ひとりぼっち魔王と世界征服【KAC2021】

朝霧 陽月

第1話 とある魔王のこと

 長い長い時の果て、彼自身おぼろげにしか思い出せないほどの昔。

 彼ははじめ、魔王ではなく人間でした。


 とある国の高い身分の家系に生まれた彼は、生まれついての天才で、幼い頃からやろうと思えば、どんなことでもできてしまったのです。

 最初のうちは周りの人々も彼のことを手放しに褒め称え、もてはやしました。


 しかし時が経つに連れて、彼の周りの人々は段々と彼に違和感を感じるようになっていったのです。


 なぜなら彼はとても優秀だけども、人間味を感じさせるもの……情緒らしい情緒がなかったのです。

 それで居ながらなんでもこなせてしまう彼の存在は、一度そう思ってしまえば気味の悪いものにしか見えなかったのです。

 やがて人々は彼を少しずつ遠巻きにするようになり、彼はひとりぼっちになってしまいました。


 実際、彼がどれほど優秀だったかというと……。

 彼は人よりずっとずっと早く全ての勉強を終えてしまいました。更には一度読んだ本の内容は忘れず、いつのまにかその国中の本を読み切ってしまいました。高名な学者すら彼には敵わず、論破されるほどでした。

 彼は武芸にも長けており、子供の頃から大人を負かすことが出来るほどの実力がありました。そうして成長した彼には、どれほど研鑽を重ねた武術者でも敵いませんでした。


 彼は事前に災害を予期して、被害を食い止めました。

 疫病が流行ったときには、なんと特効薬を作って多くの人々を救いました。

 隣国との戦争が起こった際には、彼の考案した作戦によって勝利を収めました。


 ですが彼が誰かを救ったとしても、どれほどの功績を収めようとも……。

 いや、成功すればするほど、それが彼の人間離れした性質を強調する結果になり、かえって人々の心は離れていきました。


 しかし、それでも彼は気にしませんでした。

 何故ならば、子供の時から長く一人にされていた彼は、周りの人間がどう思うと興味がなかったからです。

 今までの功績だって彼自身がしたいことを、だた赴くままに行なってきた結果に過ぎなかったわけです。


 そんな彼はある時、不老不死というものに興味を抱きました。

 それはちょうど一人で大時代を築き上げた大国の皇帝が、床に伏せた際に不老不死の薬を求め、ついには手に入れることのないまま命を落としたのを聞いたからでした


 そんな興味本位だけで、彼は不老不死の薬を作ろうと思い立ち……ついには完成させてしまいました。


 するとそれが知れた途端、今まで遠巻きにしていた人々はその妙薬を狙って争いを始めたのです。それは他の国すら巻き込む、大きな争いへと発展してしました。

 多くの人が死に、彼に対しても沢山の暗殺者が差し向けられました。しかしそれをやすやすと返り討ちにすると、彼はつまらぬ争いに飽きたのか……自分自身にその薬を使い、一人荒れ果てた祖国を去りました。


 そのように人々を惑わし、世を混乱させ、多くの人を死に追いやった彼の存在は、生き残った人々によって魔王として悪名を語り継がれることになったといいます。



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 そんなことはつゆ知らず、人里離れた場所に移り住んだ彼は、なおも自分の興味を満たすための試行錯誤を続けました。

 不老不死になったゆえに、何百年何千年……それを続けた結果やれることは大抵やってしまいました。

 そして生きることにも飽き始めた彼、もとい魔王はふと思い立ちました。


「そうだ、世界を征服しよう」


 そこにもまた深い意味はありませんでした。

 ただ今まで試したしたことのなかった、何かからそれを選んだに過ぎませんでした。


 そうして世界征服を決めた彼が、久しぶりに人里へ行こうと決めたところ、その道中で行き倒れになった子供を見つけます。

 そこで魔王は、またまたただなんとなく、その子供を助けることに決めました。


「まぁ、別に世界征服は明日からでもいいからな」


 そうして、ただなんとなく自分の家に連れ帰って、なんとなく面倒を見たのでした。

 助けた子供は女の子で、最初は不安そうにしていたものの、一緒に過ごすうちに段々と魔王に懐いていきました。


「まぁ、別に世界征服はこの子が大人になるまでいいだろう」


 それは彼女が初めて贈り物をしてくれた時のこと、魔王は一人で呟きました。


「まぁ、別に世界征服はこの子が死ぬまではいいだろう」


 それは誕生日が分からない彼女のために、仮に決めた誕生日を祝った後のこと、魔王はまた一人で呟きました。



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 数十年の時が流れ、魔王が育てた彼女は、ついに寿命を迎え穏やかに死を迎えました。


 長年共に過ごした彼女の最期を見届けた魔王は、なぜだかもうすっかり世界征服をする気がなくなっていました。本当になぜなのか、その理由は魔王自身にも分かりませんでした。


『私のこの身はここで終わりです。ですがこの魂だけはまたこの世を巡り、きっとアナタの元へ戻ってくるでしょう……』


 そうして死にぎわの彼女は、そんな言葉を残し、眠るように息を引き取りました。


 その言葉に対して魔王が何を思ったのか、それはさだかではありません。

 ただ一つ確かなのは、魔王は今もかつて彼女と過ごしたその場所に、今もひとりで居続けているということだけです。

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ひとりぼっち魔王と世界征服【KAC2021】 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu

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