い浮かべると、私は剣をぐっと握りなおした。







 どうしてこの世界に来たのかはわからない。でも、私のまわりには、私と同じように飛ばされてきた人が大勢いた。大きな広場にぎっしりと人が埋め尽くしている。

当惑する声、怒声、涙声、悲鳴、歓声、……。私は、学校の帰り道、たまたま一緒に歩いていて同じようにこの世界に飛ばされてきた隼人と顔を見合わせる。


『ボクの作った迷宮へようこそ! 大歓迎するよ♡ 面白いものを見せてね♡』


 突然、空から降ってきた声。ぞろぞろと人波にまかせて隼人と一緒に広場の外にでると、そこには、流行りのRPGゲームのような世界が広がっていた。ピンクした白衣のような人が私達の方に近寄ってくる。この世界についてあれこれ喋っている。ゲームで言うところのナビゲーターと言ったところかな?


「あの虹の根もとにあるゴール地点にいけば、元の世界にもどれるという噂だ」


 隼人と顔を見合わせる。確かに、目の前には町の向こうに山があり、その向こうに七色の虹がかかっていた。


「どうする?」

「どうって、俺は、とりあえず虹の根もとに向かうことを選ぶ。何もごともチャレンジさ。そういう、亀山は?」

「私は、まず、この世界のことを調べることにする」

「そうか。お前って、ほんと名前通りだよな」


 悪口を言われたかと思って私が眉を寄せる。隼人は、手を大きく振って笑う。


「ちがうちがう。ブレないし、慎重だって言いたかったんだ。お前の名前、慎香よしかだろ? 」

「よく読めたね? たいてい、しんかって言われるよ」

「まーな。お前さ、結構じっくりコツコツタイプじゃん?」


 照れ隠しなのか、隼人が頭をぽりぽりと掻く。


「……、オレさ、お前のそういうところ好きなんだぜ?」

「はい????」


 いきなりの隼人の爆弾宣言???


 これはなにか補正がかかっているに違いない。私はさらに眉を顰める。隼人は自分が失言したことに気が付いたのか、大きく両手をふる。耳まで赤くなっている。


「あー!! 誤解、誤解だってば!!」

「あ、それはもっと傷つく……」


 私は、わざと、目元に手をあてて泣いているようなそぶりをする。隼人がコホンと咳払いをして、胸に手をあてている。スーハーと息を吐いたり吸ったり、深呼吸をする。


「…… お前が、オレについてくるって言わずに、まずは調べて、それから考えるって言ったことに妙に納得したワケ」


 ―― なんだ。私のことを好きなわけじゃないんだ。


 私は、自分の唇が少し尖がっていることに気がつく。異世界に飛ばされて、ゲレンデマジックにかかったのかと一瞬でも思った自分が恥ずかしくなって、あわててそっぽをむく。


 そして、ふたりで噴出して笑い合った。いきなりこの世界に連れてこられたけれど、隼人がいてよかったと思う。


 二人、並んでRPGのゲームのような世界を見る。空は絵の具を塗ったように真っ青だ。オレンジ色した太陽みたいなものが輝いている。空には白い月が三つ浮かんでいる。私達の前をオオトカゲにひかれた荷車が走り去る。マンガでしかみたこともないようなマントを翻している人がいる。じりじりとした暑さが肌に纏わりつく。むっとした砂埃がたつ。獣の匂いのような銀杏を潰した時の匂いのような不思議な匂いが鼻に届く。私達が見ているこの世界が、ゲームの世界ではなくて、現実だと知る。


 隼人も目を細めていたけれど、背中のリュックを背負いなおした。そして、私の方を見た。


「じゃあ、ここでお別れだね」


 私は、自然と右手を差し出した。隼人がぎゅっと握り返す。


「ああ。それじゃあ、どっちが先にゴール地点に着くか競争しようぜ?」

「?」

「お互い、なにか目標があったほうがいいだろ?」


 隼人が片目をつぶって見せた。確かに目標があるほうが、心が折れずに頑張れると思う。この世界、死んだら終わりだとさっきの白衣のような服の人に言われた。それを聞いて、ゴールしなくてもいいんじゃないかって誰かが言っていた。


「…… まるで 『ウサギとカメ』みたいだね」

「オレが昼寝して、お前に負けるとでもいいたいのか?」


 繋いでいた手を離して、隼人が右手を天高くあげてウルトラマンのようなポーズをとる。


「よっしゃー! 俄然、やる気になった。そっこーで虹の根もとについてやる。そしてそこで昼寝をしてお前を待ってやる!」





 「お互い、がんばろーぜ」

 「オッケー! じゃあ、今度会う時は虹の根もとで!!」






 あれから、随分時間がたった。少しずつ、少しずつ目標を決めてクリアしてきた。

お金を100金貨貯めること、剣をふれるようになること、薬草を見極めること……。


 目標をクリアする度、隼人の顔を思い浮かべる。隼人のことだ。虹の根もとで昼寝をしているとは思えないけど諦めないで頑張っていると思う。


 だから、私も戻らない。まずは、このアオムシのような魔物を全て倒してワープポイントへ行く。絶対に行く。


 



                               おしまい


 

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虹の向こうへ 一帆 @kazuho21

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