第44話 イラストレーター春日井虹
僕は高校卒業後、伊藤社長の絵画修復会社に三年間務めた。
その間にもデジタルイラスト修行をしていた。
とあるイラスト投稿サイトで作品を発表し続け、かなり多いアクセス数を稼いで、好評なコメントも多数いただいていた。それがライトノベルの編集者の目に留まり、声をかけてもらうことにつながった。
僕は商業ラノベ作品にイラストを描かせてもらえることになった。それに本気で取り組みたかったので、会社を辞めた。伊藤社長からは「いつ戻ってもいいからな」と言ってもらっているし、絵画修復は好きな仕事だったので、後ろ髪を引かれるが、オリジナルイラストで勝負したいという気持ちは強く、戻るつもりはない。
僕が最初にイラストを描いたラノベは、平安時代が現代まで続いているような世界観の物語で、十二単を描きまくらなければならなかった。たぶん並みのイラストレーターだったら、なかなかにしんどい仕事だったのではないかと思う。
しかし僕は絵画魔法使いだ。ペンタブレットが止まることはなく描き続け、きちんと締め切り前にクオリティを維持してイラストをすべて仕上げた。そのラノベは人気が出なくて、二巻で打ち切りになってしまったが、僕の仕事ぶりは評価された。
その後、仕事は途切れることなく舞い込んで、ヒット作にも恵まれ、僕のイラストレーター人生は軌道に乗った。
メガヒット漫画家ウインターペンシルには収入で大きく水をあけられているが、食うには困らない。
彫刻家野村千里から彩色の仕事が入ることもあり、家族を持っても養える程度の収入はある。
筆子のおかげで僕は絵を描くのが好きになり、それを仕事にできた。しかも彼女はかわいい女性で、僕の恋人である。
小学三年生の秋に彼女と出会ったことで、僕の人生は変わった。もしこの出会いがなかったらと思うとぞっとする。
僕は今二十九歳。冬月筆子にプロポーズしようと考えている。
彼女とはものすごく長く濃密な時間を一緒に過ごしている。もしかしたら両親より長いかもしれない。話した言葉数は断トツで筆子が一位だ。成人してからはあんまり親とは会話しなくなったしね。
今さらなんと言ってプロポーズすればいいのだろう。
そもそも彼女は結婚を望んでいるのだろうか。
押しも押されぬ大漫画家。真っ当な使い方なら、一生かかっても使い切れないほどのお金をすでに稼いでいる。
美貌の漫画家としても知られ、その漫画が好きなだけではなく、筆子をアイドルのように思っているファンも多いと聞く。
もし彼女と結婚したら、僕は刺されるんじゃないか?
いやいや、変なことを考えるな。
筆子は僕より一か月ほど誕生日が早い。
つまり少し先に三十歳になるわけだ。
彼女が三十路になる前に、プロポーズしようと僕は決意している。
明日にでも、言うんだ。
ことばなんて「結婚してください!」でいいじゃないか。
僕は彼女に電話した。
「近々飲みたいんだけど、都合はどう?」
「今修羅場なの……。今日はまちがいなく徹夜になる。あさってなら会えるけどどう……?」
「いいとも。あさって、いつもの店で六時から飲んでいるよ。筆子はいつ来てもいいよ」
「わたしも虹くんと飲みたい。六時に行くようにするね……。」
よし。プロポーズするぞ。
あれ、いきつけの居酒屋で結婚を申し込んでいいのだろうか? ムードのかけらもない。
いや、迷うな。
言うんだ。できるだけ早く。
そしてあさってが来た。
乾杯をして、僕はビール、筆子は日本酒を飲み始める。
僕は勢いよく一杯めを飲み干して言った。
「け、結婚してくれ、筆子!」
「……! はい……!」
魔法使いじゃない。 みらいつりびと @miraituribito
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