最終話

「映像魔法……か。偽物ってわけじゃ、なさそうだな」


 間抜けな声で崩壊してしまった大陸を見つめる。だが、映像は中断され不気味な笑い声だけが響き渡った。


「もちろん本当です! あはははは! なんて素晴らしいんでしょう。これぞ神の力。神の裁きそのものです。僕の求めていた圧倒的な暴力、それがこの塔ならぬ古代兵器なのです。素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい」


 奴の反応を観察する限りでは、やはり冗談ではないようだ。本当にたった一撃で、大陸を消し去ったということらしい。

 信じ難い状況ではあるが、疑う余地を感じさせない凄みが赤いクリスタルにはあった。体全身を強い圧迫感が押し寄せてきて、同時にまた疑問が増えてしまう。


「なんでこんな真似を? お前……頭がおかしいんじゃないのか? このクリスタルに入ったみんなはどうなるんだよ」

「あんまりいくつも質問責めしないで下さいよ。僕は至って正気です。そしてクリスタルに入った皆さんは、これからずーっと安らかな眠りにつきます。その生命力がクリスタルに吸い尽くされる、その時までね」


 おかしい。生命力を吸い尽くされるって……そんな要求を飲んで中に入るなんてありえない。


「どうしてみんながこのクリスタルに入ってしまっているのか。お二人はきっと、そういう疑問をお持ちになったはず。ルウラさんは冒険の知識が豊富だから、名前を聞けばピンとくるかなと思うんですが。洗脳の腕輪」

「知ってる。実物を見たことはないが」


 背中が冷たくなってきた。ンはしきりに周囲を警戒している。そしてもう、彼女は戦闘状態に入っていた。


「ちょっと待ってよ。その腕輪とやらで、みんなを洗脳したってこと?」

「はいはい、そうですよ。塔に最初に挑戦した時、途中のフロアの隠し部屋で見つけましてね。何でも言うことを聞かせられるっていうのは、本当に気分がいい。くくく……実はねえ。ルウラさんを追放するように仕向けたのも、僕なんですよ」


 言葉に詰まる。聞き捨てならない情報が、確かに奴の口から吹き出ていた。


「酒場でね。腕輪を光らせながら、あなたを無能で使い物にならない役たたずだと皆さんの心に刷り込んでいったのです。ありもしない偽りの記憶を植え付け、反対に僕という存在を際立たせる。最高の時間でしたねえ、あれは」


 今までずっと気になっていた疑問が二つほど氷解した。


 一つは腕輪のようなものを入れていた箱。あれを見つけたのがエレンだったわけだ。


 もう一つはイライザやローグ、ルルナのあまりにも極端な態度の変わりよう。あれは洗脳の腕輪とやらを使用されて、それで……。


 俺の中に言いようのない怒りが込み上げてくる。こいつは何を好き放題やっていやがる。大陸にいた人間や動物、沢山の命を躊躇なく奪ったり、腕輪で人の心をオモチャみたいに操って楽しんでる。しかも、元々組んでいたパーティメンバーまで平気で犠牲にしてるなんて。


「最後に一つだけ聞きたい。お前の目的はなんだ?」

「僕は全てを破壊したいんですよ。このくだらない世界を消し去って、残された一部の優秀かつ聡明で、思いやりに満ちた人々の楽園にするんです。この島に残ったあなた達、かなり運がいいです。どうでしょう……僕が支配する世界で生きていくつもりはありますか?」


 ンは怒りを露わに首を横に振る。俺はしまっていた魔導書を取り出した。


「何が楽園だ。何がお前が支配する世界だ。これ以上好きにさせるか。エレン、お前を……この世界から追放する」


 これだけは使うつもりはなかった文言だった。しかし、こいつはどう考えても生かしておくべき相手じゃない。今やらなくてはこの島だけではなく、世界中の人々が蹂躙されるだろう。


 いつもなら吹き飛ばされる姿を見ることになるが、それすらもない。ただ、室内を静寂が支配している。


「ルウラ。やったの?」


 剣を構えながらキョロキョロしてるンに質問され、俺は考え込んだ。


「妙だな。反応が無さすぎるんだ」

「あ! ルウラ! 魔法だよっ!」


 それは唐突にきた。天井付近から降り注いでくる氷の槍を無我夢中で飛びのいて躱す。間髪入れずに左右から火炎が放たれ、隙間を縫うように雷撃が放たれてくる。


「くうう! どうなってんのこれえええ!?」

「全方向から来てる?」


 俺とンは、豪雨のような魔法の連射を躱すことで精一杯だった。ワケがわからないという表現しかできない。とにかく避け続けるしかない。


「ははははは! あなたに僕を追放することなんてできませんよ。だってもう、僕は僕ではない。塔に誘われ資格者となった今、エレンではない存在となったのです。言い換えれば、もはや神そのものかもしれないですね」

「ふざけないで! アンタが神なわけないじゃん!」


 炎や氷、雷といった基本魔法に加えて、闇の玉までが飛んでくるようになった。このままじゃまずいと思いつつ、俺は妙に納得してしまう。


 追放は俺が相手を明確に認知している必要性がある。そこが上手く機能しなくては追放は成立しない。奴はエレンではない何かになった。そして姿を隠しているせいで、俺の力はあいつに効かないってことか。


 だが、手はまだ残ってる。


「だったら! イライザ、ローグ、ルルナ! お前達をこの塔から追放する!」


 魔法が部屋中に炸裂する中、イライザ達が飛ばされる様子はない。


「無駄ですよ。このクリスタルには、特殊な魔法結界が施されているんです。先人の知恵は素晴らしい。あなた如きのスキルでは、もうどうにもなりませんよ」


 クリスタルの中にいるやつは追放できないっていうのか。なんてこった。奴は完全に俺達への対策を立てていたらしい。


 魔法攻撃にしても、確かにこちらを狙ってはいるが、よく見ればクリスタル周辺に絶え間なく打ち込まれる魔法と、こちらを攻める魔法の二パターンがあるようだ。


 俺達に降り注ぎ続ける強烈な魔法は、クリスタルには当たらないように部屋中に満遍なく当たり続けている。どうしても攻撃に転ずることができない。ンと俺は一方的に追い詰められ続ける。


 クリスタルを攻撃されないようにして、一方ではこちらの気力体力を削ぐ。奴の作戦は成功していると言っていいだろう。


 だが妙だ。頭の中でいくつも引っかかることがある。逃げながら、どうしても俺はその違和感の正体を探してしまう。時間はあまりない。それでも頭を回転させた。そして自分なりにではあるが答えが出たところで、


「ンー! 聞こえてるかぁ!?」


 精一杯の大声で相棒を呼んでみた。


「聞こえてる! 聞こえてるよおお! どうしよう、やばいよこれええええ」


 側から見れば俺達はピンチも同然。息が上がってきて魔法をかわすことができなくなれば終わりだ。


「そんな大変ついでに、一つ頼みがある!」

「ええ!? こんな時に」


 声を荒げていないと聞こえないのはかなりキツイ。もう息上がってきたよ。


「俺の胸に飛び込んできてくれ、今すぐ!」

「な……ななな、何言ってんの!? ルウラ、もしかしておかしくなっちゃったの?」

「俺は至って正常だ。頼む! ンの頼みだって今度聞くからさ!」


 今度ってやつがあればいいけどな。なんて事は考える余裕すらなかった。


「も、もおおおおー!」


 息も絶え絶え、顔まで赤くしたンがこっちに突っ走ってくる。流石は体力重視の勇者だ。動きの速さが半端じゃなくて、けっこう遠くにいたはずがもうそこまで来てる。


「ちゃんと抱きしめてよ。ルウラー!」

「ン。君をこの島から追放する」

「つい……つい、ほおおおおお!?」


 あっという間に壁をすり抜けてぶっ飛んでいくンは、目を見開いてちょっぴり変顔になってた。そろそろ俺の体力も限界を迎える。悲鳴をあげている肺を鼓舞し、力一杯叫ぶ。


「エレン! いや、エレン様! 聞いて下さい! あなたの傘下に入りますっ!」


 嵐のように降り注いでいた無数の魔法攻撃が止まり、室内に静寂が訪れる。


「おやおや、どういう心変わりですか? ルウラさん」

「ど、どうもこうもないですよ。はあ……もう辞めにしようと思っただけです。強いほうに従って生きていったほうが、人生は楽で有意義だ。まずはお互いに顔を見せ合ってお話でもしませんか?」


 しばらくの沈黙。俺はようやく息が整い始め、クリスタルから離れて何もない空間まで足を運んで行く。


「騙されませんよルウラさん。僕の姿を確認してすぐ、追放するつもりなのでしょう。安っぽい手です」

「はあ、はあ……違いますよ。俺は本当にあなたの味方になりたいから、お話がしたかっただけです。だから邪魔な女も追放したんです。信用してはもらえませんか?」

「無理な話です」


 ピシャリ、と扉を閉められたような返事だった。だが、その扉は別に閉まっていても問題はないのだけれど。


「随分と警戒をなさるのですね。妙な話です。あなたは洗脳の腕輪を持っているというのに。なぜ俺達に使わないんですか」


 またしても沈黙が訪れた。しかし、これはもうある意味答えを教えてくれている。エレンの行動はおかしかった。洗脳の腕輪を持っているなら、わざわざ消耗の激しい魔法攻撃などする必要はないはず。


 恐らくは、腕輪を使うためには姿を見せる必要がある。姿を認知されたら、自分が負ける可能性は高いと踏んでいるんだ。だからできない。


「本当に僕の部下に。いや、下僕になる意思があるのでしたら、証拠を見せてください」

「証拠?」

「ええ。僕があなたに姿を見せても安心できる証拠をね」


 証拠と言われても、と困ったように俺は肩をすくめた。しかし、こういう時どういうわけか、妙な知恵が働くことがあった。そして頭に浮かんだその考えを、即座に言葉に乗せて男に届ける。


「俺は、クリーグっていう町出身です。どこの大陸にある町か、知ってますか」

「ああ。あの緑豊かで、世界で最も魔法使いを世に送り出しているという町ですね。大陸も存じてますよ。それが何か?」

「俺はあの町に親も兄弟もいる。親戚もいるし、友人だっています。恩師だっています。かけがえのない大切な町です」

「ですから、それが何か?」

「俺の忠誠の証拠として、クリーグを今から焼いてしまって構いません。そのクリスタルの力で」


 この一言に、エレンは絶句したようだ。俺が何度目かの深呼吸をしてから、


「ば、ばかな。何を突然、」


 とだけ答えが返ってきた。


「あなたは俺に、忠誠を誓う証拠を見せろと言った。ひどく曖昧で難しい課題ではあります。ただ誓うだけでは足りない。何かを差し出せ、そういうメッセージだと受け取りました。そう考えると、俺にとって一番大切なものは、恐らく故郷です。だから、今ここで差し出します」


 俺の言葉が静かな部屋の中に響いている。イライザ達には、この会話が聞こえているのだろうかとふと考えていた。そして、静寂はエレンの騒々しい笑い声によって破られた。


「ふ、ふふふふ、ふ。あはは……あははははは! ははははぁ! 本気ですか? 本気なんですかルウラさん。こちらが掲示してもいないのに、大事な人達の故郷を……命を差し出すって。下衆にも程がありますよ! あはははは!」

「……」


 俺は黙って次のセリフを待つ。エレンは了承するのか、断るのか。大体予想はついていた。


「うん、うん。いいでしょういいでしょう。あなたは僕が思っていたよりも、ずっと歪んでる。下僕にするくらい許可してあげますよ。本当にその惨劇に耐えられるなら、ね?」


 ゆらめくクリスタルの光が強さを増していく。続いて紫のクリスタルから、イライザ達の生命の光が奪われ、赤い破滅へと注がれていった。

 あと何回、彼女達はこの行為に耐えることができるのだろう。眠るように、意識なく死んでいけるのだろうか。


 続いて映像魔法が現れ、俺が慣れ親しんだ土地が視界に映った。


「では、始めましょう」


 奴の言葉が号令となり、破滅を匂わせるクリスタルが暴力的な輝きを強め、無惨な殺しの匂いが漂い始めた。奴にしてみれば遅かれ早かれやっていたに過ぎない行為だ。俺にすれば唯一の故郷や仲間達を失ってしまう行為。天秤にかけるにはあまりにも不条理で、その不条理さがエレンの心を楽しませる。


 前回の雷が発射される時と同じように、クリスタルの輝きが屋上まで伸びていこうとしたその時、俺は静かに呟くように声をかけた。


「エレンさん。最後に一言いいですか?」

「……なんでしょう」

「ンの追放を解消する」

「……は?」


 後ろから猛烈な風が吹き込んできたのはすぐのこと。あっという間に元の状態へ戻ろうとするかのように、壁をすり抜けてンが塔内に飛び込んできた。だが、勢いはあまりにも強すぎて、そのままクリスタルまで突っ込んで———、


「今だ! 斬れ!!」

「ええ!? え、ええええいい!?」


 訳もわからず強制的に戻ってきたンが、空中で大きく剣を振り回した。それは紫のクリスタルの一つに命中し、無数の破片が飛び散って中にいた人が落ちていく。俺はすぐに崩れ落ちていく少女、イライザの元へ駆け寄り、細い体を受け止めた。


「何を……何をしているんだ?」


 余裕たっぷりだったエレンの声に、微かな動揺がうかがえた。いい反応だよ。ご機嫌を取っていた甲斐がある。


「紫のクリスタルは、魔力を制御しコントロールする役割がある。そうお前が言ったんだぜ。つまり、発動している最中に紫のクリスタルを一つでも破壊すれば、本来行うべきはずの制御ができない。ン! 他のみんなも救出してくれ!」

「わ、解った!」


 空間の中に、エレンの怒りが満ちている。言葉にしなくてもわかるほど激しい憎悪が渦巻き、周囲に魔力の息吹を感じた。


「これで僕を騙したつもりですか? だとしたら下らない。たった一つ壊されたって直す事はできる。君達を殺した後に、」


 余裕を取り戻したはずの声が止まる。赤いクリスタルの目前に俺が立ち、右手で触れていた。


「貴様、いつの間に」


 エレンは明らかに動揺していた。だから俺が破滅のクリスタルに接近したことにすら気づくのが遅れる。しかし、奴の心が揺さぶられ、恐怖に歪むのはここからだ。


「動くなよ。俺のちっぽけな魔法でも、このクリスタルを壊すことはできるんだ。頑丈なものなら、必死になって守る必要ないもんな。お前はここを破壊されるのは容認できない。なんと言っても、自分が殺されるんだからさ」

「な……なに、を」


 エレンは予想したとおり魔法を使用してこない。動かない間にンが次々と紫のクリスタルを叩き割り、みんなを救出していく。最後の一人がクリスタルから落ちた時、完全に紫のクリスタルは沈黙することになる。


 だが、天井付近に溜まった猛烈な魔法は消える事はない。むしろこの場で、禍々しく輝きを増しているようだった。


「なあエレン。黙ってないでなんとか言ったらどうだ? お前、このクリスタルの中に隠れているんだよな?」

「ぐぅ、ぬ」


 歯を食いしばって屈辱に堪えているような、そんなうめいた呟きがすぐ側から聞こえて、やっぱり間違っていなかったことがはっきりした。


「お前は俺に嘘をついていた。異なる存在になったとか、ってな。そんなことはなかったわけだ。お前は神にもなっちゃいないし、人間以上の存在にもなれやしなかった。自分の身内すら私欲のために利用する、どうしようもない奴。それがお前の正体だ」

「なぜ……僕がここにいることが」

「簡単だ。お前は派手にやろうとし過ぎたんだ。クリスタル以外には満遍なく当たるように攻撃を仕掛けていただろ。クリスタルの中にしか安全地帯はない。そして、紫のクリスタルに入っていた連中には、俺の【追放】が効かなかった。同じ理由で、お前にも効かないかもしれないと思ったんだ」


 うっすらとだが、赤いクリスタルに人影が見えた。前のめりになっているのが解る。


「ちくしょう。ちくしょうちくしょう! ふざけやがって!」

「ふざけた真似をしていたのはお前だ。それと、もう時間だな」


 エレンはハッとしたように顔をあげたらしい。そう、クリスタル上空の膨大な魔法は制御する力を失い、暴走する一歩手前だった。このままだと遠からず大爆発を起こし、最上階にいる俺たちはひとたまりもなく灰にされてしまう。


「ルウラー! みんな助けたよ。早く逃げないと!」


 ンの言うことはもっともだが、みんな意識をなくして動けないようだ。こりゃあまずいって感じ。


「逃げるにしても、みんなを担いで行くのは無理だなぁ。おっとエレン! お前は動くな。動いたら即、俺は魔法をぶっ放すぞ」


 返事はないが、薄い影が震え出したことが解る。逃げようとする大罪人に釘を刺し、俺は懐に左腕を入れて魔導書を取り出した。


「エレン。お前が放り込んだそこの二人、名前はなんだ? 助けてほしかったら言えよ」

「ふざけるな! 誰がお前なんかの頼みを」

「俺の気が変わらないうちに言え。もう爆発するぞ」


 歯を食いしばる音が聴こえてくるような気がした。奴は腕輪をこちらに使う隙さえ与えてもらえない。時間は刻一刻と無くなっていく。もう抵抗など無意味だ。


「……ブリギット、ディリータ」


 これで全員の名前が解った。


「イライザ、ローグ、ルルナ、ン、ブリギット、ディリータ。みんなをこの島から追放する」

「そっかー。ついほ……って、またあああああー!?」


 発動はすぐだった。イライザ達とエレンの仲間だった人達、ンは勢いよく塔から飛び出し、どこかへと追放されていった。残されたのは俺と、欲深い男の二人だけ。天井付近にあった暴力的な輝きは大きさと勢いを増し、もはや誰かに止められるようなものではなくなってきている。


「で、では……僕はこれで」

「動くなよ。助けるなんて約束はしてなかったろ。助けて欲しかったら言え、って話だ」


 クリスタルの奥にいる体が後退り、大きく震えている。


「騙したのか? ふざけるな! ふざけるなぁああ!」

「うるせえんだよ!」


 手のひらから放った光魔法ライトカッターがクリスタルごと奴に命中し、大きく吹き飛んで反対側から何かが割れる音がした。ゴロゴロと転がる姿は、今朝出会った時よりずっと惨めだ。


「うううああああぁ!! こ、こんな所でええぇ。僕は死ねない、死ねないんだよぉ!」


 光の刃で全身に傷を負ったエレンは、思うように動けなくなっているようだ。俺はうつ伏せで這ってでも逃げようとする奴の背後に立った。振り向いた顔は、まるで怯えた羊のよう。


 エレンが左腕につけていた腕輪が割れて床に転がっている。これが洗脳の腕輪ってやつか。


「あ、あああ。もしかしてあなたは。僕と心中でもするつもりなんですか? もう爆発は止められない。あなたも逃げられない。そうなんですね。僕はもう、死ぬしかないんですか?」


 錯乱している。確かにもう逃げられないだろう。


「嫌だ。死にたくない! 死にたくない! どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか? どうして、どうしてえええ」


 俺は魔導書を開いた。その姿に光明を見出したのか、エレンは縋るような眼差しを向けてくる。なんとか体を起こし、跪いた状態でこちらを見上げる。


「僕を追放してくれるんですね? お願いします! お願いします。何でもしますから、助かるなら何でも! 一生のお願いです、お願いいいい」

「俺、ルウラはエレンの支配する塔から追放された」

「……へ?」


 体が一瞬にして浮き上がり、俺はとんでもない勢いで吹き飛ばされた。今まで追放してきた奴らって、こんな風に飛ばされていたのか。壁をすり抜け、あっという間に空を駆けていく体。すぐ後で塔は思いっきり爆発したんだ。


 どうして俺が、自分で自分を追放するなんておかしな真似ができたのか。それは、最初にエレンが見つけた宝箱の底に隠れていた【矛盾の指輪】のおかげだったんだ。


 法則をひっくり返してしまうという効果は、どう生かせるのか謎だった。しかし、矛盾させることができる……という意味で解釈すると、【追放】にも生かせるんじゃないかと思った。結果的には当たりだったが、実は内心冷や汗ものの賭けだったんだ。


 指輪はたった一つの無茶を聞いてくれて、そして粉々に砕け散った。大金は手に入らなかったけれど、命あっての物種だ。


 飛ばされている最中に、なぜかエレンの断末魔が聴こえた。一体どうしてなのかは解らない。あの塔に登ってからというもの、不思議な経験ばっかりだよ。


 ◇


 塔全体が派手に散っていく姿は遠くなり、いつしか俺はどっかの浜辺に到着した。ここは何処だろうと、水浸しになった重い体を引きずりながら周囲を見渡す。


「ルウラぁー!」


 誰かが呼んでる。浜辺のほうに目を凝らすと人の姿が見えた。こっちに手を振ってる。見知った金髪の女の子だ。水飛沫なんて気にすることもなく、イライザは真っ直ぐにやってきた。


「やあ。今回はけっこうヤバいことおお!?」


 まるで体当たりみたいに抱きつかれので、海に体が沈みそうになる。勘弁してくれよ、ほんと。


「ごめんね……あたし。アンタのことを。その……」

「いいっていいって! 解ってる。イライザ達のせいじゃないんだ」


 ぎゅっとしがみつくイライザは、まるで小さな子供みたいだと思った。刷り込まれた洗脳が解けたらしい。いっつも強気な彼女らしくない泣き顔を見れたことだし、追放されたことなんて水に流してしまおう。


 その後俺たちは馴染みの街に戻り、ローグやルルナ、エレンの元仲間達と再会した。とは言っても、ブリギットとディリータは眠っていただけだから、実質初対面だったけど。


 ローグとルルナもまた、俺に謝罪してくれたんだが、彼らもまた被害者だったわけで。俺はすぐに許して、もう一度一緒に頑張ろうと言ってみた。


 ところがそこに、タイミング悪くンがやってきちゃったんだよ。彼女はもう俺とパーティを組む気満々で、イライザ達と喧嘩しちゃったんだ。まあ、お互い本気で嫌いなわけじゃないんだろうけど。


 最終的にはメチャクチャだったけど、アーガの塔での冒険は無事に終了した。今はとにかく、生きて帰れてホッとしているっていうのが、正直な感想だ。


 ◇


「ねえ、こことか良いんじゃない? お魚料理が美味しいらしいの」

「あ、うん。じゃあそうしようか」


 それから数日間、なぜか俺はイライザと行動を共にしていた。ご飯だショッピングだと忙しい。エレンの元仲間達は体が疲労しているので、しばらくは絶対安静らしいが、じきに復帰できるとのことだった。


「ねえねえ。次の冒険はいつにしよっか? ローグもルルナも、いつでも大丈夫って言ってるわ」


 レストランの中で料理を待つ間、イライザは上機嫌にこちらを見つめていた。


「すげえやる気じゃん。俺はもうちょっと休みたいかも、なんて」

「ふーん。じゃあ二人で旅行でもする?」


 え? 二人で?


「あ、お、おお」と無意識にうなずいてしまった。

「オッケーね! じゃー、」

「その約束、待ったぁ!」


 ふと大声がして、俺とイライザは窓の向こうに視線を移し、ほぼ同時に体が跳ね上がった。

 ンが窓にびっちりと顔をつけて、こっちを睨みつけていたんだ。


「あんた!? この間の!」


 イライザが声をかけようとした時には、既に窓から入り口へとダッシュを決めてレストラン内に侵入、もとい入店した後だった。


「ちょっとちょっと! イライザ! どうしてパーティメンバーじゃないのにそんなベッタリしちゃってんの?」

「はあ!? ルウラは今も、あたしのパーティメンバーだって言ったじゃないの」

「違うでしょ。先日追放しちゃったんだから、もう私のパーティに加入してるの。ねー? ルウラ」

「え? う、うーむ」

「勝手なこと言ってんじゃないの! アンタみたいなパッと出の勇者に、ルウラがパーティを組むワケがー」

「うっさいこのアホ勇者ぁああ!」

「あ、ちょっと待ってくれ。二人とも! おーい!」


 最近じゃあずっと二人はこんな感じだ。

 数日後、冒険を再開した今では、俺はイライザのパーティメンバーでありながら、ンのパーティメンバーでもあるというよく解らん状態になってしまった。


 アーガの塔は消えてしまったが、冒険者が挑まなくてはならないダンジョンは世界中に溢れかえっている。俺達は多分、これからもあーだこーだ言いながら、内心はワクワクしながら挑んでいくんだろう。それはきっと、冒険そのものが宝であり思い出だから。


 そして今日もまた一つ、良い思い出ができそうだ。

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スキル【追放】が役に立たないと勇者パーティから追放されました。でも俺が抜けると追放した魔物達が全員戻って来ちゃうんだけど……って気づいた頃には手遅れだった コータ @asadakota

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