第43話 漫画家冬月筆子

 努力の魔法使い冬月筆子、ペンネームウインターペンシルのその後は、もちろん詳しく知っている。 

 筆子のデビュー作「魔球対剛球」は当初予想したほどには人気が伸びず、そこそこの売り上げで、単行本第三巻で完結した。

 次に彼女は女性を主人公にした野球漫画を企画して、担当編集者と相談したが、却下された。剣道漫画もだめだった。

「何かまったく新しいものを提案してほしいのよ」とベテラン女性編集者から注文されて、筆子は頭をかかえた。僕も相談されたが、ストーリーを作るような才能は僕には皆無だ。

「まったく新しいものなんて、この世にあるのか?」と僕はビールを飲みながら言った。

 僕と筆子が二十歳のときのことだ。筆子は意外にも酒豪で、僕よりも数倍飲んだ。

「それを創れって言われたの……」彼女は日本酒を飲んでいた。

「既存の何かと何かの新鮮な組み合わせが創作だと思うんだけどね」

「それでいいと思う。でもその組み合わせが思いつかない……」

 その夜、筆子は痛飲した。ビールのように日本酒を飲んだ。それでもけろっとしているから怖い。

 翌朝、彼女は天啓を得た。

 目を覚ましたとき、ホモ・マギーアが生まれず、ホモ・サピエンスだけしかいない現代社会の様相が浮かんだのだという。

 彼女は脳内のイメージをスケッチし、プロットをメモした。アイデアは一日中生まれ続けた。スケッチやメモは厖大なものになった。

「アイデアが湧き出て頭がおかしくなりそうなの。仕事が終わったら、わたしの家に来て……」という電話を受けて、僕はよく通っているマンションに向かった。

 彼女の部屋は見たこともない服装の人物や都市の風景のスケッチ、奇妙な事柄が書かれたメモであふれていて、僕は冬月筆子が天才だと知った。

 僕は筆子と話をして、彼女を落ち着かせた。

 筆子は巨大なイメージの奔流のようなそのアイデアをきちんとまとめあげ、企画書を作成し、編集者と相談した。

 ホモ・マギーアがいない現代社会。魔法のない奇妙な世界。

 そのアイデアの天才性は編集長にも認められ、「魔法使いがいない。」という連載漫画が始まった。我々の世界からひとりのホモ・マギーアがホモ・サピエンスしかいない異世界に転生するという話だ。主人公は強大な爆裂魔法が使えるが、その世界では魔法をひた隠しにしないと生きていけない。あまりにも異能だからだ。

 ごくたまにやむにやまれず爆裂魔法を使ってしまう。大惨事になる……。

「魔法使いがいない。」はメガヒットとなり、その後数年間で、筆子は天文学的に高額な収入を得た。

 僕など手の届かない存在になってしまうかと思ったが、今でもまだ彼女は僕の恋人である。

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