犯人はひとりがいい

庵字

犯人はひとりがいい

「よお、ちょっと相談があるんだがな……。ああ、そのままで聞いてくれ。

 なあ、実際、俺たちはよくやった。あの大金持ち連中を騙し、警察を手玉にとって、まんまと大金をせしめてみせた。警察は俺たちの尻尾をつかむどころか、影を見ることさえ不可能だろう。今後、俺たちが捕まる確率は、ほぼゼロと言っていいんじゃないかと思う。……とはいえ、まあ、過信は禁物だ。それは俺もよく肝に銘じているし、お前だって同じだろう。

 ところで、俺たちみたいな犯罪者が捕まるきっかけで、一番多いのは何か知ってるか? ……“共犯者の存在”だ。こればっかりは、どうしようもねぇ。何せ、自分自身がいくら気をつけていたとしても、相手の言動まで逐一監視し続けることは不可能だからな。これから俺たち二人は、戦利品である金を山分けして別れ、金輪際もう二度と会わない。連絡も取らない。最初からそういう約束になっている。別れたあと、相手がどんな人生を送るか、俺もお前も一切知らないし、知るすべも持たないわけだ。

 だが――いや、だからこそ、だ。心配にならないか? 俺たちの年齢を考えても、これからの人生、死ぬまで遊んで暮らせるだけの金を手にしたとはいえ、人間、何がどう転んで人生の坂を転落していかないとも限らねぇ。警察のやっかいにならないとも限らねぇ。そこで……もし、苦し紛れや、自分が人生の落伍者になってしまったという悔しさから、相手のことを警察に密告してしまう可能性だってあるだろ。――いや、お前がそうなるって言ってるわけじゃない。俺だってそうだ。あれだけの危険を冒したんだ。人生において、もう冒険は十分なはずだ。だがよ、分からないだろ。未来のことは誰にも分からねぇ。やっぱり、犯罪はひとりきりでやるのが一番なんだよ。ミステリ小説だってそうだろ。犯人はひとりのほうがいいんだ。共犯者なんてのがいると、大抵のトリックは成立しちまうからな。犯人の完璧なアリバイは、共犯者が偽証しただけでした、じゃあ、興ざめもいいところだ。

 話が脱線したな。だから、俺たちもそうなんだよ。んだよ。……そこで、だ。

 あれがいいか……。この、いつも俺たちが飲んでるウイスキー、これを……こんなところか。……同じグラスに、同量のウイスキーを注いだ。どうだ、まったく見分けがつかないだろ。……そこで、こいつの出番だ。これか? これは、“青酸カリ”だよ。ミステリ御用達の毒薬の王様だ。ちょうど人ひとりの致死量分ある。

 もう、俺の言いたいこと、やりたいことが分かっただろ。……そうさ、どちらかのグラスに、この青酸カリを入れたうえで、俺たち二人がそれぞれグラスを選び、同時に飲み干すんだ。それで、この事件の犯人は“ひとり”になる。ひとりになった犯人は、危険な共犯者がいなくなるわけだから、この先の人生、何の不安もないまま暮らせるってわけだ。当然、山分けするはずだった現金は、生き残ったほうの総取りだ。

 俺から振った勝負だ。青酸カリをグラスに入れるのはお前だ。そのあとでグラスをシャッフルするかどうか、それもお前に任せる。当然、俺はその間目隠しをして、一切お前の動作を見ない。で、すべての用意が調ったら、グラスを選ぶのは俺からだ。当然だよな。毒を入れた人間がグラスを選んだんじゃ、何が何やら分からない。……どうだ? この勝負、受けてもらえるか?

 ……さすがだな、そうこなくっちゃ。じゃあ、青酸カリを渡す。用意が終わるまで、俺は目隠しをしている。さあ、眼鏡を外すから、俺の目にタオルを巻いてくれ。確実を期すなら、俺に後ろを向かせていてもいい。……そこまでしなくていいか? じゃあ、やってくれ。当然、タオルはお前が納得のいくものを使え。

 ……終わったか? じゃあ、タオルを外してくれ。……眼鏡は……ここか。……さあ……どっちだ? ……よし、俺はこっちを選ぶ……。顔色が全然変わらないな。生死をかけた勝負だというのに、大したやつだ。お前のそういうところには随分と助けられたし、結構好きだったぜ。……さあ、お前も残ったグラスを取れ。

 乾杯はしないぜ。……あの時計の秒針がちょうどてっぺんに来たら、一気に飲み干すことにしよう。いいな。……あと二十秒だ。これが今生の別れとなるな。……あと十五秒……十秒……五秒……行くぞ……!」



 私は、口に含んでいたウイスキーをグラスに吐き戻すと、急いで洗面所に走って入念にうがいをした。青酸カリという毒物は、飲み込んでから胃酸と反応して有毒ガスを発生させ、そのガスが肺に吸収されることで、人は死に至る。たとえ、致死量の量が溶けた液体を口内に含んだだけでは即死することはない。とはいえ、もう少し遅かったら危ないところだったかもしれない。さて……。

 悠々と戻った私は、テーブルに突っ伏している“相棒”の死体を見下ろした。その顔から眼鏡を外し、自分にかけ、その状態で私のグラスを覗き込む。……やはりだ。琥珀色のウイスキーの中に星のように瞬いているのは、非水溶性の微細な粉末だな。特殊な塗料が付着していて、やはり特殊なレンズを仕込んだ、この眼鏡を通してでないと視認不可能となっているのだな。つまり、相棒にとっては、私が青酸カリ――と特殊な粉末――をどちらのグラスに入れたのか、この眼鏡を通して一目瞭然だったというわけだ。何が“勝負”だ。とんだイカサマ野郎だ。まあ、私もお前のそういう小ずるいところには何度か助けられたな。決して好きではなかったけどね。

 さて、「共犯者の存在は危険」か。それについては、まったく同意見だよ。だから、んだ。お前が“勝負”の手段に選んだウイスキー、この中に、んだ。お前は帰ってくると、まっさきにこいつで一杯やってたからな。つまり、二つのグラスには、どちらにも最初から青酸カリが入っていたというわけさ。

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