息をしても一人
ヒトデマン
この世界に独りだけ
目覚めると、自分以外の人間が消失していた。
気づいたのは早朝、いつものように出勤しようと駅まで出かけた際。人で混み合っているはずの駅の中がまったくの無人になっていた。駅に来るまでは漠然とだけ感じていた不安が確信に変わり、知り合いに片っ端から電話をかける。
でない。一人たりとも。
携帯を取り出しネットに接続する。電波はまだ生きていたようだ。なにか事件が起きて皆どこかへ避難しただけかもしれない。そう信じてSNSの書き込みやネットの記事を漁るものの、あらゆる情報の日付は昨日で止まったままだ。
家に帰ってテレビをつける。どのチャンネルも放送が行われていない。ようやくそこで人々が皆消えてしまったのだという実感が湧いてきた。
自分の心は、もう仕事に行かなくて良いという開放感と、人々が皆居なくなってしまった喪失感に去来していた。
堪らなくなり、家をでて近所中のあちこちを駆けずり回り大声で叫ぶ。自分はここだと、誰かいるなら返事をしてくれと。だが帰ってきたのは静寂で、結局人間はここに一人だけだということを分からされるだけだった。
息をしても、一人。
*
人々が消えてから数日程たった。電気は止まり、電波もネットも止まってしまった。家電製品等はもう役にたたない。水道やガスも時間の問題だろう。近くのホームセンターで炭や水などが100%オフだったのでそれを持ってくる。食事もインスタント麺か缶詰だ。近々これも補充しなければならないだろう。
日中は本を読んで過ごしている。なにせ電気が止まったため、娯楽という娯楽はこれしかない。昨日は近くの本屋に入り浸って流行していた漫画をほとんど読破してしまった。
そして夜になれば寝る。その日の食料を確保したら後は遊んで過ごし、暗くなったら寝るというまるで狩猟採集民族のような暮らし方だ。
正直、悪くはない。仕事に追われることもなく、人間関係の悩みもすっぱりと消えてしまったからだ。結婚はまだかとか、早く孫の顔を見せろと言う親はもういない。そう、いないのだ。
……気づくと自分は泣いていた。大声でみっともなく泣いていた。だがそれを咎める隣人ももういない。この世界には自分一人だけ、自分だけの世界になってしまったのだから。
*
街に出て、ブラブラとあてもなく彷徨っていた。もしかしたら自分以外にも人がいるかもと言う希望は初日で消え失せていた。いたとしてもずっと遠くか海外だろう。それならもはや出会えないのと同じだ。
心に思うのは一つ、早く死にたいという思い。しかし、思い切って自殺をしようという気にまではなれない。誰かが自分を殺してくれればいいが、生憎人のいないこの世界では自分を傷つけるものは何一つなかった。感染症も、暴走する車も、強盗も、何一つ。人間にとって一番危険なのは人間だったんだなと一人笑う。後は天災がワンチャン、自分の身に降りかかることを祈るだけだ。
その時、街の中でペットショップの看板が目に写る。動物たちはどうしているんだろうと、ふと思った。中を覗くと犬や猫は檻の中で衰弱死していた。餌を与える人間がいなくなってしまったからだ。
おそらく全国の動物園、水族館でも同様のことが起こっているだろう。だからといって自分には何もできないが。
遺体を土に埋めてやろうとペットショップに入った時、微かな吐息が耳に入った。
見ると犬が一匹、横に倒れながらもこちらを見ていた。ケージを見ると、「こちら成長し過ぎてしまったため半額」、などと書いてある。なるほど、体が大きかったために生き残ることができたのか。ペットショップの中からドッグフードと水を探して持ってくると、その犬は体を起こして催促した。
そうか、お前は生きたいと思っているんだな。
犬を抱きかかえて家に連れ帰る。この子には悪いが、自分の寂しさを紛らわすための犠牲となってもらおう。頭を撫でるとその犬は自分に身を寄せてきた。
お前も寂しかったのか?
衰弱した犬の体温を下げないよう。胸に抱きながら一緒の布団で床に着く。
静かな部屋の中で、二つの命が息をした。
息をしても一人 ヒトデマン @Gazermen
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