ソロモンのむすめ

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 大陸の東の果てに位置する鶏林国は、東西南北さまざまな国から人々がやって来るほど繁栄していた。

 さて、最近、この国の王が亡くなり、その妹が王位を継いだ。王位継承の際には特に問題は起こらず、国内は以前と変わりなく安定していた。

 ただ、この情報を得た各国は少し違った反応を見せた。

「鶏林国は大丈夫なのだろうか?」と心配する声がある反面、「女が王に就くほどに国は弱体化しているのではないだろうか、この機会に…」と密かに野心を持つ国もあった。

 そんななか、西域のある国は内情視察を兼ねて鶏林国に使節団を派遣したのであった。


 鶏林国の都に使節団一行が着くと、多くの人々が見物に集まってきた。普段から異装を見慣れている鶏林国の人々だが、一国の代表団となるとやはり違う。着ているものは豪華で、引き連れた楽隊の奏でる旋律はエキゾチックで魅力的なものだった。

 見物人たちが見守る中、一行は王宮に入って行った。

 鶏林国の朝廷は遠路はるばる来た使節たちを歓待した。

 その夜は歓迎の宴が行われたが、出された料理はもちろんのこと、給仕する人々や舞姫、演奏をする楽士に至るまで大変優れていた。

「さきほどの見物人といい、宴席の人々といい、鶏林の人々の行いは秩序だっているなぁ」

「どうやら、人心は安定しているようだな」

 宴席が終わり、宿所に案内された使節たちは取り敢えず、好印象を持ったようだった。

 翌日、使節は女王と謁見することになった。

 文武百官が左右に控える奥側の中心に彼女は座していた。結い上げた髪に金の冠を被り、この地域に共通する大袖の衣服に煌びやかな装飾品を身に着けていた。

 使節は女王の前に出ると平伏し、謁見が許されたことに感謝の言葉を述べた。

「面を上げよ」

 柔らかだが威厳を感じされる声で女王が応じた。

 身体を起した使節の一人が持参した絵を差し出した。今回の貢物の一つである。

 女王の側近がそれを受け取り、彼の主人に渡した。

 女王は渡された絵をさっそく開いてみた。

「素敵な花の絵だこと。この花は美しいけれど匂いはしないようね」

 絵には蝶が描かれていなかったのだった。彼女の言葉を聞いた使節たちは「恐れ入ります」と再度平伏した。

 謁見はひとまず終わり、午後から庭で女王が主宰する歓迎の宴が開かれた。

 今回は王宮の楽士と使節と共に来た楽人たちが合同でそれぞれの国の音楽を演奏し、参席者も昨夜よりは多かった。

 使節は女王の両隣りの席になった。女王は緊張気味の二人に様々なことを話し掛けて気持ちを和ませた。お蔭で会話は弾んだ。

「…ところで、昔、我が国で次のようなことがありました。産院で二人の女が子供を生んだのですが一人が死んでしまったのです。その母親が生きている子供を自分の子だと主張して譲らなかったのです」

「そういう場合は、母親たちの前で争いの種になる赤子を殺すと言えばいいのです。生みの親ならば、その子を渡しますから殺さないで下さいと言うでしょう」

 女王は話を受けて応じたのだった。

「女王さまの御聡明さに感心しました。そこでそのお知恵を御貸し頂きたいのですが」

 使節は懐から二尺ほどの綺麗に磨かれた棒を取り出した。

「これのどちらが根元か分からないのですが」

 女王は棒を受け取ると使節たちと共に庭を流れる小川のほとりに行き、棒を水平に投げ入れた。

「先になって流れているのが根元ですよ」

 女王は答えると側仕えに棒を拾わせて拭うと使節に返した。

「なるほど、そうでしたか」

 使節は感心した口調で応じた。

 女王たちが宴席に戻る途中、二尺ほどの全く同じ長さの蛇が並んで這っているのが見えた。

 さきほどと別の使節が女王に訊ねた。

「この二匹のうち、どちらが雌でしょう?」

 女王は足元に落ちていた細い小枝を拾うと尾の方にさし寄せた。一匹は尾を動かし、もう一匹は動かなかった。

「こちらが雌ですわ」

 女王は尾を動かした蛇を差し示した。

 一同が宴席に戻ると女王は侍女に「あれを持ってきなさい」と命じた。

 そして使節に向かって

「今度は私の方から質問しましょう」

 と言いながら、侍女が持ってきた小さな物体と糸を渡した。

「この玉に糸を通してみなさい」

 女王は微笑みながら言った。

 使節が受け取った玉は七曲がりにくねっていて左右に穴が空いていた。

「このようなものに糸を通せるのか」

「熟練した職人でも無理ではないか」

 使節は頭を寄せ合ってあれこれ思案したが

「私どもには出来ません」

と降参した。

「汝がやってみよ」

 女王は使節から玉と糸を受け取ったさきほどの侍女に命じた。

 侍女はその場にしゃがむと大きめの蟻を捕まえ胴を糸で結んだ。そして立ち上がると卓上にあった水蜜桃の欠片を取り、玉の片方の穴に擦り付けた。そして、反対側の穴から蟻をいれると、蜜の匂いに誘われて蟻は玉を通って出てきた。

 使節は驚き顔で侍女を見ていた。

「日も暮れたことだし、宴はここまでにしよう。二人は引き続き、ここに滞在し、都の見物でもせよ」

 女王がこう言うと宴は終わった。


 使節一行は、十日ほど鶏林国に留まり、都周辺を見物した後、帰国した。

 故国に戻った使節は王に次のように報告した。

「鶏林国の女王はとても英明で、謎掛けも全て容易くといてしまいました。そして、人々も賢く、国内は安定し、以前同様、いやそれ以上に繁栄していました。このように国を治めている女王の姿は、かつてのソロモン王を彷彿させました」

 鶏林国の評判は瞬く間に広まり、かの国の女王は「ソロモンの娘」と呼ばれるようになったのだった。

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ソロモンのむすめ 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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