金銀桜、その先へ

いすみ 静江

家族で積み重ねて

 私は、少々離れた所へ健康診断に来ていた。

 実の父、晃昌あきまさがお迎えに来てくれる。

 クラウンでてっきり真っ直ぐお帰りかと思っていたが、甘かった。


小雪こゆき水資源すいしげん公園に桜があるよ」


 急なお花見ドライブとなる。


 桜のトンネルは、公園沿いからスタートした。

 そして、違法駐車が沢山ある中、くねくねと曲がりながら進む。

 ときに、左右の桜が車の上で手を結んでいる。

 しらしら、しらしらと、少しだけ散り行く姿も美しい。

 情緒豊かに感じた。


「ここから、家に帰るから。小雪」


「そうね、いつまでも見ていたら終わらないもの」


 美しい、桜トンネルをお父さんと潜った。

 もう、高齢だし、今後は難しいかも知れない。

 桜並木のゴールに未練があった。

 けれども、お留守番をさせている家族も心配で、早く元気なママを見せたい。


 ◇◇◇


 お礼も言えずに子ども達の待つ家に帰って行ったので、メールを送った。


『こんにちは。お父さん、本日は桜のトンネルをドライブさせていただき嬉しく思いました。日本の心でしょうか。甘い春色にときめき、また、枝にしがみつく花の姿に励まされました。新入学、そして、進級とありますが、大変ながらも楽しみであります。』


 そして、『子どもらへ 桜心の 新しさ』と、一句を寄せた。


『花粉症など、ご自愛ください。真白小雪』


 メールの終わりを結んだ。


「ただいま」


 今日のゴール一回目となる。


 ◇◇◇


 疲れて寝てしまったところへ、夫が帰宅した。


「皆、支度して。出掛けるから」


 今日は、特別なお招きがあった。

 社会問題が生じてから、初めて夫の車に家族で乗った。


佐助さすけさん、夜桜をライトアップしているのかしら」


「そうだろうな、小雪こゆき


「後ろがトタンなのが残念だけれども、綺麗ね。桜は好きなのかしら」


「そうでもないよ。ソメイヨシノより、八重や枝垂桜の方が好きだな」


 特に言わなかったが、私は、明るい内にも桜を堪能していた。

 夜桜も長く楽しめたが、川がなくなると見えなくなった。

 今日のお花見ゴール二回目となる。

 

 ◇◇◇


 何故、夫とドライブしているのか。

 昨夜のことだ。

 義理の両親が、秋田から東京方面へいらっしゃったそうだ。

 道理でお米のお礼に黒電話にかけても出なかった訳だ。

 それで、義父に卒業写真をメールした。

 娘の雛雪ひなゆきが桜を傘に卒業証書を抱いている写真だ。

 そんな折、夫のスマートフォンに電話がかかって来た。


「あー。親父、なした?」


「明日出て来られるか? 佐助や、仕事はあんのか?」


 真白ましろ家の両親もやはり働いているのかが心配なのだろう。

 一番小言の多かった祖母は亡くなられてしまったし、祖父は黙って息を引き取った。


「仕事はあるから大丈夫だ。だから、がんばっても七時位にはなってしまうよ。現場が遠いんだ」


「じゃあ、前のステーキハウスに来てくれよ。皆さんで、ははは」


 この頃のお義父さんは、息子へ思い立ったら電話をして来るようになっていた。

 県をまたいでの移動に制限が掛かってから、寂しいのだろう。


 ◇◇◇


 夫とのドライブも終わり、待ち合わせのお店へ着いた。

 店の前で待たせてしまい、悪かったと思う。

 時間もあるので、直ぐに店内に入る。


「私は、三月に五十歳になりましたよ、お義母さん」


 小雪がステーキハウスの奥に腰掛ける。


「昨日、結婚したばかりだと思ったわ」


 お隣の席に絵子えこお義母さんが椅子を引いた。

 ツンとした会話の山葵が堪らない。


「あはは……」


 私は笑うしかない。

 向かいに夫がいたので、初々しかった私達を思い出した。

 私は、白いレースで覆ったワンピースにボレロを着ていた。

 ホテルのレストランで、お互いの両親と佐助さんに小雪だけの会食をしたのを忘れない。

 大学で知り合って二十八年半になった。

 今年銀婚式にもなる訳だ。

 様々なことを乗り越えて、積み重ねながら、ゴールの先を歩んで来た。


「小雪さん。今年は、金婚式ができないんだけれどもね。写真だけ撮って置いて、遺影にしたわ。私は、余り写真を撮らないものだから」


 お義母さんの話に飛び付いた。

 上には上がいるものだ。

 義理の両親の恋愛は気になるけれども、訊き難い。

 親戚すじから、恋愛結婚だと聞いた。

 恋愛のゴールイン、結婚をなさったのが、五十年前になるらしい。


「今年、金婚式なのですね」


「そうなのよ。五十年よ」


 人生のベテランだ。

 流石、金婚式ご夫婦は貫禄がある。


「おお、雛雪と雪助ゆきすけに、何か甘いものを頼んだらどうだ?」


「ほら、おじいちゃんが奢ってくれるって。メニューにパフェとかあるよ」


 パパがメニューを渡し、二人はアイスを注文していた。


「金婚式で、ともめでたいことですね」


「そうよ、二十五のとき、佐助を産んだのだから」


「そうか、私達も銀婚式なんですよ。丁度二十五年差ですね」


 私達は子どもに恵まれるのが遅かった。

 けれども、恋愛のゴールと言われる結婚にいたる。

 その先には、子ども達を授かった。


「ごちそうさまでした」


 帰り際に挨拶をして、駐車場で別れる。

 秋田銘菓をお土産にいただいてしまった。


「おおー、雪助は大きくなったな。ママよりも」


「雛雪ちゃんも伸びて来たわよ」


 秋田からいらした二人には、これがお土産になるのかも知れない。


「将来、どうしたいのか考えなさいね」


 お義父さんの言葉にどきっとした。

 子ども達には、まだ、ゴールが見えない。


「ゴールは、桜並木を抜けてしまったように終わってしまうと未練があるもの。でも、期待していると、ゴールは掴めないものよ」


 私は、しゃがまなくても話せるようになった子ども達に話しかける。


「何になりたいかも大切だわ。何になろうかも……。人として、人生の最期まで、がんばって欲しい。決して道を外れないでね」


 家庭でも様々なことがあった。

 沢山のスナップが私の胸を過る。

 いいこと、残念なこと、日常のこと。

 私は、どんなことでも無駄な記憶力とやらで捨てられないでいる。


 さて、今日は、実母に貰ったお小遣いで、お買い物の練習をしよう。

 お小遣い帳とお財布とその中身を持って、出かけましょう。


「行って来ます!」


 先ずは、スタートです――。










Fin.

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