夢迷路
久世 空気
第1話
夢を見るようになった。
夢の中の俺は幼かった。あの頃俺は迷路にはまっていた。子供用の絵本の迷路を指でなぞる。「スタート」から迷いながら進み、「ゴール」にたどり着くのが楽しかった。
「ほら、これもやってごらん」
夢の中で兄が手書きの迷路を渡してくれた。少し年の離れた兄は、こうやって自作の迷路を作っては俺に解かせてくれた。俺はそれが楽しみだった。
夢の中で、その迷路をのぞき込んだ瞬間、兄が迷路の中にいた。
「助けて!」
泣く兄をゴールに導こうと、指を迷路に這わせていくが、いっこうにゴールにたどり着かない。
「おねがい、助けて、ここから出たいよ」
兄の懇願する声を聞きながら、一生懸命ゴールを探す。それなのに迷路はどんどん広くなる。
そして――
「そこで、目が覚めるんです」
「怖い夢ね」
話を聞いてくれたのは兄の同級生だった里見さんと金木さんだ。
兄は小学5年生のときに行方不明になった。品行方正だった兄が家出するわけがなく、誘拐と思われたが結局15年たった今でも見つかっていない。
俺は今になって毎日、兄の夢を見るようになった。目が覚めると俺は泣いていた。オカルトとかを信じたことはない。でも兄に関することは無視できなかった。もしかしたら何か意味があるのかもしれない。そう思って当時俺たち家族が住んでいた街に戻ってきたのだ。
兄のクラス名簿から数人に連絡を取ったところ、地元で家業の小料理屋を継いだ里見さんに話を聞けることになった。里見さんは気を利かせてくれて、同じく地元にずっと住んでいる金木さんも呼んでくれた。
閉店している店の、カンターの中で里見さんは厳つい顔をしかめて俺の話を聞いてくれた。里見さんは男子の中で一番兄と遊んでいた友達で、金木さんはずっと一緒のクラスだった女子だ。
「確かに青山君はよく教室で迷路、描いてたね」
懐かしそうに金木さんが言う。
「それもあるけど、俺は遊園地の巨大迷路を思い出したな」
「巨大迷路?」
「覚えてないか? 昔この街にあった遊園地、今は閉園してるけど、そこに巨大迷路があったんだ」
そういえば遊園地に行った記憶がある。そこで兄が迷路に入る姿を泣きながら見送った。
「あ、年齢とか、身長制限ありました? 俺、まだ幼稚園児だったから」
「そっか、あったかもね。ちょうど青山君がいなくなるあたりで閉園になったの覚えてる」
あのとき、多分ゴールで兄のことを待っていた。きっとそのときは出てきたはずだ。でもゴールから出てきた兄の姿まで思い出すことは出来なかった。
「ないとは思いますけど、迷路を取り壊すとき人の骨とか出てきてませんかね」
「あれ、まだあるぞ?」
里見さんの言葉に俺は「え?」と聞き返した。
「土地の買い手が見つかって、去年やっと更地にするはずだったけどコロナとかで延期して、やっと今年のGWくらいから再開……だったけか。でもさすがに閉園するなら中を点検するだろうし、閉園したら中には入れないし、青山なら無理に入ることはしないだろう」
里見さんが言うことは説得力があった。だけど俺の頭からはどうしても巨大迷路に取り残された兄のイメージがこびりついて拭えない。そんな俺の様子を察して里見さんが提案してくれた。
「うちの店に、あの土地を管理している会社の社長さんが来てるんだ。常連さんでさ。ちょっと入れてもらえないか聞いてみようか?」
願ってもない。俺は是非社長さんに話をしてもらうよう里見さんに頭を下げ、里見さんはその場で電話してくれた。そして明日、里見さんと俺はその会社に訪問することになった。社長さんが話を聞いてくれるとのことだ。
「本当にありがとうございます」
「うん、じゃあ、明日」
里見さんの店を出て、ホテルに向かう。同じ方向だと金木さんが横を歩く。しばらく黙って歩いていると、金木さんがぽつりと言った。
「無理だと思うよ」
「え?」
金木さんを見ると少し怒ったような真剣な顔をしていた。
「あそこの社長、絶対直感とか信じないのよ。幽霊とか、オカルトも無理。里見君とは懇意にしてるかもしれないけど、ほとんど地元にいなかった人の話は信じないと思う。地元愛の強い人だし」
それまで浮かれていた気持ちがしぼむのを感じた。
「じゃあ、どうすれば」
「ちょっと危険でも良いなら、私が力になれるかも」
「危険? どういうことですか?」
金木さんはちょっと周りを伺うような仕草をして、小声で言った。
「昔ね、忍び込んだことがあるのよ。閉まってる遊園地に」
「そうなんですか?」
「私、廃墟とか好きで、高校の時どうしても入りたくなったの。フェンスの金具が甘くなっているところがあってね。今も入れるかわからないけど。それに草ぼうぼうで動物の気配もしたし、野犬が入り込んでるかもしれない。それでも行く?」
その日の9時過ぎにそれぞれ準備をして、俺と金木さんは遊園地の前に待ち合わせをした。
「先に来て確認したら、まだ入れるみたい。よかった」
金木さんはニコッと笑った。
「すみません、付き合ってもらって。全然、見当外れなことかもしれないのに」
「私、占いとかお告げとか信じるタイプだから、気にしないで」
俺たちはぱっと見ではわからない、フェンスの緩んだところから入り込んだ。
懐中電灯でほとんど視界のない中、金木さんについて歩く。俺は迷路の場所を覚えていないけど、金木さんはまだ記憶にあるらしい。
「ほら、あれよ」
『ぬけだせ! 巨大迷路!』
とポップな字で書かれた看板と木目のある塀が横に続いている。これが迷路か。
「ゴールするだけならストレートで15分くらいだけど、全部見るとなると1時間くらいはかかるんじゃないかしら」
金木さんが蛍光テープを右手の壁に少しずつ貼りながら歩き出した。行き止まりに入ったら正面に大きくバッテンを付ける。俺は隅々まで懐中電灯で照らしながら歩く。
30分くらいして、金木さんが「休憩しよう」と提案してくれた。
俺はホテルから持ち出したタオルを地面に敷いて座る場所を作った。
「どうぞ」
と言いながら俺は先に座ったが、金木さんはなかなか座らず懐中電灯で俺を照らした。
「どうしたんですか?」
まぶしくて俺は顔の前に手をかざす。
「君って青山君にそっくりね」
「え?」
「馬鹿正直って言うか。普通、夜について来る? 忍び込むにしても昼でも良いじゃん」
俺は勝手に「昼か警備員がいる」と思っていたが、違うのか? そのとき、金木さんの手に懐中電灯とは違う光が見えた。それがヒュンと光の線を描いて俺に向かってきた。俺はとっさに転がるようにそれをよける。次に顔に向かって何か飛んでくる。それはさけられず目の上に当たる。感触から蛍光テープとわかった。
再び金木さんが迫ってくる。今度ははっきりわかった。ナイフを持っている。体勢を崩した俺はなかなか立ち上がれない。
懐中電灯は落としてしまった。
でも逃げないと。
なぜ、金木さんがこんなことを?
混乱しながら、俺は四つん這いになって逃げ出した。
青山の弟が逃げた先を照らしたが、どう逃げたのか見失ってしまった。
金木は舌打ちをした。あの弟は何かを知ってる。早く殺さないと。
金木は青山のことが嫌いだった。自分より頭がよく大人受けも良い、そして優しくて人望もある。自分よりも目立っているところが嫌いだった。だから青山を消す方法を考えた。
あの日、金木は青山にお願いした。
「パパに買ってもらったイヤリングをなくしてしまったの。たぶん、閉館直前に行った巨大迷路の中だと思う。パパにばれたら怒られちゃうから、大人には気付かれないように、一緒に探して!」
人の良い青山は快く遊園地跡に忍び込んでくれた。
今日のように奥深くまで入ったところで足を切りつけた。青山は当然驚いていた。それになぜか泣いて謝ってきた。青山の傷口を押さえる指から血が止まらず漏れ出すのを見て、金木はそのまま放置して帰った。その後は知らない。
その後騒ぎになって捜索されたようだが、巨大迷路の中まではなぜか探されなかったようだ。
とりあえず金木は青山の弟を見つけないといけなかった。遊園地が更地になる直前に現れた青山の身内。夢のことなんて金木は信じていない。兄の同級生に探りを入れているのだと思っていた。兄のように動けなくして、なぜ今になって現れたのか聞いてから、殺して園内の池にでも放り込もう。池は埋め立てると聞いているから中をさらったりしないだろう。
懐中電灯で照らす先で人が動くのが見えた。追いかけようとしたとき、懐中電灯が消えた。
――こんな時に!
カチカチとスイッチのオンオフを繰り返していると、ふとヒンヤリした風が足下を通り過ぎた。
そして膨ら脛に激痛が走った。
「あぁぁぁ!」
金木はうずくまる。痛みがある場所を触るとどろっと血の感触がした。傷がある。かなり深い。
――青山の弟が? でも先を走っていたはず。
痛みに耐えながら、金木はもう一度懐中電灯をオンにする。今度は点灯する。
――あ、ナイフは?
視線を巡らしたら見覚えのあるナイフの柄が視界に入った。それは自分の胸から伸びていた。
「え、あ……」
気付いた瞬間、口から血が吐き出される。視界が暗くなる。気を失う直前、金木は懐中電灯の光の中に男の子が立っているのが見えた気がした。
俺は暗闇にうずくまって一晩過ごし、朝になってようやくゴールにたどり着くことが出来た。遊園地を脱出し警察に助けを求めた。
金木さんは迷路の中で野良犬に食い荒らされていた。その近くに兄の白骨した死体も発見された。園の外だが防犯カメラがあり、金木さんが俺を招き入れる姿は映っていたし、遊園地に入る前にナイフを購入していたのも確認され、俺の話は信じてもらえた。
彼女が何をしたかったのかわからない。
でも、そんなことより、兄が見つかった。俺や家族にとってこれ以上のことはない。
夢迷路 久世 空気 @kuze-kuuki
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