合格はゴールではないけれど
烏川 ハル
合格はゴールではないけれど
私は高校受験を経験していない。
漫画やアニメを見ていると、受験で苦しむ中学生が出てくる話もあるが、あの心境が私には難しい。頭では理解できるものの、高校受験の常識的なルールがわからないので「もしも自分だったら」が全く想像できないのだ。また、高校進学に関していえば、誰も知り合いのいない高校に入って新一年が環境の変化に戸惑う、みたいな話もあるが、あれも私にはわかりにくい。単なる「誰も知り合いのいない場所」ならば想像できるが、高校に入ったばかりというのは、おそらくそれとは違うのだろう。
趣味で物語の創作に携わっている私としては、そのような一般的な――ほぼ誰でも経験しているであろう――立場のキャラクターに共感できないのは致命的。そんなことも思うくらいだった。
ただし『高校受験を経験していない』といっても、高校に
つまり、高校受験の代わりに中学受験を経験している、というクチだ。
一学年400人のうち100人は高校から入ってくるので、完全な中高一貫とは違う。だが400人のうち300人、つまり大半が中学からという時点で、もう『中高一貫』と呼んで構わないのだろう。
この400人のうち200人が同じ大学へ進む。その大学の附属高校ではないのに『同じ大学へ進む』というのは、私には奇妙な現象に感じられたが、「赤信号みんなで渡れば怖くない」みたいな心境だろうか。私も現役の時は、全く勉強していなかった――どう考えても受かるレベルではなかった――にもかかわらず、何も考えずにそこを受けたものだった。一年浪人した後では「他の大学へ行きたい」という理由がいくつも生まれたので、その『同じ大学』は避けたのだけれど。
大学受験は本題ではないが、中学受験の話をする上でも、大学を無視は出来まい。私の中学が有名校だったのは「入学すれば将来は高確率で良い大学へ進める」という理由だったのだから。
有名校というのは、受験業界で『有名』だったということ。その中学に特化した進学塾まで存在しており、私も小学四年生から、その塾に
四年生や五年生の頃は、平日に授業があって、毎週日曜日にテスト。そんな普通の進学塾だったが、ちょっと変わっていたのは、六年生の冬休みだ。
お正月返上で「正月特訓」という名称の冬季講習があったのだ。
現代ならば、小学生が元旦から塾通いするのも珍しくないのかもしれない。だが私の時代には異例だった。他の進学塾に通う友だち――小学校のクラスメート――は、皆口々に「さすがに正月は休みだよ」と言っていたはず。
異例といえばもうひとつ。「正月特訓」では勉強の他に、毎朝、短いマラソンがあった。ちょうど塾の校舎が中学校から歩いて数分の距離にあったので、中学校まで走って行き、学校の周りをぐるりと一周するのだ。
表通りに面しているのは高校の建物であり、中学の敷地は、細い通りを隔てた裏側に位置している。さらに、その横には、これまた通りを一本挟んで、中学と高校で共通の大運動場もある。
その辺りの裏通りを走るのは、もう『学校の周り』というより、これから自分たちが行こうとしてる中学の『中』を走っている感覚だった。そしてマラソンの途中、その真ん中で立ち止まって、僕たちは叫ばされるのだ。「〇〇中学に絶対合格します!」と。
今にして思えば、あれは近所迷惑だったのではないだろうか。一応は、学校の敷地と敷地の間を割って走る裏道の真ん中だから、民家からは一番遠い場所だったけれど。
それに、他にも『今にして思えば』がある。冷静に考えると、あのような「絶対合格します!」連呼には、宗教じみた刷り込み作業っぽい怖さを感じるのだ。
このような異例の進学塾を見つけてくるのは、まだ小学生である受験生本人ではなく、その保護者の方だ。大学受験や高校受験とは違って、中学受験というものは、ほとんど親のヤル気で決まるものではないか、と私は思う。
もちろん、受験するのは子供なのだから、子供の学力も必要になってくるのだろう。私は幸い、志望中学に合格する程度の学力はあったとみえて、塾の中でも「ミスさえしなければ、まず間違いなく合格する」という扱いだった。
進学塾としては中学へ入れさえすれば終わりだが、そもそもその中学が有名校なのは、将来的に良い大学へ進めるからであり、受験生の親たちの間には「中学合格はゴールではない」という空気が強く漂っていた。
肝心の子供たちの気持ちはどうだったのだろうか。実は私自身は、あまりその中学にこだわっていなかった。給食が苦手だったために「区立じゃなければお弁当だから」と言われたのが中学を受験した理由であり、別にどこでも良かったのだ。
せっかく受けるのだから一番良いところを目指そう、くらいの気持ちだった。でも私立の有名校は男子校ばかりだったので「第一志望に落ちたら、国立の共学校も受験させてもらえるから、そっちの方がいいかも」というふざけた考えもあったくらいだ。
少々ませた男の子だった――でも引っ込み思案だった――私は、女の子がいない学校に六年間
結局、あの中学・高校へ行っておきながら、一年浪人して、大学は皆と違うところを選んだ私。
大学受験に関しては、高校で教わったことではなく、予備校で教えてもらったことが全てだった。基礎からわかりやすく教えてもらったので、高校時代の苦手科目が浪人時代には得意科目に変わったほどだ。一度だけだが、夏の模擬試験では全国一位も経験したので、本当に学力は向上したのだろう。
おそらく高校のネームバリューのおかげで予備校の授業料が無料だったことくらいだろうか、『高校のおかげ』といえるのは。
そんなわけで、あまり大学受験には苦労した覚えがない。私の人生の中で最も激しく勉強した受験は中学受験だった、と今でも思う。
こんなことを言ったら贅沢かもしれないが……。
そんな中学受験に関して、今でも少し後悔がある。「もしも人生をやり直せるならば」とすら思うポイントだ。
それは、十代の多感な時期を男子校で過ごした、ということ。危惧していた通り、引っ込み思案の私は、他校の生徒と遊ぶ機会など作れなかった。中学・高校・浪人時代の七年間、女性と口を
そのせいか、大学でも女性とは上手く話が出来ず……。
こうして、女性交際ゼロのまま、何十年も人生を過ごしている。
中学受験で私の人生が決まってしまった、というのは大袈裟だろう。でも、わかった上で、ついつい考えてしまうのだ。私にとっては、中学合格が人生のゴールだったのかもしれない、と。
(「合格はゴールではないけれど」完)
合格はゴールではないけれど 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます